第4話

 一方その頃、応接室とは別の階にある談話室には、三人の王族の姿があった。


 上座に座る人の良さそうな中年の男は、ソレイユ王国の国王ペラム。


 威厳と呼べるものはあまりないが、滲み出る物腰の柔らかさは、ある意味で統治者の素質と言えるかもしれない。


 国王と向かい合った席に座した男は、王弟ガーロン。


 こちらは兄である国王ペラムとは異なり、対峙するものが威圧されずにはいられない雰囲気を纏っていた。


「エレイン王女の奔放ぶりには困ったものだな。そうだろう、兄上」


 ガーロンの高圧的な発言に、もう一人の同席者が同意を示す。


「まったくね。王族の女たるもの、優れた家柄に嫁ぐことこそが務めでしょうに。あの子ときたら、ダンスパーティーにすら一度も顔を出していないのでしょう?」


王姉モルガナ。


 実年齢はエレインの母親でもおかしくないほどであるが、未だに貴婦人と呼ぶにふさわしい高貴な容姿を保っている。


「ねぇ、ペラム? 貴方、少しエレインを甘やかしすぎていないかしら」

「しかしだねぇ……」


 国王は姉弟からの圧力を浴びながらも、鷹揚な態度を崩すことなく口を開いた。


「エレインは幼い頃から病気がちで、ずっと不自由な暮らしを強いられてきたんだ。好きなように生きてもいいじゃないか」

「だから兄上は甘いと言うんだ! 下賤な冒険者に混ざって辺境を這いずり回るなど、王族に相応しい振る舞いではないだろう!」

「そうよ! 殿方との出会いを考えもせず、森だの山だのを駆け回って生きるなんて!」


 ちょうどそのとき、談話室の扉が勢いよく開かれ、議論の対象になっていたエレイン本人が駆け込んできた。


「お父様! 大事なお話が……って、あら、伯母様に叔父様? お久しぶりです」


 エレインは王族らしい優雅な動きで、唖然とする二人に一礼した。


 そして何事もなかったかのように国王へと向き直る。


「ブラックウッドの住民から、窮状を訴える陳情がありました。村を脅かす獣の正体を調査してほしいとのことです。さっそく現地に赴こうと思いますので、随伴としてアビゲイルを連れて行きたいのですが、よろしいですか?」

「構わないとも。それならマルティナも連れて行くといい。人手は多い方がいいだろう」

「ありがとうございます。それでは、旅の準備がありますので」

「……待ちたまえ」


 談話室から立ち去ろうとするエレインを呼び止めたのは、国王ではなく王弟ガーロンであった。


「博物学だか何だか知らないが、お前はそうやって恥も外聞もなく野山を駆け回り、土と汗にまみれて動植物をかき集めるような真似をしてばかり。そんなものが王族に相応しい振る舞いだと思っているのか!」

「はい、思っています」


 心地良いまでの即答だった。


 その眼差しはただひたすらに真っ直ぐで、エレインが心の底からそう思っていることは誰の目にも明らかだ。


「古来より、率先して戦場に立つことは王侯貴族の務めでしょう? 領地と領民を守るためならば、自ら進んで血と汗と涙にまみれることこそ、王侯貴族のあるべき姿だと私は思います」

「ぐ、む……」

「私には戦う力なんかありませんし、剣も槍も使えません。魔法なんか論外です。だけど博物学の知識という武器は誰よりも鋭く磨き上げてきました。それを振るって汗を流すのは王族に相応しい振る舞いではありませんか?」


 王弟ガーロンと王姉モルガナは揃って顔を歪めた。


 納得したくないが、否定する理屈が思い浮かばない――そんな状況に追い込まれているのがよく分かる反応だ。


「だ、だが! お前はそれを楽しんでいるのだろう!」

「はいっ! 心から楽しんでいます! 博物学は最高です!」


 エレインは愛らしい笑顔を浮かべて両手を打ち合わせた。


「ですが、叔父様。王族の務めを楽しんではいけない理由はないでしょう? 伯母様だって結婚が王家の女の務めだと仰っていますけど、旦那様とは大変仲睦まじいと聞いていますよ? むしろ務めを楽しめないのは不幸でしょう」


 ガーロンとモルガナは反論に窮して押し黙った。


 この論戦の主導権は完全にエレインが握っていた。


 いや、もしかしたらエレインの方は、これが論戦だとすら思っていないのかもしれない。


 普段から思っていることを率直に述べただけ。


 ただそれだけで、否定的な意見を弾き返してしまえるほどに強かったのだ。


「では失礼いたします。お父様、必ずやブラックウッドに平穏を取り戻して参りますので、どうか吉報をお待ちくださいませ」

「ああ、期待させてもらうよ」


 改めて談話室を後にするエレイン。


 エレインを見送るペラム王の眼差しには、父親として娘の成長を喜ぶ感情だけが込められているようであった。

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