第19話 告白


 ずっと、ロッサが何を言っても、ファレナは目も合わせようとせず、話すこともしなかった。


 ふたりは、田園を進んでいく。


 パルティーレ西門をくぐり、街内に入った。


 行き交う人々が、ロッサのボロボロの姿に目を奪われるも、左手の武骨な腕輪に気づくと納得して皆、目を反らす。


 商業区の端にあるソリーソの泊っている路地裏の宿へと到着した時には、太陽はもう沈んで、パルティーレの街は夜の顔を見せていた。


 宿のオヤジが、入ってきたロッサのひどい姿を見てオロオロしだす。


 ロッサはファレナの手を引っ張り、階段を上がってソリーソの部屋へ向かった。


 部屋に着くと、ファレナはロッサから離れ、


「どこ、ここ……」

「ソリーソさんの借りてる部屋だ」

「良いの、勝手に入って」

「気にするわけないよ、こんな時に」

「ふーん」


(荷物を持っていこう、そしたら裁警も信じてくれる……。……そう、きっと……信じてくれる……)


 気弱になりかけるのを、ロッサは必死に振り払い、燭台に明かりをつけて、椿の紋章が端に刻まれた大きいリュックが置かれている壁際へと向かう。


 ファレナが奥の窓の戸を開け、弱弱しく夜空に浮かぶ星々を眺めだした。


「これを持っていこう、荷物だけ渡せば、何かあったと思うはずだ」

「……そう……」

「……どうしたんだ? そんな所で……」


 ファレナが振り返り、消え入りそうな声で、


「……、……チュウ爺さん、が、死んじゃった……。ソリーソさんも連れ去られて……」

「……ああ……うん……」


 ロッサはファレナの顔から目を反らした。


「ノゲ・レイって奴は、私の仇なんだ、やっと見つけた……」

「そうだ、その事も……もう終わる。全部終わる……王都へ急ごう」


 目を反らしたまま、そう言うロッサに、ファレナは、ただ、その唇だけがゆっくりと、動かして、


「しっかり終わらせる、終わらせなくちゃ、私が」

「……私がってなんだよ?」

「……だから私もう、ロッサとは居られない……」

「……え?」


 ロッサは驚いてファレナを凝視する。


 こっちを見ているはずなのに、どこを見ているかわからないファレナの目を、なんとか捕えようとじっと見つめようと模索して、ロッサの瞳が小刻みに動いた。


 しかし、捕える事は出来なかった。


 ロッサは言葉を失ってしまい、何か言おうとも、口をもごもごするだけで、何も言えない。


 しばらく沈黙の後、


「金庫を開けたがっているから、まだ私が必要なはず」


 ファレナは窓から外を見だす。


「何を言って――」

「私が、ひとりで、なんとかする。もう誰も犠牲になってほしくない……。ロッサ、今までありがとう」

「おい、待て待て!」


 ロッサはファレナに駆け寄る。


 その小さな肩を掴み、顔を覗き込んだ。


「何を言ってるんだ」

「……私が行って、殺してくる。聞いたらノゲはモウエ銀行の自室で、魔力の使い過ぎで寝込んでるらしいから」

「何を言ってるんだ! 危険だ、だいたい処刑対象になってる事を優先させろ! 後でいくらでも復讐できる!」


 無意識ながら、掴んだ手がファレナにしがみつくように力が入る。


「僕も手伝う! 僕がお前を守るから!」

「ねぇ、なんでさ……」


 ファレナは、ロッサの目を弱弱しく見つめ、


「私に……私のためにそんなにしてくれるんだ?」


 揶揄うような笑みを浮かべ言った。


 ロッサは、ファレナの目を強く見つめ返す。


「ずっとお前のそばに居たい。笑顔で帰った僕を迎えてほしい」


 力強く、言葉を続けた。


「だから、僕は絶対にお前を守る。

 前にお前が、処刑人に襲われた時、泣きながら僕に抱き着いてきた時、変な話だけど、やっぱりお前も泣いたら涙が流れるんだなっておもったんだ。僕の中でお前は笑顔でしかなかったから、想像つかなかったんだ……たから、ずっと傍に居ようとおもった……でも、僕は、正直、迷ってしまった。

