第23話 ファレナの元に


 暗闇の中、吹き抜けのらせん階段を、数段飛ばしで駆けあがっていった。


 暗い中で、どんどん腕輪の点滅が激しくなる。


 最上階に到着した時、点滅が最大になった。


 彫刻が施された木製の観音扉を前に、腕輪を止め、深呼吸する。


 扉を勢いよく開け、中へ飛び込んだ。


 素早く、室内を見渡す。


 階段と違って、中は明るかった。


 床に飛び散った赤い血が目立っている。


 広い空間の向こうの、大きな机の所でしゃがみこんでいる男以外、誰もいない。


「あんたが、ノゲ・レイだな」


 声にノゲが立ち上がり、開いた金庫から目をロッサに向ける。


(ゴーレムの元締め……そっくりだ……)


「あなたは?」

「ファレナはどこだ!」


 刀の柄に手を置きながら、フロアを突き進んでいった。


「大声を出さないでください、感情が乱れる」

「処刑人だ! 動くな!」

「白十字も見せないとは。処刑人であるかどうかもわからないではありませんか」


 ノゲが、早歩きで近づいてくるロッサに向かって歩き出す。


「処刑対象は、私ではありませんよ」

「黙れ!」

「なんですか、乱暴な」

「そこを動くな!」


 ノゲは机の前に立ち止まった。


「ボーダンは……警備員の男が1階にいたはずですが、どうしました」

「黙れ!」


 ロッサの間合いにノゲが入る。


 立ち止まり、いつでも抜き打ちで斬れる体勢を取り、


「ファレナはどこだ!」

「……」

「ファレナはどこだっつってるんだ!」

「……」


 ノゲの右腕が動く。


 ゆっくり、バルコニーの方を指さした。


 ゆっくり唇が動き、


「今、魔水晶の製造中です」

「製造中?」


 目だけで、指し示した方を確認する。


「ファレナァ!」


 絶叫し、駆けだした。


「ちょっと匂いがありましてね」


 一心不乱に駆け寄るロッサの背中に向け、ノゲが言う。


 バルコニーに面した窓辺で、服を脱がされ、四肢が切断されなくなって倒れていた ファレナの惨状を前に、呆然自失としてしまい、


「ファレナ……」


 駆け寄るも、その前にたたずむしかなかった。


 芋虫状態になった胴体の横には、血のべっとりついた短刀と、ファレナの腕と脚が並べて置かれ、その上に切り刻まれた指が盛られている。


「何でこんな……」


 ロッサの声に気づき、ファレナは首だけ動かし振り向く。


 鼻がつぶれ、はれ上がったその顔に、ロッサは震えた。


 ファレナの口が小さく開き、


「……ロッサ……ロッサ……、ロッサ……」


 何度も名前を言うのを、


「ああ……! ファレナぁ、しっかりしろぉ……」


 しゃがみ込んで、耳を口に近づける。


「ああ……ごめんなさい……」

「何が……?」

「……1人じゃ、何にもできなかった……」


 涙がファレナの瞳から溢れだした。


「私も……1人じゃ、何にもできない……」

「しゃべるな……」

「……私は……本当に馬鹿で……」

「しゃべるな、診てもらおう……さっ出て行――」


 血でよくわからなかったが、ファレナの胸元に灰色の水晶が嵌められているのに気が付く。


「これ……」

「ごめんなさい……私……ロッサが……守るって言って……くれたのに……お願い……したくせに……」

「ああ、必ず守る、僕が必ず守ってやるから!」

「……ずっと一緒にいて……」

「ああ、ずっと一緒に居よう!」

「ロッサぁ、ありが……とう……」


 ファレナの目がゆっくり閉じた。


「ファレナ? どうした……? おい?」


 その時、ノゲが足音が聞こえる。


 ロッサは、バッと顔を上げ立ち上がった。


 振り向き、すぐ背後に居たノゲを睨む。


「ファレナは……どうなってる……」


 震えた声で尋ねた。


「これはゴーレム錬成の準備です。まぁ簡単に言うと、特別な水晶が必要でして、今、この生命体から水晶を作っているところです。驚きましたでしょう、こんなになっても生きているのだから」

「……今すぐ中止しろ」

「息絶えましたよ、さっき見ていたでしょう」

「……」

「処刑人よ、そいつは処刑対象である。私が私刑を行った。生死の報告を教会にお願いいたします」

「……いつまで、そんな、ふざけたマネをしてるんだ、あんたのしたことは全部知っている! あんたの全ては、明るみに出す!」

「……もう、魔力を使うのも疲れるんですよ……。あなたを殺した分も誤魔化さないといけなくなる」

「……、……そうか……そうか……そうか……」

「もう息絶えましたので、水晶が緑色になったら完成です。あと1分足らずで完ですね」

「……そうか……そうか……、……」


 怒気を含んだ涙声が、悲しく大きく震える。


「全部……あんたの……せいだ……」


 唇をかみしめ、こぶしを握る。


「……」


 ノゲが、血のべっとりついた短刀を拾い上げた。


「あんただけは……必ず殺す……この手で殺してやる!」


 ロッサは抜刀する。


 瞬間、ノゲが跳び退る。


 それと同時、間髪入れずロッサは寄鷹斬りを繰り出し、ノゲを強襲した。

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