第16話 救援


「くぅうう!」


 ソリーソの顔が歪む。


「手こずりました、読心はやっかいですね……」


 ソリーソの腕は、回路を切断されて、力なく肩からぶら下がっている。


 こうなると、腕は重りにしかならない。


 動きが鈍り、


「ああああっ!」


 剣撃が、ソリーソの左の内太ももを切り裂いた。


(読んでいたのに……体が、動かなくて、避けれない……)


「ああっ……」


 体全体に目いっぱい力を込めても、うまく踏ん張れない。ソリーソは立っていることができず、尻もちをついた。


「私と同じボディ、回路の場所は分かっています」


 膝行し後退るソリーソを見つめ、ドスは言った。


 アンに近づき、縛りをほどき両手を自由にさせる。


「……どうして殺さないのよ」

「お前には、魔協本部に何もあやしいところはなかったと報告させなくてはならない」

「そんなこと……」

「そのまま後退し、牢に入れ」


 アンが、被せられていたずた袋を投げ捨てた。


「ああ、ドス、助かったよー」


 その時、勢いよく扉が開かれる。


「ソリーソさん!」


 ロッサが、ソリーソの惨状を見て驚き叫んだ。


 続いて、チュウが部屋に入ってくる。その背後から、ファレナが心配そうな目で室内を覗いていた。


 ロッサが抜刀する。


 ドスに迷わず斬りかかった。


「あんただな、ファレナをさらったやつは! その顔、忘れない……ってあれ、2人いる!?」


 ロッサは驚き、立ち止まる。


 アンとドスを交互に見て混乱しているロッサに、ドスがソリーソの首をがっしと掴み放り投げた。


「わわわっ」


 慌てて両手でソリーソを受け止る。


 しかし、バランスを崩しロッサは転んでしまった。


「ゴーレムじゃな! ノゲさんに話がある! どこにいるのかな!」


 チュウが怒りの表情で、長い三本髭を逆立たせ、ふたりに詰問する。


「聞いたぞい、どうしてファレナちゃんを誘拐なんてしたんじゃ!?」

「あなたはチュウ博士ですね、あと、どこのどなたか存じませんが」


 ドスがロッサを見ながら言った。


「もう、あんたに協力なぞせんぞ」

「ははは。そもそも、あんたがたの統領が、モンスター族関係者でないと許可しないから協力を願い出たまでです」

「なんじゃと……統領と何の関係があるんじゃ」

「ボスがせっかく忘れさせたのに……厄介ごとに首を突っ込んだご自分の浅はかさを反省して死んでいってください」


 ドスが剣を構え、目だけ動かして扉が開きっぱなしになっていることを確認した。


 ロッサは立ち上がり、刀を構え対峙する。


「アン、すきを見て娘をとらえろ」


 言いながら、ドスが人差し指と親指で丸を作り、左眼からビームを発射した。


「わぎしゃぁ!」


 予想だにしない攻撃に、ロッサは声にならない声を上げつつ回避。しかしそこへ、ドスのビームが容赦なく襲い掛かる。


「ぬぐぅ!」


 胸部にビームが命中、ロッサは吹き飛ばされた。


 ロッサの胸元で、ビームは貫通せず、粒子が弾けて飛び散り、壁や天井に穴を開ける。


 ドスは驚いて、


(気付かなかったが処刑人か……)


 倒れているロッサを注意深く見る。


「ロッサ君、大丈夫かい!?」

「大丈夫に決まってるでしょ」


 その衝撃と、熱さと痛みに苦い顔をしながらも、ロッサは跳ね起き、刀を構えた。


(岩石も貫くはずだが……全くと言って良いほどダメージを受けていないとは……)


 ドスは警戒しながら、少しずつロッサとの距離を取り始めた。


 それをロッサは鋭い眼光で睨む。


 腰を落とし、呼吸を鍛え、気を練る――ロッサはオリーヴァ流剣技・寄鷹斬りの準備を取っていた。


(こいつはゴーレム! 殺しても何の問題もない!)


 この技は、回転して飛び込みつつ斬りつける、距離のある相手に瞬時に近づきながら、回転で威力を倍増させた、強襲技である。


(怖がるな……行くぞ……行くぞ……行――)


――ドスが左眼からビームを発射する。


「ぐゃぁ!」


 ビームはもう一度胸元に命中し、粒子が飛び散る中、声にならない声を上げ、吹き飛ばされていった。


 ドスは、


(やはり……ファイアーレーザーがはじき返されている……こっちに飛び散ったら危険だ……)


 戸惑いつつ、左手の平を倒れるロッサに向け、魔水晶から魔力を供給し火球を放ち追撃する。


 炎球が、ロッサに直撃し、体が炎に包まれた。


「熱い熱いー!」


 叫びながら体に付いた火を消そうとして転げ回る。


 ドスがチュウに向かい合い、剣先を向けながら


「今だアン!」

「うん、わかった!」


 アンがファレナに飛び掛かった。


「されるか!」


 チュウは飛び上がり、アンに飛び蹴りを食らわす。


「ふぎゃぁ!」


 アンが床に頭から落ちた。


「ファレナちゃん」

「え!? ……何、チュウ爺さん……」


 チュウの機敏な動きの飛び蹴りに驚いて、ファレナは目を見開いて固まってしまっている。


 苦痛に息を吐き、頭を押さえ丸くなるアンを横目に見ながら、


「わしの後ろに居な、この男達はわしが相手をしよう、ついでにロッサ君に邪魔しないように言っといて」


 チュウは、火に包まれ転がっているロッサを横目で見ながら白衣を脱ぎ捨てた。


「力づくで、おとなしくさせようかのぅ」


 腹巻だけの姿になったチュウが、ドスに構えを取る。


「わしが戦っている間、そこの魔協の女の子を連れて部屋の隅に退避しててくれ」


 チュウは決意を固めた表情で鋭くドスを睨んだ。


「チュウ博士、あなたの功績は素晴らしい。ボスも爆弾には満足しています」

「お若いの、わしが教会にその首差し出してやる」


 チュウは斜に構え、両拳を正中線に置き、ぢりぢりと近づいていく。


(勝負は、一瞬じゃ……)


 試合のようにダメージが蓄積して決まる勝負などないことを、チュウは経験上知っている。


 のちにモンスター戦争と呼ばれる、人間族によるモンスター族大討伐への抵抗運動下で、若きチュウはずっと苦戦を強いられてきた。


 様々な魔法を駆使する人間相手に、沢山の仲間が死んでいった。


 そのために、秘伝の殺人拳法をチュウは体得したのだ。


 やがて休戦後、人間との和平は成立したものの、いまだ続く諍いに嫌気がさしたチュウが、自由都市パルティーレに来て科学の凄さに感動したのは、まだ体毛が黒かったころの話。


 それ以来、発明家として役に立ったり、立たなかったり、死者を出しそうになったり、2回ほど逮捕されたりした日々の中でも、夜な夜な拳法の鍛錬だけは欠かさなかった。


(……互いの一撃目がそのまま致命傷となるじゃろう)


 それは別に命を奪うという事ではない。


 肋骨にひびでも、指にひびでも、目つぶしで一時的に視界が悪くなるでも良い、それは大幅な戦力ダウンとなり、戦いは決定的なものとなる。


(最初に、その一撃を与えた方の勝ちじゃ……)


 チュウは、じりじり距離を詰めていく。

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