11.新たなる依頼
ギリアスは氷が浮いた果樹水のグラスを口元まで運び、軽く喉を潤してからおもむろに話し始めた。
「実はまだ世間には知られていないことなのだが、ここ近年、魔族出現の報告が相次いでいてな。被害報告も確実に増えてきている。今までは魔蟲や魔獣の類がほとんどだったのだが、中級レベルの魔族の報告も上がって来るようになった。今しがたも報告が入ったのだが」
一度区切りを入れてギリアスはそれぞれに話が浸透しているか様子を伺う。
視線を左右に飛ばし、各自の表情から問題は無いと判断して話を続ける。
「この街とペインタークの街を結ぶ街道の途中、少し道を外れた場所に
「魔族ッ!? 四ツ目の奴か! どこだッ!!」
集落が魔族に襲われたと訊いてゼツナが立ちあがる。
「落ち着きなさい、ゼツナ」
「――!? 何を言っている! 落ち着いてなどいられるかッ!」
「今ここで騒いでも仕方がないでしょ。それに四ツ目かどうかもわからないんだから」
「だからって!」
諭すチェシカに感情をぶつけるゼツナ。魔族に里を全滅させられた彼女にとって当然の反応ではあるが。
ギリアスがチェシカに助け船を出す形で賛同する。
「――話の続きをしたいのでな。落ち着いてくれると助かるのだが。キミの気持ちは十分理解しているつもりではあるが、ここは最後まで話を聞いてくないか?」
「……」
ゼツナも頭の隅ではわかってはいるのだ。ここで騒ぎ立てても仕方がないということを。だからといって感情が抑えられるかといえば別の話だ。
それでもゼツナはそれ以上は何も言わず大人しくソファーに座り直した。渦巻く感情を無理やり抑え込みながら。
「先ほどデュターミリア殿が『四ツ目かどうかわからない』と言っていたが、あながち全く関係がないとも言い切れなくてな。その辺りがキミたちに再依頼したいという理由でもあるのだ。報告によると
「へぇ」
「!?」
チェシカは軽く驚きゼツナは目を見開く。
「何だか死体が無かった理由に心当たりがありそうな口ぶりだね」
チェシカとゼツナの間で正座をし、自分用のグラスをかかえているヒュノルがぽつりとつぶやいた。
「うむ。ヒュノル殿の言う通りだ。今回は集落の生き残りがいたので詳しい話を聞けたのだ。それによると人型のナマズのようなカエルのような赤い体をした魔獣が死体を喰っていたそうだ」
「死体を? でもそれにしちゃ――」
『黒の民の里では喰われたと思われるような血痕は無かった』
そうい言いかけたチェシカは言葉を飲み込む。その言葉を聞けばゼツナがまた興奮しかねない。
ギリアスはチェシカが飲み込んだ言葉を理解したかのように一つ頷くと、
「
「吸収?」
「うむ。生き残った者の話によれば、その魔獣は管のような物を突き刺して死体を溶かして吸い込んでいたそうだ」
「――あぁ、なるほど。蜘蛛と同じような捕食の仕方をする魔獣なんだ。それで死体がなかった、と」
蜘蛛は口器から消化液を出し、獲物を消化して吸い込むという方法で捕食する。
ヒュノルが納得がいったというように頷く。
ヒュノルの言葉を訊いて「そういうことだろうな」とギリアスも同意した。
「それではッ!!」
ここまで我慢して黙っていたゼツナが堪えきれずに叫び声をあげる。
「そうね。あなたの里も同じ奴の仕業である可能性が高いわね。もっとも、四ツ目と直接関係あるかどうかはまだわからないけど」
「だが黒の民の里と
(余計な事を言ってくれるわね)
思わず舌打ちしたくなる。
チェシカも全くの無関係であるとは考えていない。むしろ関連付けない方がおかしい。とはいえ、それをはっきりと言えばゼツナがまた騒ぎ立てるかもしれない。その程度ならまだしも、その
別の見方をすれば、ゼツナが復讐心に駆られてどこへ行こうと関係ない。
数日前に見知った彼女がどうしようと、どうなろうと知ったことではない。
