第12話 ノゲの調査


 ロッサと別れたソリーソは、西門を出て、物音一つしない広場の横を通り、風車に干し草置き、飼い葉おけ、農夫の馬車、大都会を後にして田園を横切り、広い急な坂道を上っていく。


 丘の上にノゲ・レイの別荘は見えてきた。


 教会のように広くて急な階段のついた大きな扉に、柱廊が周囲をめぐる豪奢な別荘のベルを鳴らしたソリーソは、無表情なメイドに応接室へと案内されていく。


 応接室は、肖像画が何枚も壁にかかり、暖炉には天井までに及ぶ彫刻が施されて、真っ白な天井からは金細工が施されたシャンデリアが吊るされていた。


 メイドは暖炉の前のテーブルを囲んでソファと肘掛椅子2脚ある内、上座の肘掛椅子をソリーソに丁重にすすめると、


「少々お待ちください」


 と言って去っていく。


(あのメイド、ゴーレムね。私じゃなきゃ見逃してるところだった……でも、私と同じぐらいのクオリティで作れるなんて……やはりヴェルデ博士の同僚なだけあるわ、ノゲ・レイって人……)


 しばらくして、ドアが開かれ、


「お待たせしました、ここの主人のノゲ・レイと申します」


 顔立ちのはっきりしていて鼻筋がスッと通っている、初老の伊達男が入ってきた。


 ソリーソは立ち上がって、


「裁定警察のロンブリコ・ソリーソと申します」


 ペンダントの紫魔石を見せる。


 と同時に、読心を行った。


「お座りください、しかし……一体何の御用ですか」


 ノゲはソリーソの向かいに座る。


(この人、自分は主人のノゲ・レイだと嘘を言っている……)


(なぜ本人が出てこない?)


「一昨日、このパルティーレで強い魔力を検知しまして、それについて調べさせてもらいたいのです」

「なぜ私を?」

「高魔力発生の原因と思われるのは、モンスター族のオスがしていた爆弾の実験です」

「ああ、あれですか」

「そして、あなたの持っているという、吸収効果が付与された魔道具の話を聞きました」

「ああ、爆弾の実験に便利と思いましてね、貸したのですよ」


(……嘘をついてる……)


「爆弾では、我々が動くような高魔力反応などでません。その魔道具が原因かと思われるのですが」

「そうですかね、高威力の爆弾なら、ありえなくはなくないですか? 高魔力反応はその一回だけでなのですか?」

「はい、そうですが」

「いえ、何回いたしましたので、やはり別の原因ではないでしょうか」


(……他は検知されない成功した……か……)


「なぜ、爆弾を発注されたのでしょうか」

「我がモウエ銀行は、ガンガ山脈へのトンネル工事に投資いたしましてね、そして――」


(――全部、嘘か。聞く必要もないわ、こんな話……)


「とりあえず見せてもらえますか」

「……、……かまいませんよ、どうぞ調べていってください」

「では早速」

「いえ、これが重い代物で、地下まで足を運んでもらう事になります」


(……これも嘘……)


 ソリーソは立ち上がる。


(やっぱりリベリラさんに無理言って来てもらった方がよかったかなぁ……)


「ではついて来てください」

「行きましょう」


 少し気弱になってしまいながら、最悪の結果として戦闘になる覚悟を、ソリーソは決めた。


 地下への階段は、玄関のすぐ隣にあった。


 扉を開け、ノゲは、


「マリミオクオレ、オペルソ、エトアビボ――パッカ」


 と、右手の平から光球が現れ、地下への暗い階段を煌々と照らしだす。


 ノゲが、ゆっくりと階段を下りて行った。


 ソリーソは後をついていきながら、読心し続けている。


 しかし、


(……何も考えてない……何か、この人もゴーレムっぽい……思考が読めるから違うのだろうけど……こんなに何も考えないなんて……初めてだわ、こんな人……)


 下りた先には、長方形の何もない広い空間が広がっていた。2列に並んだ支柱が天井を支えている。


 左右の壁にドアが1つずつ、床は真っ平に練磨された石畳になっていた。


 ソリーソは、部屋の1番の奥に見える台座を凝視する。


 ノゲが、光球を天井近くにある鏡台に投げ入れた。


 光が広間全体を明るくする。


 ソリーソは、台の近くへと歩き出した。


 ノゲが冷たい眼で、その後ろ姿を見つめる。


「何ですか、これは?」


 腰の高さの石台に被せてある繻子の布が、丸く膨らんでいた。


「お見せしましょう」


 ノゲはおもむろに布を取り払る。


「魔道具と化した、新しい発掘品です」


(……また嘘……)


 石台の上には、真っ赤な丸い、何かとても柔らかそうな素材でできているような物体が置いてあった。


「これがさっき言った、爆弾の実験用に手に入れた品ですよ」


(……これも嘘……)


「キスレブではすでにトンネルを作り、交通の便が劇的に向上しています」

「この魔道具にある特能は何なんですか?」

「……ですからエネルギーを吸収してくれるんです」

「調べてみてもよろしい?」

「調べる? どうやって?」

「ここで魔法を放ってみたら、わかりますでしょ?」

「ああ、疑り深いですね裁警の方は、やはり……」


 (……魔力が増大すれば、全て嘘とバレる……?)


