第9話 襲撃


 決心の付く算段もでき、ロッサはファレナの待っているだろう部屋に帰ってきた。


(中から何の音もしない……まさか……)


 玄関の前にたたずむ。


(すでに処刑人が来てしまったのか……?)


 ロッサは頭を振り、力を籠め、勢いよくドアを開けた。


「おっかえり、ロッサ!」

「……ただいま、ファレナ」


 いつもと変わらないファレナの笑顔とこの光景に、ロッサは安堵する。


「……遅いぞ……すぐ帰って来いって言ったのに……」

「えっ何? 何か言ったか、ごめん、聞こえなかった」

「何でもねぇよっ」


 ムスッとしながらファレナは、ロッサの肩を叩く。


「遅いって怒ったの」

「ごめんごめん、いろいろあってね」

「お姉さんの協力は得られたのか?」

「いや、ああ、会えなかったんだ、それでいろいろ探し回ってたんだよ」

「……そうか……なぁ、私も一緒に行かしてよ」

「えっ?」

「私の事で動いてるんだよな、私も何か、私の事だし、やらないとと思ってさっ」

「ああ、何もしなくて良い。僕に任しておけば良いんだ、ここで待ってて」


 ロッサは優しく言った。


「ファレナは何も心配しなくて良い、僕が守るから、な?」


 その優しい言葉に、ファレナは顔をそむけた。


「それより明日、あってほしい人がいるんだ」

「誰?」


 ファレナはテーブルに腰かけ、ロッサの方を見ずに尋ねる。


「裁警の助っ人だ、明日の朝に出かけるからな」

「裁警の……」

「ああ、どうかしたのか?」

「別に」


 ロッサは、機嫌の悪そうなファレナを不審に思った。


「ご飯食べよ」


 機嫌悪くファレナが言うのに、


「そうだな……」


 ロッサもテーブルにつく。


 テーブルの上には、ファレナがすでに用意した食事が並べられていた。


 2人は黙って食べ始める。


 そうやって、黙々とロッサが食べ終えた時だった。


「ごめんください」


 訪問客が現れる。


 ロッサは戦慄が走って飛び上がった。


「誰なんだロッサ? 処刑人か?」

「それどころのもんじゃない」


(この聞き覚えのある声、間違いない……)