 お前を処刑しようかどうか迷って、迷って……もう、誰かが処刑するのを待ってた……でも、それなのに、お前が連れ去られて……すごく怖かったんだ……どうしようもなくなったんだ、助けに行かなくちゃとしか考えられなかった……。

 ……初めて気づいたんだ……。

 いやずっとそうだった。

 僕はお前が好きだ!

 もう迷わない! 必ず、お前だけは何があっても守って見せるから!

 お前を守るために、そのために僕は生きる! 僕の全てをかけて、守る! もう迷わないから!」


 ファレナはロッサから目を反らし、どこか一点を見つめる。


「……」

「……」


 悲しい無言が続いた。


「……ロッサ……」


 やがてファレナの唇が、ゆっくりと動き、


「……ロッサに……何ができるんだよ……」


 そう言い放つ。


 発した静かなセリフには、諦観と腹立たしさが伏流していた。


 ロッサの体は硬直する。


 頭も体も動かない。


 言葉も出ない。


「……ねぇ、お腹減ったね」


 ファレナがぼそりと言って、固まるロッサを見つめる。


「ああ……そうだね……」


 虚を突かれたロッサは戸惑いながら、


「……かと言って、何もないな……」


 部屋を見渡したロッサは困った顔になった。


「買って来てくんない? これから王都まで行くんだから腹ごしらえしないとさ」


 ファレナは、真っすぐロッサを優しく見つめる。


 ロッサは、その視線に少し戸惑いながら、


「……ああ、そうだな……じゃ奮発しよう、こんな時だし……買って来てやるよ」


 ロッサは笑顔を作り、


「ついでに僕の服も新調してくるよ、ちょっと待ってろ、すぐ戻ってくるから」

「うん、待ってる」


 急ぎ足で部屋を出て行くロッサは、世界中の物が集められいる商業区のノメン大通りの夜の活気の中、人ごみをかき分け、服やを目指した。


「すいませーん」


 服屋の太った小奇麗なオヤジが、入店してきたロッサの焼け焦げて切断された服を身て、ビクッとさせる。


「服ください。何でも良いんですけど、似たようなので、安いので、それと早く、今、手に入るのでお願い」

「服!?」

「はい、着替えたいんです」


 ロッサはボロボロの服をつまむ。


「ああ、その腕輪、処刑人の方でしたか……」

「はい、そうです」

「びっくりした。変なのが来たと思いましたよ。いつもご苦労様でございます、すぐに準備いたしますので」


 しばらくして太った小奇麗なオヤジが持ってきた上着とズボンと下着に、ロッサは着替えた。


「ご要望通り、着ていたお召し物と似たようなものを選びました」

「ああ、良い感じだ、ありがとう」


 服は確かに、大きなポケットが4つある黒い上着で、ロッサは気に入った。


 ズボンも下着も、新調され、良い気持ちになる。


 小袋を取り出し、代金払った。


(あとは、食べ物だ)


 大通りに出て、お辞儀する店主を尻目に、パン屋を目指し走る。


(何が良いだろう。たくさん種類を買ってこう。良き道でも食るし、いっぱい買っとくか……)


 ロッサは、パンを両腕一杯に抱えて、パン屋を出た。


(よし、帰ろう。大丈夫と思うが、僕のいないうちに処刑されたら笑い事にならない)


 そのまま、落とさないように気を付けながら、ロッサは走って部屋に戻る。


「ただいま! 買ってき……」


 誰もいない室内が、燭台の明かり1つにぼんやり照らされていた。


 ロッサは言葉を失い、部屋を見渡す。


 物音ひとつしない部屋に、大量のパンが床に散らばった。

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