10.束の間の休息

 白き塔が如く猛然と積み上がっていく皿。


「ンモグッ、モグモッグ、ングング――ゴクッ、ゴクッ、ゴク――ハグッ、ハングッ!!」


 時折、固い物が混じっているのか、ガリ、ガリ、ポリっというくぐもった音も聞こえてきたりして。

 幼子の背丈ほどまで積み上がった皿の塔は一本だけではない。合計で三本。


ばぁぎぬぐぼんぼり焼肉どんぶりおばばぁるぃおかわりぃ!!」


 倉鼠ハムスターのように頬をパンパンに膨らませながら、大きな丼を掲げてお代わりを催促する"喰らう者ディバウワー"と化した美しき乙女の名はイサナキ・ゼツナ。十七歳。

 手元の丼は――ひぃ、ふぅ、みぃ……四つ重ねられていて、今、五杯目をたいらげたことになる。

 楽園フォーリングタウンにあるチェシカとヒュノルの行きつけ、通称『名無し』と呼ばれている酒場。通称の通り店名が無い為、常連の間ではそう呼ばれていた。

 黒の民の里で一夜を明かし、街までの帰りも行きと同様に野宿をして約二日後の現在。

 帰りの道中は押し黙ったまま一言も話さず、チェシカたちもゼツナの心中を思えば、そう軽々しく声をかけるわけにもいかず、重苦しい帰路となったのだが。

 街に着いて早々「腹が減った」とぽつりと一言。

 やっとしゃべったセリフがそれかと思わなくもなかったが、ずっと押し黙っていられるよりマシだし、ともあれ、食欲があるのならば少なくとも食べている間は変な気を起こすこともないだろう。


『"お館様"に報告に行く前に、わたくしがお出ししますので皆さんでお食事をしていきませんか?』


 ミヤミヤがそう提案したので四人は揃って『名無し』に行くことに。

 ゼツナが『こういう店には来たことが無いので、何を注文すればいいのかわからない』というので適当に頼み、注文した品がテーブルに並んで一口食べるなり『旨いッ!!』と叫ぶや否や、どんどん注文していき今に至るという訳だ。焼き肉どんぶりがかなりお気に召したようだ。

 ヒュノルが後に訊いたところによると、里ではほとんどが自給自足で賄っていたが、塩だけは里の外へと買い付けにいっていたらしく、貴重品で気兼ねなく料理に使うといったことが出来なかったらしい。基本調味は香草などで全体的にはうす味な里料理だったとのこと。


「――ミヤミヤ、財布、大丈夫なの?」

「へ、平気でございます。け、経費で落ちるかと思いますので」


 チェシカの問い掛けに若干、頬を引きつらせて答えるミヤミヤ。

 かくいうチェシカも普段なら頼まない年代物の葡萄酒や、ブランド豚であるイビリコ豚の生ハムなどをちゃっかり頼んでいたりする。

 ちなみにヒュノルもこれまた普段は頼むことのない高級チーズであるレジャーノにオリーブオイルがかかったものを専用の皿に盛ってもらい美味しくいただいていた。


「ところでゼツナ。あなたにいろいろ訊きたいことがあるんだけど」

ぎゅぎばいぼど訊きたいこと?」

「――それ、食べ終わってからでいいわ」


 食べ終わるまで待つことにしたチェシカだったが、葡萄酒を一度口にした程度しか待つ必要がなかった。


「ちゃんと噛んでから飲み込んでるのかな?」

「きっと一度飲み込んだ物を、口に戻して細かくしてからまた飲み込んでるんですわ。ヒュノル様」

「や、牛じゃないんだから」


 ズズズッと熱いお茶を啜ったところで「腹六分目だが、少し落ち着いた」というゼツナの一言は聞かなかったことにする。特にミヤミヤ。


「それで、ゼツナ。あたしたちが里であなたを見つけた時、あなた、何も無い空間から涌いて来たんだけど。覚えてる?」

「いや、覚えておらぬ」

「――そう」


 チェシカはゼツナのその答えはおおよそ予想していた。あの時、彼女の意識はなかったのだから当然と言えば当然かもしれない。が、続いて語られた言葉は予想外。


「覚えておらぬが見当はつく。おそらく兄上の――一族の秘技"次元渡り"だろう。空間に入口を作り、そこから入って別の場所に出口を作って出てくることが出来る我らの秘中の秘だ」

