第6話

 目的地であるブラックウッド村は、拓けた平地と森林地帯のちょうど境界付近に位置している。


 その森は、黒い林ブラックウッドという地名から受ける印象よりも更に深く、まるで人間の侵入を拒んでいるかのような威圧感を放っていた。


「凄ぇ森だな。こいつは確かに、魔獣の一匹や二匹いてもおかしくなさそうだ」


 マルティナが走行中の馬車の窓から身を乗り出し、感嘆の声を上げた。


 ブラックウッド村はもう目と鼻の先。

 この馬車なら数分と掛からずに到着するだろう。


「もうすぐ村境の橋が見えてくると思います。そうしたら……ああっ! すみません! 止めてください!」

「え、何? どうしたの?」


 突然、ジーナが目を見開いて慌てだす。


 そして馬車が急停止するのと同時に、ジーナは外に飛び出して川辺に向かって走り出した。


「マルティナ!」

「あいよ! アビゲイル、姫様は任せた!」

「畏まりました」


 エレインに名前を呼ばれただけで、マルティナは即座に指示された内容を理解してジーナの後を追いかけた。


 ジーナが向かっていった先、村境の小川の河原では、ブラックウッドの村人と思しき男達が一人の少年を取り囲んでいる。


「こらー! あんた達!」

「何だ、またお前か、ジーナ!」

「引っ込んでろ! さもないと……!」


 男の一人が長い棒を振りかざし、ジーナに叩きつけようとする。


 しかし、素早く割って入ったマルティナが軽々とそれを取り上げ、逆に男の喉元に先端を突きつけた。


「のわっ!?」

「な、何者なにもんだ、あんた……」

「王城近衛兵だ。国王陛下の命により、ブラックウッドの怪物騒動の調査に来た。しかしまぁ、目の前で暴力沙汰が起きたんなら、鎮圧するより他にねぇよな?」

「こ……近衛兵!?」

「おお、お許しをーっ!」


 マルティナが近衛兵の肩書を明かすや否や、男達は一目散に村の方へ逃げてしまった。


「張り合いのねぇ奴らだ! おーい! あたしらが来たってこと、ちゃんと村の連中にも伝えとけよ!」


 それから少し遅れて、エレインが息を切らしながら駆け寄ってくる。


 もちろんアビゲイルもそれに付き従っていたが、こちらは疲れた様子もなく涼しい顔をしている。


「ぜぇ、はぁ……だ、大丈夫? それと……この子は?」

「肝が据わった餓鬼ですね。大の男に囲まれても顔色一つ変えちゃいねぇ」


 マルティナがその少年を視線で示す。


 褐色の肌。銀髪に近い白色の髪。常人離れした赤い瞳。


 明らかにミトラス王国の住民とは思えない容姿だ。


 年齢はジーナと同じくらいに見えるが、あれほど激しく詰め寄られていたにも関わらず、何事もなかったかのように落ち着いた様子で佇んでいる。


「ゼオ! 怪我してない!?」

「平気。そっちこそ、元気でよかった。しばらく見なかったから」


 慌てふためいて少年を気にかけるジーナ。


 しかし、ゼオと呼ばれた少年は無表情のまま、平坦な声色でジーナの方を気遣ってみせた。


 その様子は冷静というよりも、むしろ虚無感すら漂わせているようだった。


「皆さんが、ジーナをここに? ありがとうございます」


 小さく頭を下げるゼオ。


 自分が危なかったことより、ジーナが無事に帰ってきたことを気にかけるその反応に、エレインはアビゲイルと顔を見合わせることしかできなかった。


◇ ◇ ◇


 その後、エレイン達はアビゲイルとゼオの案内で、ブラックウッド村唯一の教会に足を運んだ。


 太陽教会。名前の通り太陽神を奉る信仰であり、このミトラス王国の国教でもある。


 教会のシンボルマークは太陽十字。

 円の中に十字の線が描かれた模様で、ブラックウッド村の教会の玄関口にも目立つように掲げられている。


 ジーナは質素なその扉を遠慮なく開け放ち、元気よく声を上げた。


「先生! ただいま!」


 ほとんど民家と変わらない内装の教会の奥で、黒いワンピース状の服を纏った女性が、掃除の手を止めて目を丸くする。


 服装からして太陽教会の巫女、日常的な祭祀を司る聖職者だ。


 黒服の巫女は、床を掃いていた箒をその場に投げ捨てて、脇目も振らずに駆け寄ってジーナを抱きしめた。


「ジーナ! よかった……心配したんですからね! アン置き手紙だけ残して、勝手に村を飛び出すなんて!」

「わわっ、い、痛いってば、先生」

「王女様に直談判するなんて、そんなの無理に決まってるでしょう! こんな村に来てくださるわけないじゃない! あなたが帰ってこなかったらと思うと、心配で、心配で……」

「ご、ごめんね、先生。でも無理なんかじゃなかったよ。ほら、後ろ後ろ」


 そこでようやく巫女は顔を上げ、ジーナを抱きしめたままエレイン達と視線を合わせた。


「……えっ?」

「あはは、来ちゃいました」

「えええええっ!?」

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