第11話 ファレナを探して


(ファレナを連れ去った人物を追わないと)


 ロッサは足を引きずるように歩いて中庭に出た。


 麗らかな日差しを浴びる。


(あんな事をしたやつだ。マガタマが反応しているはず)


 中庭を横切って行った。


 警備の修道士は、処刑人のロッサが削左腕につけている腕輪で身元確認し、聖堂地下へと入る許可を出す。


 地下は、燭台の明かりのみで薄暗い。


 小さな部屋が何十室と並び、その全てにスベガミ神の石像が置かれている。


 そのひとつに、ロッサは入り扉を閉めた。


 ロッサは左腕の腕輪を差し出す。


 石像が動き出し、差し出された腕輪の水晶部分に、硬く冷たい両手を重ね合す。


 触れ合った水晶が緑色の光を放った。


 ロッサの腕輪に、依頼が羅列表示される。


「昨日のを、お願いいたします」


 ロッサは水晶に表示された処刑依頼を確認していった。


 その4件あった内のひとつに、目が止まる。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


   処刑依頼


――マガタマより勅裁を得る

 緊急に死罪、捕獲せずその場にて処断すべし


――マガタマからより情報を得る

 種、モンスター族。

 国、第2モンスター自治国。

 年、66歳。

 性、オス。

 名、チュウ・チュウチュウ・デチュウ

 罪、1、処刑人に危害。重傷を負わす。

   2、ガンキ国民、パルティーレ市在住の男性1人を殺害。

   3、処刑対象のヴェルデ・ファレナを誘拐。


――教会からの補足

 緊急依頼になります、5日以内に処刑してください。

 魔能力の有無は不明です。金を奪い殺害した模様で危険はないと思いますが注意してください。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


(なんだ、これ……)


 事態の飲み込めなさに、茫然として、佇んだ。


 しばらくして、ふと我に返り、


「……必ず……処刑いたしてまいります……」


 儀礼の言葉を、虚ろに言って、小部屋から出る。


 黙り込んでただじっと腕輪に表示されたままの、依頼を見つめながら階段を上り外に出た。


 麗らかな日差しを浴びる。


(何が起こっている……)


「リベルラさん」


 自分を呼ぶ声にロッサが驚いて顔を上げると、


「おはこんばんちは」


 笑顔のソリーソが立っていた。


「おはよう……ございます……」


 ポカンとしたまま、ロッサは条件反射で挨拶を返す。


「こんなところで、何をなさってるんです?」


 ソリーソはロッサの雰囲気から、何が原因か探る目遣いになった。


「いえ、別に……」


 それだけ言うと口を閉じるロッサに、


「私はちょっと高魔力反応について報告を済ましたところです、教会は魔道具ペンゼの行方を捜しているようでしてね、もしかしたら関係あるんじゃないかって」

「はぁ、そうなんですか……」

「ペンゼは、魔力を増大させる特能をまった魔道具ですからね」

「そうなんですか……」


 ロッサは、ソリーソから目を反らして、声にも覇気がない。


「それで、チュウ博士が言ってた魔道具の事を報告したんです」

「はぁ、そうなんですか……」


(……待てよ。そういや、チュウ博士……襲われた時……)


「じゃあ、今日の調査、お願いしますね。ノゲ氏に会います。西の門から出て彼の別荘に向かいますからね。ノゲ氏についても、教会の持ってる情報を貰いました、なかなか眉唾物の人で――」

「――行けなくなりました」


 ロッサは強く言い放つ。


 ソリーソは驚いてちょっとの間、ロッサを見つめた。


「バレたんですね、匿ってるの……じゃあ、もうその人は教会によって……」

「……、なんですか……また読んだんですか……そういうの、やめろって言ったでしょう」


 ロッサの言葉に、怒りが込められている。


「……すいません……つい……心配で……」

「とりあえず、もうあなたに付き合ってる暇ないんです」

「そうですね、ロッサさんも大変な事になりますものね……」

「……なんでも僕を犯罪者とでも言いふらしてください、何だってかまいませんから……」

「……大丈夫ですよ、問題化するつもりなんてありません」

「……そうですか、では、さようなら……」


 ロッサはソリーソに目も合わせず、別れを言うと足早に去っていった。


「さよなら、ロッサさん……」


 ロッサはそのまま足早に、東居住区5番街へと向かった。


 モウエ銀行横の薄暗い路地に入る。


 井戸端会議をしていた奥様グルーブがロッサに気づいて、話しかけてきた。


「あらロッサ君、昨日は大変だったわねぇ」


 と、奥様A。


「ほんとよ、いきなり火が上がるもんだから驚いちゃってぇ。モウエ銀行の警備員が総出で集まって消したのよ」


 と、奥様B。


「またチュウ爺さんの仕業だったんでしょ、まったく迷惑ね」


 と、奥様C。


「前も煙、すごかったわぁ。でも今回はなんでロッサ君の家で爆破が?」


 と、奥様D。


「……ファレナをさらって行った人、見ませんでした?」


 奥様方が、首をひねる。


「さらわれたって何なの?」

「えっ? ファレナちゃんに何かあったの?」

「ほら、なんだかんだあって、姉さん……処刑人がやられて、僕らはロンで離脱したでしょ、その時、ファレナが男に抱えられてたじゃないですか」


 奥様方が、互いに顔を見合わせた。


「何それ?」

「何の事なの? そんな事、なかったわよ」


(……どういう事だ……?)


