第10話 夜が明けて


 ロンでパルティーレ大教会の中庭の着地点へと撤退したラーパは、腹から噴出する血を両手で抑えながら、何事かと駆けつけて来た修道士達によって運ばれていく。


 ロッサは客室を与えられ、ここに泊まる許可をもらった。


(ファレナをさらっていった奴は誰だ!?)


(どこへ行ったんだ!?)


(何の目的だ? 処刑人ではなかった……)


(あのゴーレムの人も、連れ去ろうとしてたよな……)


(関係するやつか?)


 その晩ロッサは、一睡もできないまま朝を迎える。


 日の出と共に信者が集う聖堂に、ロッサも祈りに行った。


 長い時間、ただ祈る。


 ロッサの精神が、神の厳威と、慈愛によって癒されていった。


 とそこへ、手術を終え、回復魔法により完治を果たしたラーパが現れる。


「あっ姉さん、大丈――」


――ラーバは、ロッサの首根っこを掴み上げ、自室へと連行し、正座させた。


 そして、閉め切った室内にて、ラーパは屈伸して、顔をこれでもかと近づけて、正座させたロッサを睨みつける。


 光球一つをラーパ浮かべ、部屋全体をほんのり照らす中、


「処刑対象を匿う事がどういうことか、お前の足りない頭でもわかんだろ、あん?」


 巻き舌で恫喝した。


「わかんねぇのか? おい、ポンコツ、何とかしゃべれ、おい!」

「姉さん実は――」

「うるせぇ、しゃべんじゃねぇ!」

「……」


 ロッサは困って黙ってしまった。


「なんでやった。なんだ? 欲情でもしたのか、可愛いかったら処刑対象にでもお構いなしか? はい、か、いいえでなら答える事を特別に許す。正直に言え、勃起してたんだな?」

「……いいえ」

「そうか、勃起してないのか……じゃあこれからお前の事はふにゃふにゃちんちんマンと呼ぶことにするから、お前もこれからそう名乗るんだぞ」

「えっ……」


 ラーパは囃し立てるように、


「ほら、名乗って見ろ」

「……」

「はい、せーの!」

「……、……どうも、ふにゃちんちんマンと申します……」

「今まで一緒に暮らして、さぞ楽しんだんだろうな、ふにゃちんちんマンさんよー。え? 何発やった?」

「……えっ?」

「何、発、やっ、た?」

「別に――」

「はいかいいえ」

「……」


 ロッサは困って黙ってしまった。


 ラーパは箪笥から寝巻を取り出し、聖堂服を脱ぎ始める。


「さーぞ、しゃぶらせんのは、気持ち良かったろうなー」

「……、……いいえ」

「ハハハ、お前のふにゃちんを立たせる事テクはあの女にはなかったか、残念だったな」

「……」

「可哀そうに……私が慰めてやろうか?」


 急にラーパは嘲笑が混じった優しい笑顔になってロッサの頭を撫でた。


「……い――」

「――てゆうか、さっきからおっぱい見てんじゃん」

「……」

「ふにゃちんでも性欲は一丁前にあんだな」


 寝巻に着替え終わったラーパは、ベッドに座ると、

「あの光線、細いが炎系上級魔法のファイヤーレーザーだ」

「じゃ、使う人は限られてきますね」

「姿は見たか」

「はい、でも……ちょっと見ただけだから」

「まったく……距離があって察知できたから良かったものの、私の心臓に穴が空くところだった……。……でだロッサ、もうこの件から外れるんだ」

「いえ、姉さん、外れません」

「何言ってるんだ、てめぇ」

「今回の、処刑対象は……実はずっと一緒に住んでいた人なんです……」

「……ん?」

「今まで話す機会がなかったですけど。姉さんが孤児院を出て、すぐやってきた人なんです。それから、同い年だから一緒に出る際に、生活を協力しようと、一緒に住む事にしたんです」

「で、今までそんな悪人と一緒に居たってのか……」

「いえ……それが……僕は、信じられないんです……ファレナが、そんなことしたなんて……」

「マガタマが間違っていると、そう言いてぇのか、てめぇは」

「……」

「まったく、前にあったはあったけどな……」

「じゃあ今度も」

「いい加減にしろ。失敗して終わってるよ、そんな事あってたまるか。あとな、言っておくが、処刑対象はもうこの世に居ないみたいだぞ」

「え?」


 ロッサは耳を疑った。


 姉を見つめたまま動かなくなる。


「ボケっとしてねぇで、腕輪で確認してごらん」


 ロッサは腕輪を起動させ、ファレナの処刑依頼を確認する。ファレナに反応して光るはずの探知機能が反応しない。


「反応なしだ」

「……でも待って……処刑依頼は達成されてはいませんっ」

「あの男に殺されたからだろ」

「探知できないよう……衾牢に……閉じ込められた可能性もあります……」


 ロッサは光らない腕輪を見続けていた。


 ただ茫然と見続ける。


「さあ、私は眠る。てめぇのおかげで疲れ切っちまった」


 ラーパはめんどくさそうにそれだけ言って、布団をかぶる。


 同時に、部屋を照らしていた光球が消えて、戸を閉め切っていた室内は真っ暗になった。


「じゃあ、探してきます……」

「まだ言ってんのか」

「ファレナの処刑依頼を頼んだのは姉さんです。何にせよ、どんな結果になるにせよ、僕の手で決着を付けます」

「たくっ」

「あと、もうひとつ。できれば記録保管所で6年前の処刑記録を調べさせてもらいたいんです」

「何を調べんだ?」

「ファレナの父が殺された事件です。未解決のはずの」

「未解決事件なら、数えるぐらいしかない。全部覚えてる、誰だ?」

「たしか、ヴェルデです名字は」

「ない。何かの間違いだ」

「そんなっ……はず……。……くそ……」


 ロッサが部屋を出て行く。


 真っ暗の室内の中、ラーパは布団の中で、ヴェルデという名字に、引っ掛かった。


(たしか、前の干渉事件の時……魔法研究所の所長はヴェルデ氏……。


 私が出た6年前に孤児院に来た……あの事件も6年前。……たしか娘がいたはず……。


 ……あの事件も、魔道具ペンゼが関わっていた……。


 偶然……?


 ……とりあえず寝てから……にしよ……)

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