12.ピルッツの町
楽園を出発してから三日目の午後。
小刻みに揺らされる振動も三日目ともなれば慣れてくるが、時折、ガタンッと身体が浮き上がるような衝撃があるのは勘弁してもらいたいというのが乗り合わせた者の本音ではあった。
舗装された街道といえど、まっ平ではなく砂利や石などが風雨で散らばっていることは理解してはいても。
チェシカ、ヒュノル、ミヤミヤの三人は交易行商の荷を積んだ幌馬車に揺られている最中だった。便乗出来るようにギリアスが手配したものだ。ちなみにゼツナは初日に出発してしばらく後に――吐いた。馬車酔いで。今まで乗り物に乗ったことがないという。なのでこの三日間、ゼツナだけは幌馬車と並走してきた。
本人曰く「走っているうちに入らん。歩いてるのと大差ない。そんな物に乗って気持ち悪くなるよりはずっとマシだ」とのこと。
チェシカは二日目あたりでチラリと様子を伺ったのだが、言葉通りまったく疲れた様子も見せず、むしろ荷馬車の中で見せた鬱々とした顔と比べれば天と地ほどの差があった。快適に並走してるようだ。あまつさえ、手に馴染ませる為と言って新しく手に入れた
装備も売っている
ちなみにチェシカのゼツナに対する評価は『あなた』から『あんた』に格下げとなった。降格理由は一族の秘中の秘を
「――あら? どうしたのでしょう?」
ミヤミヤが疑問の声を上げる。
その声はチェシカたちの思いを代弁したようなもので、チェシカもヒュノルも同じ疑問を抱く。
幌馬車の揺れがピタリと収まった。つまり停車したことになる。
「おっちゃん、どうしたの? 何かあった?」
チェシカが荷台の幌から乗り出すように顔を出して、商人兼御者の男に声をかける。
「あぁ。たぶんピルッツの町からだと思うんだが、けっこうでかい荷馬車がこっちに来るんだよ、お嬢ちゃん。こりゃ、ちょいと道を譲らなきゃいかんな」
「どれどれ――ほんとだ。すごい荷――って、なんかずいぶん人も乗ってるようだけど」
「ほう。結構遠いのに、目がいいんだな。お嬢ちゃんは」
「――なんか……慌てて逃げて来たみたいな感じがするんだけど?」
チェシカたち一行を乗せた(一名を除き)幌馬車は、前方からくる荷馬車とすれ違う為に街道の端に寄せて待つことにする。
肉眼でもわかるほど近づいて来た荷馬車は、積み荷の上に座ったりしがみついたりしてけっこうな人も乗っていた。
その様子はチェシカが言った通り、親族総出で逃げて来たように見えなくもない。
いよいよすれ違う直前となって荷馬車の手綱を握っていた男が、行商の男と幌から顔の覗かせているチェシカを交互に見やりつつ話しかけて来た。
「お前さんたち、ピルッツの町へ行くのか?」
「あぁ、そうだ。一週間ほど商売をさせてもらおうかと思ってな」
「悪いことは言わねぇ、やめときな。あの町はちぃとマズイことになっててな」
「マズイこと?」
荷馬車の男が言うには、ピルッツの町近くの森に魔蟲や魔獣が集まっているという。
ピルッツの町長は、小さいながらも町にある冒険者ギルドに町の防衛兼周囲の警戒を依頼した。そして冒険者の
冒険者たちの間では、かなりの数の魔族がいて町に攻め入ってくるかもしれないという不安が広がっていた。
荷馬車の男は普段から便宜を図っている顔見知りの町の議員から、そういった情報を手に入れ、ほとぼりが冷めるまでピルッツの町を離れるつもりだという。最悪、戻らないことも考慮して。
「じゃぁな」
「おう。忠告ありがとよ、助かったぜ」
すれ違う荷馬車を見送りながら行商人の男がチェシカに尋ねる。
「どうするね? お嬢ちゃんたち。なんかピルッツの町はキナ臭いことになってるようだが。それでも行くのかい?」
「えぇ。もちろんよ。それより、おっちゃんの方こそどうする? ここから引き返す? あたしたちはここで降りても構わないんだけど」
「いや、俺も町までいくぜ。町の様子を見てみたいしな。どうしてもヤバそうなら
