第8話 チュウの調査


 朗らかに日光が注ぐ大通りを、ソリーソはテクテク歩き、


「あっパン屋がありますね、お腹空いてません?」


 振り向きロッサに尋ねた。


「はい、空いてます……」

「じゃあ、何か啄んでいきましょ?」

「はい、そうですね」

「……」


 ソリーソがロッサをじっと見つめる。


 そして、


「ええぇ、持ってないんですかー……じゃあ、やめましょ……」


 ソリーソは無一文のロッサに失望し、振り返って目的地に向かって歩き出した。


「……あの、とりあえず心を読むの、勝手にするのやめてくれます?」

「そうですね、いつもはしてないですから安心してください。あっ、ここです、この路地を言ったところです、リベルラさん」


 ソリーソは、ノメン大道りにあるモウエ銀行、その横の薄暗い路地に入っていく。


 ロッサは、戸惑いつつ、その後に続いていった。


「……その魔力が感知されたってのは、本当にここ何ですか……」

「はい、昨日の明朝、ここら辺で巨大な黒煙が上がったとの情報があります、おそらくそれではないかと推測しているんですが……」

「ああ、あの煙か……」

「知ってるんですか?」

「はい、実はここらに住んでいまし――」

「――ロッサくーん!」


 前方から呼ぶ声がして、2人がそちらを見ると、白衣に腹巻を巻いたモンスター族のオスが走ってきている。


「ちょうど良い、あの人が黒煙の犯人です」

「あの、おおねずみの方が?」


 ロッサ達の所まで来ると、


「いやーロッサ君! 心配したじゃないか。昨日はどうなったんじゃ、ファレナちゃんは大丈夫だったんだんじゃろな?」

「ええ……大丈夫ですよ……家に……います……」

「ほほー、そうかそうか、それは良かった」

「昨日の明朝の黒煙の仕業はあなたが原因なんですか?」


 ソリーソが横から、早口に鋭く尋ねた。


「そうじゃけど……お嬢ちゃんはどなたかな?」

「裁定警察のロンブリコ・ソリーソと申します」


 ソリーソは大きな胸の間からペンダントを出し、中を開いて椿の形に加工された紫魔石を見せる。


「えっ……」


 チュウは鋭い目つきで紫魔石を見つめた。


「少し話を聞きたいのですが、自宅まで案内してくれますか?」

「……こっちです……」


 言葉数が異様に少なくなったチュウを先頭に、3人はチュウの工場に向かう。


 応接室にロッサ達を招くと、古びた椅子を引きソリーソに進めた。


 チュウはテーブルを挟んで真向いに座ると、徐に横の小棚から球状の物体をいそいそと取り出す。


 ソリーソは椅子に座り、脚をブラブラしながら、


「それは……爆弾、ですか?」


 テーブルの上に出したものを見て、首を捻りながら尋ねた。


「そうじゃ。これの実験をしてたんじゃよ、それで予期せぬ黒煙が出てのぅ」

「明朝に、これの実験……しかし魔力が出たのはなぜでしょうか?」

「ああ……それ言っちゃいけないって、あの、言われてましてのぅ……」

「……」

「……どうしたんじゃ、ソリーソ殿?」


 急に口を閉ざして自分を見つめるソリーソに、チュウは訝しみ、キョドキョドしだす。


「この爆弾の起動実験を魔道具を使ってやってたんですね」


 ソリーソは淡々と言った。


「ええっ!? なんでわかっ――読心の特能か?」


 チュウの目つきが鋭くなる。


「そうです、隠し事は通りませんよ」


 ソリーソが、チュウの2倍鋭く見つめ返して、


「しかし、なんの魔道具ですか?」

「……」

「……エネルギーを全部吸収してくれる魔道具?」

「……ああ……ふぅ……」


 ぼそりと言うソリーソに、チュウは深く息を吐いた。


「隠し通すのは無理か……。別にやましい事はしておらん。この爆弾の出資者が貸してくれたんじゃが、黙っててくれと言ったんでな……」

「で何なんですか?」

「爆弾の爆発実験のために使ってたんじゃ、その魔道具の中に入れてたらどこでも実験できるし、ただ、爆発させてみたら、まぁ煙は出るは振動はすごかったわで大変だったんじゃ、それだけじゃ」

