第21話 暗殺


 モウエ銀行の広いロビーには窓一つない。しかし、2つのシャンデリアに光球が設置され、夜でも昼のように明るい。


 人が4人ほど手をつないでやっと囲めるほどの大きな柱が等間隔に何本も立ってパルティーレ一高い建物を支えている。


 その柱の間を、ファレナはせわしなく行ったり来たりしていた。


 客はもういない。カウンターの金網がついた窓の向こうで、スタッフたちが作業している。皆、仕事に集中してしてファレナの事は誰も見ていない。


 そんな中、白髭を生やした白髪の男がひとり、ファレナの元にやって来る。


「報告いたしました。最上階でお待ちでございます。こちらへどうぞ」


 ファレナが無言で頷くのを見止し、白髪の男は、ロビーの奥にある昇降機に向かって歩き出した。


 吹き抜けのらせん階段の真ん中を通るように、15階天井から吊られ、左右を天井へと延びるレールで固定された箱へと、ふたりが乗り込む。


 と、箱がぐんぐん上昇しだした。


 ファレナが初めて見る機械仕掛けにキョドキョドしている間に、最上階に到着。


 ふたりが昇降機を降りる。


 目の前にある彫刻が施された木製の観音扉へと、進んでいった。


 白髪の男が扉を開け、中に入る。


 中はロビーと同じく、広い空間にいくつもある太い柱、大理石の床、天井にはシャンデリア。


 ロビーと違い、窓があって、その外にはバルコニー、パルティーレの夜景が広がっていた。


 左右の壁側には高そうな赤いソファと長テーブルが設置されている。


 誰もいない、静かな空間の向こうの壁側には、半円の、人が2人横に寝そべらないと向こうまで届かない大きな机。


 そこに、顔立ちのはっきりしていて鼻筋がスッと通っている、初老の男が肘を乗せて座っていた。


「連れて参りました」


 白髪の男が、お辞儀をする。


「2人にしてくれたまえ。あと、すぐにお前を含めスタッフは全員、帰させろ。ホ―ダンには残って仕事だと言っておいてくれ」

「かしこまりました。失礼いたします」


 白髪の男がお辞儀して、退室していった。


「何をしているのですか、こちらへ来てください、ははは」


 初老の男が微笑む。


「ノゲ・レイね」


 ファレナは、引き締まった顔つきになって対峙した。


「当たり前でしょう?」

「あんたは、ゴーレムじゃないよな?」


 ノゲは、袖をめくる。


「いいえ。私が造形師です」


 腕には水晶も何もない。


 ファレナは力強い顔つきでノゲへと近づいていった。


 ノゲは、社長室を取り巻く様に10脚置かれている、訪問者が座るためのソファを手で指し示し、


「犯人捜しの協力の件ですか? 座ってください」

「……」


 懐に隠していた短刀には誰にも気づかれなかった。


(身体検査されるとおもったけれど、それもない。


 チャンスよ、油断してる。


 殺す! 隙を見て殺してやる! この手で!)


 ファレナの鼓動が、ノゲに近づくにつれ、どんどん激しくなっていく。


「話たい事があるんです」


 ノゲを前まで来たファレナは、机越しに、武者震いしながら、


「全部知って知ってる。あんたそっくりのゴーレムが全部吐いた」


 堂々として言った。


「何をですか」

「全部だ。あんたのした事、全部」

「……ボーダンから話は聞きましたよ。別荘を破壊したんですって?」


 ノゲが、どっしり腰を下ろしながら、


「吐いた……、ということはアンかな……、あいつは初めて作ったゴーレムでね……」


 ノゲが遠い目をする。


「……多忙の私の代わりに雑用を任せれるようにそっくりに作ったのですが、知能に問題ができてしまいして、いやはや……。でも私より愛想が良くて、部下からの好感度が上がりましたよ、ははは。……何よりも、かわいい奴でした……」