「ちょッ!? アンタそれって!!」


 二重の驚きで思わず声を上げるチェシカ。


「――秘中の秘をしゃべっちゃったよ」

「残念な娘なのですね」


 そしてヒソヒソとつぶやき合うヒュノルとミヤミヤ。

 チェシカもミヤミヤの意見に同意見と心の中でつぶやく。

 今のゼツナの話を聞くところによると、おそらく空間移動系の魔術と似たようなものなのだろう。

 魔術での空間移動はかなり高度な術だ。いろいろと術式の組み方などの難しさもあるが、大きな問題が一つ。座標の指定である。

 今いる空間から別空間へ転移し、その別の空間――亜空間や霊子空間領域アストラルサイドと呼ばれる場所――から元いた空間に戻る時、が重要になる。

 何も指定せずに別空間から戻ろうとしたら、どんな場所に出るか分かったものではない。空気も水も何もないただの空間に出るといった可能性もあるのだから。

 それゆえに出現場所を指定する必要があるのだが、世界にマス目など書かれていない。また数値で示せるものでもない。地表から何メートルなどとは指定出来ないのだ。

 ではどうするのか。

 身も蓋もないことだが

 魔術の術式すべてが理論的に解明されている訳ではなく、どうすればそうなるかはわかっていても、はわかっていないことも多いのだ。 

 とはいえ、どういう理屈だろうと結果としてあるのなら使わない手はない。この空間移動の目視での座標指定は、チェシカが里へ向かうときに使った【翔破術グライディング】の到着地点指定にも応用されている。

 似たような魔術で長距離移動用の空間転移の魔術があるが、あちらは出現場所に魔法陣などを設置することによって座標位置を指定する。

 どちらにせよ超難易度魔術には違いないが、それと同じようなことを魔術を使わずに行うという。一体、どんな原理や理論で成り立っているのか。

 が、問題はそこではない。

 ゼツナ本人が言った通り、そんな技があること――使えることは絶対に秘密にしておくべき事柄だ。

 どんな戦いにせよ、もっとも恐れるべきは剣技でも大魔術でもない。戦う相手が持つ自分の知らない未知のことだ。簡単に言いかえれば情報の有無。"それ"を知っているか知らないかで生死を分かつほどに違ってくる。それゆえに、このような場所で軽々しく口にするべきではない。


(場所、変えた方がいっか)


 ゼツナのいう"次元渡り"の技が"異界文明の欠片オーパーツ"――ひいては"異世界"に関することなのかは定かではないが、少なくとも飲んだくれの集まる場所で話すようなことではない。





『名無し』から移動して、楽園で凪区カームと呼ばれる区画にある"明けの明星"の支部、白亜の城館は数日前に来た時よりも雰囲気が違っていた。なんというか緊張感が張り詰めたような重苦しい空気を感じる。

 前回同様、応接室に案内されたが文字通りこの館の主でもある結社の"お館様"の姿はなく、ミヤミヤも「しばらくお待ちください」とチェシカたちに告げてから戻ってこない。


「何かあったのかな? この間来た時と違ってなんとなく慌ただしいよね」

「そうね」

「――戦でも始まりそうな気配だ」


 ゼツナの一言を聞いてチェシカは「あぁ、なるほど」と納得がいった。

 しばらくして応接室のドアが開かれる。


「待たせてしまったな、諸君」


 そう言って入って来たのは結社"明けの明星"の"お館様トップ"の一人、ギリアス・ファーン。

 そのまま三人が座るソファーの前へ行き、向い合せのソファーに座る。

 同じく入って来たミヤミヤは運んで来た冷たい果樹水を各々の前に置くと、前回同様、ソファーには座らずギリアスの傍に控えた。


「あらましはミヤミヤから訊いた。キミが黒の民のイサナキ殿だな。この度はお悔やみを申し上げる」


 そういってギリアスは座ったままではあるが、ゼツナに軽く頭を下げる。


「――感謝を」


 対してゼツナの返礼はそっけなかった。

 ギリアスは特に気にする素振りを見せることもく話しを続ける。


「さて。戻って来て早々のチェシカ殿には申し訳ないのだが。由々しき事態になるかもしれんのでな。是非、きょうりょ――いや、追加で依頼したいことがあるのだ」


 どこまでも真剣な表情でギリアス・ファーンは一同を見回した。














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