第22話 対決、ボーダン


 ファレナがいないのに驚いて、ロッサは全身から力が抜けた。


 大量のパンが床に散らばる。


 慌てて腕輪を起動させた。


(光の方向は間違いなくモウエ銀行の方角……光の点滅の間隔反応から、もう着いていてもおかしくない……)


 一目散に部屋から飛び出す。


(バカ野郎、ひとりで行ってどうするんだっ)


 大通りに出て、東居住区へと走った。


(助けないと……。僕ひとり……やれるのか……?)


 腰に差した刀を握る。


(……いや、やるしかない……。助けなんて、誰にも求められない……)


 ロッサは全力で走った。


 人ごみは、異常なロッサの様子に皆が道を開けていく。


(やるしかない……やるしかない……)


 ロッサの目に、峨々と聳えるモウエ銀行が見えてきた。


(反応は……)


 腕輪の点滅は、だんだんと激しくなっている。


(無事でいてくれ……)


 ロッサは息を切らせ、いつも入る路地への道の横、モウエ銀行の立派な玄関の前に立った。


 銀行は、すでに閉まっていて、人気がない。


 入り口は両開きの鉄扉で閉められている。窓はない。


 腕輪を確認した。


 ファレナの居場所を示す光が、激しく点滅している。


(ファレナ……くそっ……)


「すいませーん! 開けてください!」


 鉄扉を力いっぱい叩いた。


「開けてください! 処刑人です! 早急に開けてください! 処刑人です!」


 と、入口の扉が、ギギギギと重そうな引き摺る音を立てて、大きな泥の手により、少し開かれる。


 ロッサは2歩、後ろに下がった。


「入りや、処刑人さん」

「……あんた……」

「来たか、へへへ」


 ロッサは気合を入れて、肩で風切って中に入っていく。


「チトマク・ボーダンや」


 色黒の男はふんぞり返りながら言った。


「……リベルラ・ロッサ」

「へへへ」


 ボーダンは笑い、


「ゴーレム、扉を閉めい」


 室内を、シャンデリアの端に光球が煌々と照らしている。


 誰もいない、広々とした室内は扉が閉まる音以外しない。


「ここなら、邪魔されずにやれる。音なんてこの大層な鉄と岩石の塊を越えて外に漏れる事もない。もうわかっとるとおもうが、マガタマも誤魔化せれるで」

「ファレナと、ソリーソさんは、どこだ」

「そんなもんを追ってきたんかいな」

「どこだか言え」

「そやから、こうして待ち伏せされるんやで」

「どこだっつってんだ!」


 ロッサは刀を引き抜いた。


 応えてボーダンも剣を抜く。


 ゴーレムがロッサの背後に回った。


「今度の剣は、質が違うで」


 虹色に輝く剣を構え、


「裁警から奪ったやつや……ふんっ」


 魔力を注入して剣から輝きを消した。


 鏡のような刀身が現れる。


「ボスから仇を討てとの命令だ、ここで死ね」

「あんたの事も、全て、教会に報告して終わりだ」

「へへへ、信じるわけあるかいな、へへへ……」


 ロッサは、半身に構え腰を落とし、オリーヴァ流剣技・旋風斬りの準備を取った。

 

 この技は、回転しながら、前後左右、広範囲を斬りつけるという、対複数人用の奥義である。


(一気に2人まとめて倒す!)


「こほぉぉぉぉ」


 長い呼気と共に、刀を強く握り、気を練った。


 ボーダンが剣を振りかぶる。


(来るか! その前に一撃をくら――)

 

「――ぐはぁぁあぁぁ!!」


 ロッサの後頭部に、ゴーレムの右ストレートが炸裂する。


 猛スピードの巨大な右拳は、そのままロッサの頭を床にたたきつけた。


「ああああああああ!」


「あははははは、引っ掛かったで、あははは……は?」


 ロッサは前のめりに頭を叩きつけせれたまま、両脚を踏ん張り倒れずにいる。


「あれ、どないしたんや?」


 ボーダンの目に、固まるゴーレムの姿が映った。


 ゴーレムはロッサの頭を鷲掴みにし、頭を床に押し付けようと力を込める。


 しかし、押し戻されていく。


「ぐぎぎぎぎぎぎ……」


 ボーダンの視界に、激しい痛みに、涙目になっているロッサの顔がだんだん見え出した。


「ぐぎぎぎぎぎぎ……旋……風……ぎぎ……」


 歯を食り態勢を元に戻し、


「斬りぃ!」


 危機を直感したボーダンが瞬時に飛び退る。


 瞬間、ロッサの体が宙に浮き回転、刀が銀色の残像を残して2回、円を描いた。


 ゴーレムの巨体が3つに分かれ、音を立てて崩れる。


 胸にある石の心臓も真っ二つになっていた。


「やるな新人っ……」


 すんでの所で躱したボーダンが剣を構え直し対峙する。


 ロッサが着地と同時に、距離のある相手をする強襲する寄鷹斬りの準備を取った。


「来るか小僧っ……」


 瞬間、ボーダンは右に動いた。


 ロッサとの間合いを3歩分詰める。


 相手の動きに合わせた、意表をつく動きだった。


 ひとつの動作をした瞬間には、瞬時に違う動作には入れない。


 寄鷹斬りを出しかけて両脚に力を込めていたロッサの動きが、一瞬止まる。


(来る――纏い斬り――)


 その時には、ボーダンは自分の間合いに入っていた。


 入った瞬間に、ロッサの左腹部にボーダンの斬撃がめり込む。


 ロッサの体が吹っ飛ばされた。


 そのまま倒れそうになるのを、両脚に力を籠め、踏ん張り耐え、血の滴る刀をボーダンに構える。


「なんでや……」


 ボーダンは、口が開いたままになった。


「ああ……ああ、ぐぅぅ……」


 ロッサが、左腹部のあまりの痛さに悶絶する。


「すごいな……われ……くそっ、痛い……」


 裁警の剣が、右腕と共に床に落ちた。


 ボーダンが、血の吹き出す腕を掴み、しゃがみこむ。


 ロッサはやられる前に、カウンター技の縫い斬りを放っていた。


 ロッサは、激しく痛む腹部を確かめる。


 最強部類の、鞘を取り払った裁警の切っ先部分が、皮膚と肉を裂いていた。


 傷からは、血がどくどくと流れ出す。


 服が血で染まっていった。


 傷を手で押さえつつ、ロッサは、腕輪を起動させる。


(まだ少し距離がある……上か?)


「……ええんか?」

「ファレナとソリーソさんはどこだ」


 蹲るボーダンに剣を突き付けた。


「へへへ、マガタマが今頃反応しとるで」

「……上だな」

「お前の事で、ボスは、何も、せんやろな、はははは、ボスの所へ行ったらええ、処刑対象は行ったで」

「……最上階か」

「そこで、お前は、記憶も消されて、なんでかわからんまま、処刑されるんや」

「……」


 納刀し、ロッサがフロアを横切り、階段へと駆けだす。

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