「どうして……父さんを、殺したんだ……」

「ははは、復讐なんておやめください。めんどくさい」

「しない」


 ノゲの眉がピクリと上がった。


「私は協力する。金庫を開けたいなら早くしてくれ。そのかわり……」

「そのかわり?」

「ロッサに手を出さないで」

「……ああ、ボーダンが言ってましたね、あなたを守っていた処刑人がいると。そういえば一緒に暮らしてるんでしたっけ?」

「そう……もう、関係ないから……」

「……」

「私の事で……もう、誰も……傷ついてほしくない……私の事で……もう……」

「そんな事で良いのなら」


 ノゲが立ち上がった。


「金庫はここにあります」


 机の端まで行くと、しゃがみこみ板を外す。


「こちらへ」


 ファレナがノゲの元に行くと、机の下部分に金庫があった。


「覚えてますか。あなたの家にあったものです」

「覚えてない」

「では、ここにある穴に腕を入れてください」

「……ソリーソさんは、無事なのか」

「はい、もちろん。記憶を消して解放しなくてはいけませんから。地下で眠ってますよ」

「……」


 ファレナはしゃがみこみ、金庫の右上部にある穴に手を突っ込む。


 肘まで入った時、指が奥に当たった。


 キュルキュルと金庫から音が鳴る。


「痛っ」


 痛みに恐怖を感じ、ファレナは腕を穴から出した。


 腕に、5か所糸で刺された跡みたいな傷が、一列に並んでいる。


 ギュルギュルと、金庫からさっきより鈍い音がしだした。


「今、血を調べているところです。しばらくかかります、こちらへ」


 ノゲが笑顔で、バルコニーへと歩いていく。


 ファレナは後をついていった。


 ふたりがバルコニーに出る。


 端に女性の胸像がひとつ置かれて、柵の向こうに、夜空に浮かぶ月と、パルティーレの街が一望できた。


「ここから、路地で火が吹いたのが見えたのです。ヴェルデ殿がいる場所はボーダンから伝えられていましたので、これはもしやと思いましたので助けに行きました」


 広がる夜景を、ファレナが望むと自分達の住んでいる一角が眼下に見える。


「……ヴァルデ氏、あなたの父は……」


 ノゲも望みだし、微笑みながら、


「私の同僚です。魔研で共に高魔力技術について日々研究してきました。彼は、奇跡の魔道具マガタマ研究の第一人者でした。その卓越した才能はある日、マガタマへの干渉方法を発見しました。それが殺した理由です」

「……理由になってない……」

「なってますよ」

「……」

「スーリにやらせたんですが、失敗しました」

「……?」

「ゴーレムですよ、優しく作りすぎてしまって、まだ幼かったあなたを殺せなかった。まぁその性格が災いして、干渉実験の事をばらそうとしたので、壊したんですがね」

「……」


(――今だ)


 横に並んで一緒に見ている振りをしていたファレナは、懐に忍ばせた短刀をそっと取り出した。


「私は、モンスター共の統領にこの技術を伝えました。そしてヴァルデ氏があの世へ持っていった干渉方法を見つける支援を貰い受けた。こうして大金持ちになり、この技術が完璧なものとなれば、もっと豊かになれるでしょう。あなたにもそれなりのお礼は致しますよ」

「完璧じゃないのかよ……」


 鼓動が激しくなるばかりの心臓を、ひっしで落ち着かせようとファレナは、呼吸を深くする。


「そうです。しかし、家から彼の研究資料が収められている金庫だけは持ってきました」

「それを開けて、調べて完璧にしたいと、そう言う事ね」

「6年前、彼の残した魔法陣を使って干渉に成功し、私はマガタマの処刑対象から逃れた。なぜあの時と同じ魔法陣を使って、なおなじ同じことができないのかっ……。ははは」


 そっと、しかし素早く、ファレナはノゲの後ろに回った。


「一昨日、チュウ博士の研究所であなたに会って驚きました。あそこでですよ。悪いと思いましたが金庫を開けようと、あなたの事を実験で――」


――音もなく、鞘から抜き去った刃が月明りに薄く光る。


 短刀を力いっぱい握りしめ、切っ先をノゲの背中に向け、ファレナは体当たりした。


「ああっ……酷いですね、協力するというのは全部嘘だったんですか?」


 短刀を握る手が、踏み込んだ脚が、震える。


「離せぇ!」


 ノゲは後ろ手で、ファレナの手を掴んでいた。


 短刀の切っ先が、ノゲに当たるスレスレの所で止まっている。


 ファレナは、振りほどこうと激しく手を振った。


 どんなに激しく抵抗しても、ノゲの手は微動だにしない。


 ノゲが、後ろ手で掴んだファレナの手を捻ると同時に振り向く。


「きゃっ」


 小さな悲鳴と共に、ファレナの体が床に叩きつけられた。


 短刀が床に落ち、転がる。


「ああっ、このぉっ」


 ファレナが、胸像をノゲに向かって倒した。


 ノゲは、倒れてくる胸像を蹴り飛ばす。


 足先が当たった途端、胸像が砕け散った。


 こぶし大の破片が、立ち上がろうとしていたファレナの頭を直撃する。


 血を流し、ファレナが再び倒れた。


 そこへ、ノゲが、ファレナの右足首めがけジャンプし、踏みつける。


「あああああああっ」


 声にならない悲鳴をファレナがあげた。


 白い小さな足が、トマトみたいに潰され赤く染まる。


 プシャリと血が床に飛び散った中、


「2人の分身っ」


 ノゲが短刀を拾い上げ、


「ずっと一緒にっ」


 悲しみと怒りが混じり合う感情をこめて、ノゲは倒れたファレナに馬乗りになり服を引き破り、


「いやぁぁぁぁ!」


 悲鳴の中、ポケットから水晶を取り出し、ファレナの鳩尾部に力いっぱい押し込む。


 骨と肉が引き裂かれる音が、響いた。


「ぎゃぁあぁあああぁぁ!」


 緑色のひし形の水晶が肉にめり込んで、ファレナの胸元にすっぽり嵌る。


「ああっ、離せぇぇぇえ!」


 腕と脚をじたばたさせ抗うファレナの右肩に、ノゲは短刀を当てた。


――ガッ!


 右腕に刀身が入る。


「ずっと一緒にいた仲間でしたっ」


――ガガッ!


「どうしてこうもっ」

「ぎゃぁあぁあああぁぁ! ぎゃぁあぁあああぁぁ!」


 ファレナの悲鳴と共に、右腕が切断されると、ノゲは短刀を持ち替え、


――ガッ!


 左腕に刀身を入れた。


「うまくいかないっ」

「いやぁあぁあああぁぁ!」


――ガガガッ!


「大事になるっ」


 左腕が切断される。

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