(――と、言い捨てるのは簡単なんだけど、ね)
彼女の境遇には同情もするが、とはいえ決して珍しいことでもない。大きな都市や街ならいざ知らず、小さな町や村では魔族に襲われることは普通に起こり得ることでもある。災害と同じようなものだ。
ゼツナはこの一件に当然ながら関わろうとするだろう。では自分はどうするだろうか? と自問する。
「――それで? 再依頼って何をさせる気? まさか、今回の事を解決しろ――とか言うんじゃないでしょうね? そんなことならお断りだけど」
「むろん、それが叶うなら報酬はいくらでも払おう。が、さすがに私もそこまでの無茶は言わんよ。今回の件、私が動かせる人員のほとんどを使っているが、いかんせん対応件数が多い。調査だけならまだしも、魔族との戦闘を考慮するならば人員はとても足りてるとは言い難い。そこでキミたちにも手伝ってもらいたいのだよ」
「具体的には?」
「キミたちにはここから西へ三日ほど行ったところにあるピルッツの町へ向かってもらいたい」
「その町も魔族のことはまだ知られていない世間ってことなのね?」
「――――」
ギリアスはチェシカの問いに沈黙を貫く。
(さすがに肯定はしないか。魔族の襲撃が増えてるってことを知らせていない、つまり情報統制してるって認めることになるものね)
チェシカは無言のギリアスの瞳を見つめる。その奥の真意を確かめるように。
("
チラリと横目でゼツナを見るとピルッツの町へ行く気満々なのがわかる。
「はぁ。じゃ、最後に。四ツ目の魔人はどうするの? 何か情報は?」
「今のところは手掛かり無し、といったところだ。申し訳ないが。古文書や歴史書はもちろん、帝法魔道学院や魔術協会、魔導研究所にも協力を仰いでいるところだ。何か情報があれば連絡が入る手筈にはなっている」
一度言葉を切ると表情を曇らせるギリアス。
「正直言って魔人など誰も見たことなどないからな。どれほどの強さなのかは書物などで見知っていることから想像するしかない訳だが。はっきり言って対上級魔族用の対処法が通用しなければお手上げというのが現状だ」
この三百年間、魔人が出現したという話はない。故に明確な対処法など考案出来るはずもない。いかに対魔族結社"明けの明星"といえど、戦略軍核用術式などといった超魔術などは用意できない。
根本的に魔族は人族に比べて生命力、魔力、体力、強靭さなど全てが上回っている。中級魔族ともなれば大抵の人族では歯が立たない。もちろん人族の中にも中級はおろか上級魔族ですら倒し得る者はいる。しかしながらギリアスが言ったように、魔人相手となると誰も戦った経験がないのだ。対抗策が通じるかどうかなど確約出来る筈もない。
三百年前の天魔大戦以前の遥か昔から、人族は成す術なく蹂躙されてきたのだから。
「ふぅ。仕方ないわね。これも乗りかかった船ってやつ? そのピルッツの町ってとこに行ってみて、もし赤い魔獣が現れたらこちらで対処する。魔人が出てきたら――とりえず連絡するわ」
「そうか。よろしく頼む。必要な物があれば出来る限りこちらでも用意しよう」
こうして二度目の会談はお開きとなった。
◇
「――で? あの女魔術師は使えそうなのでしょうか?」
「はっ! 今のところはまだ未知数ではありますが、帝法魔導学院を途中退学するまでは主席をキープし続けていたことは事実であり、魔導研究所との繋がりも深く、
「そうですか。どちらにせよ、使える駒は有意義に使わなくてはなりませんね。魔人族が活性化し始めたということは、いよいよということも十分に考えられますもの。心して下さいませね?」
「はっ!」
三人が出て行ったドアを見つめる者と、膝を折り傅く者の声が重なる。
「「天空の輝きの下に光あれ」」
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