 怖がった顔でファレナが、ロッサに抱き着く。


「ファレナ……隠れて……」


 ロッサは消え入るような小声で命令した。


「あれ、姉さんの声、だ」


 しどろもどろになりながら、


「早く……殺されるぞ……。寝室の窓から、なんとか足場を探して、外に出るんだ……」

「ここで説明したら良いんじゃない」

「絶対ダメ」

「……え?」

「何してくるかわかんないから、早く早くっ」

「……うん……」


 ファレナが奥の寝室に隠れたのを見届けると、ロッサは恐る恐る玄関ドアを開けた。


「ああ、姉さん、どうしたの……」


 一生懸命、平静を装って出迎える。


 ラーパは、先で四本の白い爪が真っ赤な宝玉を掴んでいる金属製の杖を右手に持って、鋭い目つきで室内を見渡しつつ、


「そこのモウエ銀行の支配人に伺いたいことがあったのですけど、留守でしてね。近くだから依頼の進行状態はどうかと思いまして、寄ってみたの。どうですか、調子は」


 無表情で尋ねた。


「いや、昨日の今日じゃないの」

「期日は4日後の日入りまでですよ、今日は何していたのですか?」


 ラーパは鋭い目つきをロッサに向ける。


「えっ、まあ……やるべきことがあって……明日から本腰入れてやるから、大丈夫だから」


 ラーパは鋭い目つきでロッサを睨み続けた。


「な、何、どうしたの……姉さん?」

「ロッサ、もし教会に対して嘘を言ったり、反抗するようなことをしたら、どうなるかわかってますわよね」


 ロッサはの心臓がキュキュキュキュと収縮していく。


「何? 急に?」

「ロッサの部屋に来る前にね、筋トレをしてたモンスター族の方が私に話しかけて着ましてね。ロッサの知り合いだそうじゃありませんか、あのネズミの方」

「ああ、チュウ爺さんの事?」

「チュウ? 変な名前ね」

「街に来た時、適当につけたんだってさ、世界にひとつの名前だからって気に入ってるって、バカでしょ」

「いいえ。相当な強者ですね、あのモンスター。魔力はなさそうですが、ただ物じゃありませんよ。モンスター戦争で相当活躍したんじゃないかしら、あの年なら」

「ははは、何言ってんの、あんなじじい」

「あの方がね、褒めてましたわよ、ロッサの事」

「僕を?」

「昨日、ファレナっていう女の子を、暴漢から守ったそうじゃない、すごいわね」

「ああ、ははは……」


 ラーパはおもむろに腕輪を起動した。水晶の激しく点滅する緑色の光がロッサの顔を照らす。


「ヴェルデ・ファレナは、今現在もここにいますよ」


 言いながら杖を持ち上げ、ラーパは赤い宝玉をロッサに向けた。


「理由は後でじっくり聞きます」


 ラーパは目を眇めてロッサに狙いをつける。


「やめて姉さ――」


 荒れ狂う炎がロッサの達の部屋を吹き飛ばした。


 窓から出て、すぐ下の階の窓を塞ぐ木材部分を足場に、路地に降りようとしたファレナの頭上で、いきなり寝室の窓から火炎が飛び出す。


「きゃああっ」


 思わず足を滑らせ、地面に思いきり尻もちを付いた。


「痛いぃぃぃぃ! くぅぅぅぅぅぅ!」


 ファレナは強打したお尻をさすりながら、すぐさま部屋を振り向き確認する。


 その瞳に、自分達の部屋が炎に完全に呑まれていて、窓からボウボウと火が噴出している光景が映った。


 1階や、3階以上に住んでいた住人が、隣の建物に住んでいた人たちが、火を噴く自分らの部屋を見て、慌てて避難を始める。


 路地中の人が、何事かと窓を開けだした。


 絶句するファレナの前に、炎に完全に飲まれている窓から、火達磨になったロッサが飛び出してくる。


「熱い熱い熱い熱いー!」


 そのまま、叫びながら頭から地面に落ちた。


 その光景を見ていた路地中の人が悲鳴を上げる中、


「熱い痛い! 熱い痛いー!」


 ロッサは叫びながら起き上がり、体に付いた火を消そうとして悲鳴を上げながら激しく転げ回る。


「おいロッサ! 落ち着け!」

「熱いー! 助けてー! 助けてー!」

「今消してやるからな! ラルーチェ、デラルナブリラ、プラメンテスディメ……ザーポリ!」


 ファレナの突き出した両手の平から、微量の水が噴射された。


 ロッサに付いた火にかけていく。


「……大丈夫かロッサ?」


 何とか消し終えて、ファレナが心配そうに尋ねると、


「うん……大丈夫に……決まってる……だろ……ぁぁ……」


 火の消えたロッサはゆっくりと立ち上がって、焼け焦げた服をパタパタさせた。


「全財産、ちゃんと持ってきたから安心しろ……」


 ロッサは金貨の入った小袋を懐から取り出し見せる。


「で、ファレナ、早く逃げるよ」

「どこへ行くつもりだ、チンカスが」


 ロッサは慌てて抜刀するも、間に合わない。


 目の前に現れたラーパが、杖の先端をロッサに向ける。


 瞬間、突き出した杖の先で、強い圧力上昇が起きた。


 ドンという重低音が響き、空気は高速気流となってロッサとファレナを吹き飛ばす。


 壁にたたきつけられたファレナに、ラーパは杖の先端を向けた。


「駄目だ!」


 ロッサは飛んだ。


 杖の先端から、魔力硬化で作られた、鋭く尖った刃が一振り現れ、ファレナの心臓目掛け発射される。


 ファレナに刃が突き刺ささる瞬間、ロッサが、その間に入り込みファレナを抱きしめた。


 ロッサの背中に当たった刃は弾き返され、地面に落ち消散する。


「大丈夫か、ゴホッゴホッ……ロッサ……?」

「そんな事より、お前はどうなんだ」


 ロッサの背中にはチクッと刺されたぐらいの傷しかない。


 しかし、ファレナの頭からは血が流れ出ていた。


「ちょっと、痛いだけ……平気……よ、こん……」

「ファレナ! おい、ファレナ、どうした!」

「そこにいる者は処刑対象よ」


 ラーバは杖をロッサの背中に向ける。


「姉さん待ってっ、話を聞いてってば!」

「どけ、今度は痛いでは済まないぞ」


 ラーバの言葉には冷たい語気が帯びていた。


 ロッサは壁にもたれかかったまま気絶したファレナを、がっしと抱きしめる。


「待ってってば! 理由があるんだ、もしかしたら処刑情報が間違っているかも知れないんだ!」

「神器が狂ったと、そう言いたいのか」

「そ……そうかも知れない……明日になればわかるから、お願い、待ってっ。僕はこの人を信じ――」


――強烈な電流が、ロッサに直撃する。


 ロッサは目の前が一瞬真っ暗になり、頭から倒れた。


「……ああ……」


 ロッサは、苦痛に息を吐く。


 そして動けなくなった。


 ラーバの放った電撃魔法は体の神経を麻痺させていた。ロッサの特能を理解するラーバの攻略技だった。


「……ファレナ……逃げないと……、……姉さん……」


 倒れながらロッサは、呂律の回らない舌で、いつの間にか、すぐそこに立っているラーパを仰ぎ見る。


「……ねえさん、やめて……」


 懇願するロッサをラーパは無視し、ファレナに迫る。ロッサは動かない口で、声を出し続けた。


「……ねえさん、やめて……」

「まったく、変に魔力を使いすぎた。ペンゼ盗難の件で温存したいってのによ、このクズが……」


 ファレナは、壁にもたれかかったまま気絶して動かない。


「ファレナ、起きる、んだ」


 ラーパは杖の先端をファレナに突き付ける。


「……ねえさん、やめて……ねえさん! ねえさん!」


 その時、糸みたいに細い一筋の光線が飛んできた。


 ラーパが回避行動を取る。


 しかし、背後からの攻撃に反応が遅れた。


 光線は、腹部をビーという音を立てて貫通していく。


 ラーパの体が、力なく崩れた。


 倒れた姉の体が、自身の真っ赤な血に浸っていくのを、ロッサは茫然と見つめる。


 そこへ、白い服を着た男が現れた。


 ロッサは突然の事に言葉を失い、思考さえまともに働かない。


 ただ目の前に現れた初老の男が、倒れるラーパと自分をしり目に、ファレナを肩に担いでいくのを、見ているしかできない。


「誰だ? お前……ファレナをどこに連れて行く、んだ……」


 男は、ロッサの方を振り返り見つめる。


 そして、右手の平をロッサに突き出した。


「ロッサくーん! ファレナちゃーん! ノゲさんも何でそんな所に!?」


 ……チュウ博士……?


「ロッサ!」


 ラーパは叫んでロッサに圧し掛かるように抱き着く。


 瞬間、姉弟は天へと伸びる緑の光に包まれ、ピロリン♪ の音と共に空高くへと消えていった。

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