◇
まだ日が沈むには早い時刻にもかかわらず、通りには人影がない。通常なら夕食の材料を買う女性客で賑わうような商店通りも、男たちが盃を酌み交わす酒場にも。しかし人の気配はするので町全体が息をひそめているかのようだった。
「こりゃあ……商売は難しそうだな」
本来なら町の入口通りに帆馬車を止めて置こうものなら、文句の一つや二つは確実に飛んでくるが今はその気配はない。
「おっちゃん、ありがとね」
「いいってことよ、お嬢ちゃん。旦那の頼みだったしよ。じゃぁな。お嬢ちゃんたち。俺が言うのも何だが、気ぃつけてな」
「うん、おっちゃんもね」
とりあえずいつもの広場まで行ってみるという行商人の男と別れたチェシカたちは、教えてもらった冒険者ギルドへと移動する。
大きな都市や街などでは、それなりに大きな建物に入っている冒険者ギルドは冒険者相手の宿屋や酒場も兼ねていることが多い。しかしピルッツの冒険者ギルドはこじんまりとした一軒家の様相を呈していた。
そんなギルド前には中に入り切れないほどの人だかりが出来ている。その数およそ二十名ほど。
チェシカがざっと見たところ、英雄的な強さを感じさせる者はいない。
彼女は近接武器は護身用の
(うーん。中級魔族クラスが出てきたら厳しいわね)
「どう見る? ゼツナ。彼らのこと」
「――足手纏いにしかならん」
辛辣である。
近接職に関しては、もしかしたらチェシカの見立てと違うかもしれないと思い、確認の為ゼツナに訊いてみたところ一蹴された。
「そっか。ま、冒険者に単純な強さを求めるのも違うか」
冒険者に求められるのは"
もちろん、戦闘力は必要だが冒険者の
戦うだけでなく、調査、
そういう意味では単純に戦闘力だけ求められる傭兵とは根本的に違うのだ。
「――他に登録していただける冒険者の方はいますかぁ? 臨時登録も受け付けております!」
冒険者ギルドの受付嬢が人だかりの中、腕を精一杯伸ばして左右に手を振っている。
「さて。じゃ、あたしたちも登録しておきましょうか」
「待て、チェシカ」
受付嬢の元へと行こうとしたチェシカをゼツナが止める。
「なぜ魔族がいる森に直接行かぬのだ。このような手続きに何の意味がある?」
「なんでって、相手の戦力がわからないんだから、少しでも味方が多い方がいい――とか?」
「なんでそこ疑問形なのさ」
人差し指を口元に当て首を傾げるチェシカと突っ込むヒュノル。
「味方だと? フッ。この程度の奴らなぞ、物の役に立つものか。せいぜいが肉盾くらいが関の山だ」
「なんだとッ!?」
「――聞き捨てならねぇな、ガキ共」
「俺たちが役立たずだと言いてぇのか? ふざけやがって!」
居合わせた冒険者たちが憤りざわめき出す。
(あちゃー。まぁ、そうなるよね。まったく。ゼツナってば、引き籠りの里に居過ぎて世間知らずも甚だしいわね。そういうことは思ってても口にしないで欲しいもんだわ。仕方がない。ここはあたしが大人の対応ってもんを彼女に見せてやるか)
「あー、ごめんね。この娘、ものすご~い田舎から出て来たからさ。世間ってものを知らないのよ。だから、つい本音を素直に口にしちゃうの」
「だからふざけてるのかッ! 本音だとなお悪いわっ!!」
「ガキ共のくせして、何様のつもりだッ! ここはお前たちのようなお子様が来るようなとこじゃねーんだよッ!」
ますますいきり立つ雰囲気に「火に油注いでどーすんのさ」とヒュノルがため息交じりで呆れる。
「洗濯板みたいな胸して下の毛も生え揃ってねぇような小娘は、ウチに帰って母ちゃんの手伝いでもしてるんだなッ!」
「――へぇ💢」
(あ。キレた)
チェシカの低く唸るような怒気を孕んだ声に、この先の展開がなんとなく予想がつくヒュノルだった。
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