第18話 行こう


 ファレナは俯いて、声なく涙を流しだす。


 ロッサは何も言う事ができず、目を反らした。


 見晴らしの良い丘の上からは、田園と、その向こうに赤く染まるパルティーレの街が望める。


 夕焼けの日差しを浴び、目を細め、


「ソリーソさん……大丈夫ですか?」


 倒れたまま、赤く呼吸しているソリーソの元に駆けよった。


「大丈夫……修復モードにすれば元に戻るから、ただ修復に入ると、しばらく寝てしまうからロッサ君にはおんぶしてもらわないと」


 ロッサは、血が全く出てない傷口を眺める。


「マジで……ゴーレムなんですか……」

「そうよ、びっくり?」

「いえ……、……はい、そうです」


(たしかに、おもえば……おっぱい揉んだ時、なんか硬いなと思ったんだよな……)


「今から修復というのを?」

「いえ……この事を、早く報告しなければ」

「聞きました、ファレナはやっぱり無罪だったんですね」

「ええ、そうよ。まったくマガタマへの干渉なんて……」

「そうですか……」


(……助かったんだ。やはりファレナは無罪だった、良かったぁ……)


 ロッサは笑みをこぼしながら、


「僕が教会に行って来ますよ」

「ロッサ君がひとりで行っても、信じてくれないでしょ」

「……では、ソリーソさんを担いで、一緒に行きましょう」

「……ああ……それがね、魔紫石を失くしたの……」


 ソリーソが苦い顔をする。


「なっ……」


 ロッサも、苦い顔をする。


「でも大丈夫よロッサ君」


 早口でまくしたてるように、


「ロンで本部に本部まで飛ぶから」

「その状態で行けますか?」

「無理」

「なっ……」

「魔力を貯めないと。私の宿まで運んでくれる? もう一度、食事をたくさん出させて食って食いまくるわ」

「……そういう補給方法だったんですね」

「うん、だから一緒に調査した時やばかったんだから」

「そうだったんですか……よし、じゃ向かいましょう」

「きゃっ」


 ロッサはソリーソを担いだ。


「もういきなり、乱暴にはやめてよ」

「すいません」


 ロッサは、ファレナに振り向き、


「行くよ……立てるよな……」

「……」


 ファレナは俯いたまま、返事をしない。


 すすり泣く声だけが、かすかに聞こえてくる。


「行こう……まだ処刑依頼は有効だ。お前を狙って処刑人はやってくるんだ。早く問題を解決しないと」


 言葉遣いが、自然ときつくなった。


「さっ、早く、悲しんでる場合じゃない。暗くなるし、早く戻ろ――」

「――行かせやんで!」


 ロッサの頭が、大きな泥の手に鷲掴みにされる。


 同時に、ソリーソの胴体を、もうひとつの泥の手が掴むとロッサと引き離した。


 掴まれた指の合間から、ロッサは背の低い色黒の男を見定める。


「あん、たは……ああっ」

「処刑対象の反応が蘇ったから来てみれば、今度は別荘ごと爆発させやがってこの前と共に、この礼させてもらうで」


 男は背中の剣を抜くと、


「うらぁぁぁぁ!」


 全力でロッサを斬りつけた。


「いたっ」


 燃えてボロボロになっている上着が切れて、ロッサの白い腹が露出する。


「……真っ二つにするつもりでやったで……なんともないやと……」

「ぐっ……ああっ、離せ……」

「なんの特能だ……新人……」

「がっ、ああっ」

「ロッサ君、気を付けて!」


 ソリーソが左手の平をゴーレムの横っ面に向けると、衝撃波を放つ。


 ゴーレムの頭が、がくんと揺さぶられた。


 ロッサが地面に落ちる。


「無詠唱……忘れとった」


 ロッサはすぐに起き上がると、ファレナの元ら駆け寄った。


 剣を抜き、ファレナを背にして、男とゴーレムに向かい合う。


(ゴーレムは1体……)


 呼吸を鍛え、気を練る――オリーヴァ流剣技・寄鷹斬りの構えを取った。


(ソリーソさんはゴーレムに掴まったまま……)


「ゴーレム、しっかり両手も捻ってしっかり捕まえとけや」


 男はじりじりと退きながら、ロッサに剣を構え、


「ここは不利か……坊主、覚えときや。またゴーレム錬成して今度こそ殺したる」


 男とゴーレムは踵を返し、丘を一目散に降り始める。


「待て!」


 ロッサは、追おうとした足を止めた。


 背後を振り返る。


(くそっ、ファレナを置いてはいけないっ)


「ソリーソさんが!」


 ファレナが叫んだ。


「助けに行かないと! ロッサ、何やってるの!」


 ロッサは目を反らす。


 ファレナが立ち上がり、駆けだした。


「待て、どこへ行く」

「どこって、助けにに決まってる!」


 ファレナの体を捕まえ、抵抗するのを力づくで拘束する。


「離して!」

「行って何になる!」

「そんな……」


 ファレナの体から力が抜ける。


 ロッサが手を放した。


 そのまま、ファレナはその場に座り込む。


 また、俯いたまま動かなくなった。


「行こう……」

 

 ロッサは、ファレナの手を無理矢理引っ張り立たせる。


「……どこへ……?」

「……裁警だ」

「本部まで行くのか?」

「いや、王都に支部がある。ソリーソさんの事や、ファレナの事、マガタマへの干渉の事、全部話そう」

「信じてくれるのか?」

「心配しなくて良い、きっと助けてくれる……」

「……前も、そんなこと言ってたよな……」

「……」


 ファレナが、ゆっくり、歩き出した。


「……行こう……」

「……ああ……」


 ファレナは顔を俯いたまま、ロッサに手を取られ丘を下っていく。


 ロッサもまた、俯き顔だった。


(……なんとか、わかってもらわないと……全部話して、なんとか……わかってもらう以外に道はない……)

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