「なるほど、構いませんよ」


 ノゲが一歩下がる。


 (……この人、心の中で、私と戦う決心を固めた……)


 ノゲは下がり続け、ソリーソの背後に回った。


(……魔法を放った瞬間に叩く、か……)


 そう心の中で思っているノゲに、


「最近、魔道具ペンゼが盗まれた事はご存じですか?」


 ソリーソは振り向き尋ねる。


「魔力が増大する、あの魔道具ですよね、それがどうかいたしました?」

「昔、あなたは、ヴェルデ魔力研究所に、居ましたね」

「……私の事は調べ済みで?」

「もちろん」

「そうですよ」


 ノゲは急に噴き出し笑いだした。


「ふふ、ヴェルデ博士が私の同僚だった事がすべての始まりです」


 ソリーソが剣の柄に手を伸ばす。


 読心はノゲの殺気を読み取っていた。


 ソリーソが動き始めた、と同時、ノゲは人差し指と親指で丸を作り、左眼へと持って行く。


 丸から覗く左眼から糸みたいに細い、一筋の光線が発射された。


 ビーという音を立てて、ソリーソの脚へと延びる。


 読心で読んでいたソリーソはサッと横に躱して剣を抜き去ると、ノゲに斬りかかった。


「ハァッ!」


 ノゲが右手人指しを、斬りかかってくるソリーソに向ける


 指先から閃光とバチバチッという破裂音を立てて、電撃が発射された。


 雷撃は、ソリーソを直撃する。


「ぐぅっ」


 苦い顔して、ソリーソが後退り、素早く体勢を整え、距離を取る。


 ノゲは、痺れて動けなくなるはずなのに、平気そうに、虹色に輝く剣を構えるソリーソを見て驚いていた。


「あなた、無詠唱だなんて……なんなのそれ……」


 ノゲは答えず、身を屈め戦闘態勢に入る。


 2人共が動揺し、互いに警戒して動けなくなった。


 硬直状態となりながらも、じりじりと、ノゲはゆっくり距離を縮め始める。


(……不利ね、いくら心が読めるとはいえ、避けきれないタイミングでの魔法攻撃なんてやられたら……)


 ソリーソが階段に向け駆けだした。


「待て」


 ノゲが左眼から光線を放つ。


 ソリーソは、背後から迫る光線を振り返りもせず身をひるがえし避けた。


 ノゲは何度も、背中に向け発射するも悉く交わされ続ける。


(戦ってる場合じゃない、報告しないと!)


 ソリーソが階段までたどり着いた。


 その目に、降りて来る大男が目に入る。


 いきなり殴りかかってきた。


 ソリーソは、後ろに飛び退る。


(仲間!?)


 ソリーソは、筋骨隆々な大男が、泥で作られたゴーレムなのを見て取った。


 巨体の後ろから、背の低い色黒の男が現れる。


 男はソリーソを確認すると、手を振り下ろした。


 泥のゴーレムが突進してくる。


(くそ、ゴーレムだから心が読めない!)


 ソリーソが剣を振りまわすのもかまわず、ゴーレムは巨大な図体で襲い掛かってきた。


(後ろからも!)


 咄嗟に横に飛び、ゴーレムの突進を躱す。


 背後から光線が飛んできて、ソリーソの体をかすめた。


 ゴーレムは素早く踵を返し、再び突進してくる。


 色黒の男も剣を抜き、襲い掛かってきた。


 ソリーソは後ずさり、瞬時に横に転がるようにして2人の攻撃をかわす。


 しかし、


(ダメ! 避けきれない!)


 背後からのノゲの光線が、左ふくらはぎに命中した。


「あああああ!」 


 激痛に、左足を押さえ、床に倒れるソリーソを見て、


「もう自由に動けまい、ボーダン、ゴーレムを止めろ」

「わかりました」


 ノゲが、走ってソリーソの元にやってくる。


 そして、ソリーソの抉れた足を見て、驚いた。


「これは……」


 しゃがみこみ、血が全くでない傷口を触って調べ始める。


「触らないで!」

「そうか、そう言う事か……」


 ノゲは呟き、立ちあがった。


「……ドスさん、どうしましょか?」

「裁警だから殺してはまずい、グスーをボスに使ってもらわなくては」

「師匠は、明日にならんと無理やそうで……」

「様態はどうだ」

「なんとも……」

「もう、長年の苦労で精神的にも、きている、というのに……」

「はい……おいたわしい事です……」

「私も魔力を使いすぎた……お前は」

「大丈夫です、ゴーレムは一体になってしまいましたが、あの爆弾野郎、今すぐにでもぶっ飛ばしたいです」

「こいつも、あの女と共に牢に入れておけ、それからボスに報告してこい」

「はい、おいゴーレム運ぶで」


 ゴーレムの巨大な手がソリーソの体を鷲掴みにする。


(……回路を切断された……動かせない……修復を……モードに……)


 ソリーソが目をぎゅっと瞑った。


 ソリーソの意識が途絶えた。

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