「あの、僕もう行きます、すいません」


 奥様方が話しているのを尻目に、ロッサは急いでチュウの工場へと向かった。


 外階段を上り、工場横にある事務所の2階へ上がる。


「すいませーん!」


 叫びながらドアをノックした。


「すいませーん!」


 と、22回叫んで激しくノックをした時、やっとドアが開く。


「何じゃ何じゃ……」


 眠気眼で、水玉模様のパジャマを上だけ着て腹巻をしたチュウが顔を出す。


「チュウ爺さん、おはようございます」


 ロッサは妙にゆっくりとした言い方で挨拶をした。


「ああ、ロッサ君おはよう……何か、ぐっすり寝ていたよ……、しかしまだ朝じゃないの? この感じって?」


 寝起きで呂律の回らず、ごにゃごにゃした声でそう言いながらチュウは青い空を仰ぐ。


「はいそうです、ところで昨日の事で来たんです」

「……昨日って何の事じゃ?」


 目をこすりながら、チュウは尋ねる。


「……チュウ爺さんも覚えてないんですか? 昨日の騒動の事ですよ」

「昨日の騒動?」

「……昨日、家が燃えて、そのあと姉さんが何者かにやられて、ファレナが連れ去られたんです……あんた、その場にいたで――」


――チュウの髭が逆立ち、しおれていた細長い耳がビンっとなって、目がパッチリ見開かれ、


「なななななな、なんじゃってーーーーー!? 襲われた!?  なんじゃ、また暴漢に襲われたのかい!?」」


 仰天して、ずっこけた。


「覚えてないんですか? その場に駆けつけてきたんですよ……」

「知らんよ! わし、そんな事あったのなんて! ああ……わし、日課の鍛錬してから……。あれ……してから、なにやってたっけ?」

「記憶がないんですか……?」

「ずっと寝てたっぼいんじゃ! だんだん頭が回りだしてきたぞい……変じゃぞ、これは……」

「ついでに、マガタマは、姉さんに重傷を負わした犯人はチュウ爺さんって事になってます」


 ロッサは腕輪の処刑依頼を見せる。


「なんじゃこりゃーーーーー!?」


 仰天して、また、ずっこけた。


「なんでじゃ!?」

「さあ……」

「ロッサ君、わしはやってないぞ!」

「わかってますよ」


 (つまりファレナと一緒……、これは、もしやするのか……)


「……もしや、記憶を消されてるのかも知れん……陰謀に巻き込まれたんじゃ、きっと」


 チュウが、3本髭擦りながら呟いた。


「……消された?」

「無論、そのファレナちゃんを連れ去った奴にじゃ。グスーじゃったっけ? 消す魔法って」

「はい……まぁファイヤーレーザー打てる奴ですから、グスーも使えても何もおかしくありません……ただ……」


(……街の皆も……? あり得るのか……?)


「ファイヤーレーザー使えるの!? ただの暴漢じゃないぞい……」

「考えにくいですが、グスーを使って騒動を見ていた路地の人間全員の記憶を消しているっぽいです……」

「……そんな大規模にグスーなんて唱えるなんて……とんでもない魔力じゃ……きっと、今頃動けなくなってるぞい」


(……動けなくなるどころじゃない……。大司教クラスでも不可能だぞ、そんな芸当……)


「ファレナちゃんをさらった犯人も、マガタマはわしじゃと言っとるのかい?」

「いえ……ファレナも、別の事件で犯人とされてて、だから反応してません」

「……そんな、バカな……」

「……」

「……ロッサ君……何が、起こっとるじゃ……」


 神妙な顔をするチュウに、ロッサは俯き顔を振った。


「……わかりません。マガタマが、狂った、そんな事なんて……」


 チュウは、髭をいじり、


「……前に進もうロッサ君、なんとしてもファレナちゃんを救わねば。あとわしも」

「ああ……はい……」

「……ということは、ロッサ君の記憶だけが頼りになるという事になるの。犯人をよく思い出すんじゃ」

「……記憶は曖昧です……すごく高そうな白い服着てた事くらいしか……顔は老けてたような……若くはないです、でも爺さんでもないです……」

「顔つきはどうじゃ、太ってた? 悪人面じゃったか?」

「いえ、別に太ってないし、面は整ってましたよ、年は取ってましたが。特徴と言われると、もうぼんやりして……わかんないな……うーん……」


 チュウが首をひねる。


「すごく高そうな白い服着た、顔が整ってる老けたおっさん……ノゲさんみたいなやつじゃな、そいつ」

「誰ですか?」

「ノゲ・レイさん、モウエ銀行の総裁じゃ」


(……ノゲ・レイ……? どっかで聞いたような……)


「……その人の元へ行きましょう。それにモウエ銀行の警備はあの時、駆け付けて来たそうですから、何か知ってるかも……」

「そうか。よし、準備するから待っとれ」

「へ?」

「わしも一緒に探すぞい、前の奴らかも知れんから爆弾も持っていこう」

「いえ、危険です」

「じゃ、使い時がなかった新作の防護アイテムもっと……」

「聞いてますか?」

「いつも鍛錬してたから動けるぞい。だいたい無実なのに、引きこもっていられるかじゃ」

「……そうですか……」


(言っても無駄か……それに一緒に居れば、僕がチュウ爺さんを処刑人から守れるか……)


「早くしてください」

「待っておれ、あとお弁当と水筒っと……」


(何を持ってってるんだよ……)

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