第13話 牢に2人


「あのーすいません」


 ファレナは、声を掛けながら優しく肩をゆする。


「ぐーぐー……」

「あのーすいません」

「ぐー……ぐー……もう食べられないよ……」


 さっきから起そうとしているが、ソリーソは鼻提灯を膨らませて、まったく気持ちよさそうに寝て起きる気配がない。


「あのー、起きてください」

「ぐーぐー、……むにゃむにゃ……」


 気持ちよさそうに寝ているソリーソの肩を、激しくゆする。


「起きてってば、寝てる場合じゃないよ」


 ソリーソの体を、ファレナはさらに激しく揺さぶった。


「うーうー……」


 すると、ソリーソが唸りだし、瞑っていた目が薄く開かれる。


「……おはようございまーす……」


 ファレナが、恐る恐る挨拶をした。


 ソリーソの目が、ファレナと目が合い、パチッと開かれる。


 飛び起き、ソリーソはグルっと周囲を見渡した。


 三方は壁、一方は鉄格子。隅に腰ほどの高さの仕切りがあって、そこはトイレ。そして、目の前のファレナの姿を壁に設置された燭台の火が照らしている。


 牢の外に目をやると、ずた袋や箱が無造作に置かれ、隙間に拷問道具の数々が置いてあった。


 窓はどこにもない、暗いが奥の方にドアがあるのをソリーソは確認すると、


「……あなたは?」


 ファレナに向き直って素性を尋ねる。


 少し戸惑いながら、


「私はファレナです。知らないうちにここにいて、多分さらわれたんだと思うんですけど……あなたは?」


(……ファレナ……? いや、処刑されてるものね、あっちのファレナは……)


「私はロンブリコ・ソリーソ、裁警よ。……今、何時かわかる?」

「……わかりません、鐘の音なんて聞こえてこないし。地下だと思いますここ。あの、本当に裁警の方……ですか?」

「ええ、そうです」


 ソリーソは紫魔石を見せようとして、胸元を探る。


「……え?」


 手を突っ込み、胸の間をまさぐり、


「……ない!? 嘘でしょ! ああっ! めっちゃくちゃ怒られるやつじゃない! どうしよ! 始末書! 降格もあり得る! うぅぅ……」

「……あ、あの……」

「あっ……ごめんなさい……取り乱しちゃって……」


 ソリーソは訝しんで見ているファレナに、


「信じてもらうしかないわ。同じく囚われの身、共に脱出しましょう」


 威圧を込めて言った。


「……はい……じゃあ、信じます……まぁ悪い人じゃなさそうだし……」


(……、……半信半疑か……、寝言と取り乱したのが原因で、なんだこいつと思われてる……)


「……よろしくね」

「……何とか脱出したいんだけど、なんとかないものですかね……魔法も使えなくて……」

「断絶結界で収束できなくしてるのよ……でも大丈夫、私に任せて」


 ソリーソは、光線でやられた左足を見る。


(……足が直ってる……良かった、うまく行ったみたい)


「どうしました?」


 突っ立ったまま動かないでいるソリーソを、ファレナは心配そうに覗き見た。


「いえ、なんでも……うーん……しょうがない……やりたくないけど、あれをするか……」

「あれ?」

「私なら、この鉄格子ぐらいなら抜けれるの。それで外に出たら、鍵を探して開けてあげる」

「抜けれる? この隙間を?」


 ファレナは鉄格子を触る。


 隙間はファレナの細い腕が入るぐらいの幅しかない。


「私の体は、変形できるんです」

「……変形?」

「はい、ただ、驚かないでください。……と言っても無駄でしょうし、あの、見ても、私を怖がらないでくださいね……」

「……?」


 ファレナは首をひねる。


 それを尻目に、ソリーソは鉄格子の前までスタスタ来ると、徐に両掌を合わせた。


 目を瞑って、腕を捻じりながら天に伸ばし、脚の指先からピンと一直線に体を伸ばす体勢を取る。


 そして、変形が始まった。


「キャーーー! 化け物ーー!」


 ファレナは屋敷全体に聞こえるかと思うほどの絶叫をし、仰け反ってしまう。

 

 人間の体が異様に歪んで、細くなっていくその過程は、とても直視できるものではなかった。


 ソリーソの体が徐々に細くなっていく。


 それごとに、目玉が押されて飛び出していって、舌もにょろりと顎下まで垂れ下がっていく。


 ファレナは思わず目を反らした。


 やがて袖から皮膚が垂れ下がって来てソリーソの、腕に嵌め込まれた水晶が袖から飛び出して、淡く輝きだす。


 鉄格子の間を余裕で通り過ぎるほどの太さになった紐状のソリーソは、クネクネしながら、のた打ちながら、


「あんっ! あふんっ! あはん、あふうぅんっ!」


 艶声に似た声を発しながら、にゅるにゅるクネクネと少しずつ鉄柵の間を通り抜けていった。


 外に体の全てが出ると、ソリーソは気合一発、捻じれたゴムが一気に元の姿に戻るように元の姿に戻った。


「よし、出れた! さて……鍵はどこ? ファレナちゃん、大丈夫?」


 ソリーソは探し始める。


「あ、あの……確か……」


 ファレナは、怖がりながら薄目でソリーソを見つつ、左側にある棚を指さした。


「あそこら辺に置いてたような……特能持ち、だったんですね……ごめんなさい悲鳴上げちゃって」

「ああ、まぁね。燭台のの蝋燭抜き取って狙えます」

「あ……はい」



 ソリーソは、蝋燭一本持って、棚へ向かう。


 引き出しを開け探すと、すぐに、


「あった!」


 鍵を手に高く掲げ、どうだと言わんばかりにファレナに振り向いた。


 ファレナは笑顔で、それに応える。


「ついでに、武器もあったわ」


 ソリーソは一振りの短刀を掲げる。


「あっそれ私の」

「ファレナさんのなの? 白十字があるけど……」

「ええロッサが、あの処刑人の友人がいるの」

「……、……ロッサ?」

「ロッサを知ってるんですか?」

「ダメージが入らない特能持ちの人なら」

「はい、その人です」

「そう……分けあって知り合いなの。じゃあ、あなたが……そうなのね……」


 ソリーソは持って小走りでやって来ると、床に置き鍵穴に鍵を差し込み鍵を開けた。


「はい」


 短刀をファレナに渡す。


「じゃ、すぐに脱出しましょう、ロッサ君に会わしてあげる」

「でも、見張りとかいるかも」

「裁警を舐めないで。ただ魔力の量が心配ね」


 と、自分の左腕の袖をめくって、そこに埋められている水晶を確認した。


 ファレナの目が見開かれる。


 絶句して、ソリーソの埋められた水晶を見つめた。


 あの時、悲鳴の中、クローゼットの中に隠れて見た、家族を殺した者の腕にあった水晶を、思い出す。


 記憶と、まったく同じ、緑色のひし形の水晶だった。

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