第17話 達人、チュウ


(ビームを打った、その際の隙が致命となる……)


 ドスは理解していた。


(この殺気、ただ者ではない……)


 ドスも剣を構え、ぢりぢりと近づいていく。


 ただ、あっちは素手と甘く見ていた。


 脚の小指分動くのに数秒かけながら、両者は接近。


 しかし、2人ともが、客観的な距離の縮み方とは裏腹に、距離がみるみる縮まっていく感覚にとらわれていた。


 ……。


 先に自分の間合いになったのは、素手のチュウだった。


 突如、チュウの左脚がドスの右膝に向け槍のように伸びていく。


 剣の間合いを越える、俊速のサイドキックの空気を切り裂く鋭い音が、ソリーソを運んで離れていたファレナと、火がやっと消えたロッサにも聞こえた。


 同時に、ドスのビームがチュウの喉元に向け伸びる。


 チュウが上体を反らた。ギリギリで躱せたビームがぴょこんと伸びる三本髭の右側を燃やしていった。


 グンと伸ばしたチュウの脚は、そのままドスの右膝に命中し、そのまま、あらぬ方向へ折り曲げる。


 右膝を砕いた左脚を戻さずそのまま踏み込んで、ドスの息がかかるほど近くに瞬時に接近、チュウは勝負を決めに来た。


 この慢心が歴戦の戦士のブランクであった。


 チュウが接近した瞬間、ドスは折れた右脚で踏み込み、剣で薙ぎ払う。


 腹部に想定外の斬撃をもらい、チュウはくの字に折れ曲がった。


 そのまま驚き、退る。


「……くっ……ゴーレムめ……」

「良い感触だ。骨が折れたな、じじい」

「くっ、これしき……お前さんよりマシじゃ……」


 チュウは、腹部をさすった。


(足の指が、刃物のように腹を突き破ってきおった……戦闘用ゴーレムか……)


「私には一応の痛覚しかありません。筋肉もない、骨もない、多少曲がっても難なく動けます」

「そうかじゃったな……ふふふ、その水晶を狙わねばならなかった……」


 そう勝ち誇って、ドスはビームを放射した。


「ぬぅっ」


 チュウはくるっと体を捻り躱す。


「チュウ爺さん!」


 ロッサは叫び、


「僕が!」


 呼吸を鍛え、気を練る――ロッサはオリーヴァ流剣技・十文字の構えを取った。


 この技は、上段に構え、上からの重い一撃で叩き斬った後、瞬時に中段の重い薙ぎ払いで叩き斬る、防御不可能の必殺技である。


(ビームに注意だ……)


 上段に構えたまま、ドスと向かえ合った。


(ああ、さっきのビームが痛い。皮膚が火傷していた……治るよな、これ……いつ頃だろう……)


 アンは、手の平をロッサに向け、衝撃波を放つ。


「ぐふあっ!」


 ロッサの体が、すさまじい勢いで壁に衝突した。


 壁にめり込んだロッサを横目で見ながら、アンが反応する。


 チャンスと、ファレナに飛び掛かった。


「させるか!」


 ロッサが壁からめり込んだ体を引きはがし、アンに飛び掛かる。


「お前、何で無事なんだよ!?」


 驚いてるアンに、ロッサはもう一度、オリーヴァ流剣技・十文字の構えを取った。


(ええい、集中しろ、バカ!)


「くそ! 死ね!」


 アンの突き出した両掌から炎球が発射される。


「また無詠唱!?」


 再び体が炎に包まれ、ロッサは叫びながら転げ回った。


「ファレナちゃん!」


 チュウが叫ぶ。


 アンは、傷口を押さえ駆けつけてくるチュウを見て、


「くそっ」


 両掌から炎球が発射した。


「ぬぅっ」


 チュウは体を捻り躱す。


 と、その捻りは同時に攻撃への予備動作になっていた。


 渾身の三日月蹴りが炸裂。


 その鍛錬を積んだ蹴りは鋭利な刃物と化して、アンの、ガードしようとした腕を水晶ごと真っ二つに断ち切っていく。


「ぎゃあああああっ」

「アン!」


 ドスは、水晶が割れる音を聞いて、戦慄が走った。


 アンの体は力なく倒れ動かなくなる。


「くそっ、その傷でそんなに動けるとは……」

「伊達に……戦争を生き延びて、うっ……ないわい……」


 チュウの腹部、腹巻は真っ赤に染まっていた。


「死にぞこないが」

「ロッサ君! 燃えとる場合か!」

「ああ……はい?」


 火を消し終わり、服がボロボロになったロッサは、呼ばれて、目をちょっと回しながら立ち上がる。


「ファレナちゃん……と、裁警の子を連れ……て、ああっ……先に……逃げるんじゃ」


 チュウは、腹巻から爆弾を取り出した。


 素早く、上部にぴょこんと出ている導火線に、爪を使って火をつける。


「何それ……チュウ爺さん?」


 ファレナは、導火線を上る火を幻のように見つめた。


「ロッサ君、早く!」

「何をしている!」


 ドスはチュウに向かってビームを放射した。


 チュウは、難なくそれを躱し、爆弾を投げる。


 ドスの目が爆弾を追って、牢の中へと移動した。


 爆弾は、牢の中を転がり壁に当たって止まる。


 と、チュウがドスに体当たりし、体に抱き着いた。


「これで、剣もビームも、何もできまい」

「何をっ、離せ!」

「ロッサ君! 早く、逃げるん、じゃ!」


 ロッサは、ソリーソを担ぎ、ファレナの手を引っ張る。


「チュウ爺さんっ」

「早く行くんじゃファレナちゃん、わしは大丈夫じゃ」

「そんなっ、何が大丈夫なのっ」

「チュウ爺さ――」


 ロッサはファレナを無理やり引っ張り、


「チュウ爺さんっ、そんなっ、嫌ぁぁ!」


 叫ぶファレナを担ぎあげ、部屋から出た。


 外には、長方形の何もない広い空間が広がっている。


 ロッサは、急いで階段を上ろうとした時、爆発が起こる。


 激しい振動に建物が震えたと思うと、一瞬で天井や壁に大きなヒビができて、崩れ落ちてきた。


 ロッサは階段を駆け上り、床が陥没する中、すぐ横の玄関から外へと飛び出す。


 途端、別荘が崩れ、激しい熱風がロッサ達にかかった。


 吹き飛ばされ、転ぶロッサ達は、降りかかる瓦礫に頭を押さえ身を小さくする。


 やがて、激しい音と、瓦礫の雨が終わり、辺りは静かになった。


 ロッサ達が顔を上げると、ノゲの別荘は瓦礫の山と化していた。

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