「ふーん……エネルギーを吸収する魔道具……、それはどこにあるのですか?」

「えっ、もうないよ。ノゲさんが持って行ったからの」

「ノゲさんというのは?」

「銀行家でな、モウエ銀行総裁のお子さんじゃ。この爆弾の出資者で、強力な爆弾が必要だから作ってくれと、注文が来たんじゃ、でそん時、便利だからと持って来てくれたのがその魔道具じゃ」

「……モウエ銀行の……」


 ソリーソが考えこんだ。


 ロッサは話している2人をボケっと見ていたのをやめ、窓の外に目をやる。


(こんな事してる場合じゃないんだけどなぁ……)


 ロッサはファレナを思い浮かべる。


(いや、良いのか……処刑されるのを待つしかできないんだから……でも、ホントにファレナがしたのか? いや、そんなのマガタマが行ってるんだから、決まってる……。……ああ、優柔不断め……)


「リベルラさん、何ボケっとしてるんです。さっお暇しますよ」


 不意に呼びかけられて振り向くと、ソリーソが椅子から立ち上がって帰ろうとしている所だった。


 2人は工場を後にした。


「あのチュウって人……」


 並んで路地を歩きながら、ソリーソは、


「読心術で読んでましたけれど、別に嘘は言ってなかったですね、これからですが、ノゲ・レイって人を調べようとおもいます……気になりませんか、エネルギーを吸収してくれる魔道具とやら……」


 難しい顔をして顎に手を当てる。


「どうおもいます? リベルラさん」

「……」


 ロッサにソリーソの声は聞こえていなかった。


 返事もしないで明後日の方を向いているロッサを、ソリーソはしばらく見つめ、


「まだ悩んでるんですね」

「……えっ?」


 ロッサは自分のすぐ近くに踏み込んで来て、顔を見上げてくるソリーソに驚いて、立ち止まった。


「ねえ、一つだけ良い?」

「……なんです?」


 ソリーソはうじうじしているロッサに、


「その人の事、処刑情報が間違ってるなんてありえません。神器マガタマのおかげで、今の平和世界が誕生したんですから。それが狂ったという事になったら、教会の信頼は揺らぎ、教会が作ってきた世界の治安と安寧が崩れてしまいます…………」


 ロッサはムカッと怒りが湧いてきて、


「そんなことわざわざ言わなくても良いですよ。あんたたちはマガタマから漏れた罪人の始末だけしててくださいよ」


 語気を荒げてそう言うと、もうソリーソの話を聞かないように明後日の方角を向くと耳を両手で塞いだ。


「……もし、そんな事があったとしたらヴェルデ博士の事件以来の大事件です。あの時のようにまた魔研がマガタマへの干渉をして、今度は成功してしま――」


 その時、ソリーソは上着の左袖をめくって、腕に埋められているひし形の緑の水晶をチラッと見る。


「……リベルラさん。ここで別れましょう、急用ができました」

「……」


 袖を直したソリーソは、明後日の方角を向いているロッサの心境を推し量って口を噤んだ。


「……ごめんなさい、その人、大事な人なんですね。その人が、何があったとしても、処刑対象になるなんて、すごく辛い事なのに、私ったら……」

「……また、心を読んだんですか」

「違いますよ、推し量っただけです。どうも読心ができると、そっちをしなくなってしまって……、私……」


(……そうだ。ソリーソさんに頼めば……)


「1回、会ってもらえませんか? 会って心を読んでほしいんです」


 熱意の籠った目でそう言うロッサに、


「……良いですよ、じゃあ明日、ノゲ氏の調査が前に会いましょう」

「今からじゃダメですか」

「無理です、明日にしてください」

「すぐそこです、ちょっと会うだけです」

「すいません、どうしてもできないんです、理由は言えませんが……」


 ソリーソは、左腕をさする。


「どうして? あの処刑に期限が定められてまして、緊急を要するんです」

「どうしても、できないんです、やるとしても明日の朝に、お願い」

「……、……わかりました……じゃ、明日の朝、連れて行きます……」


(……処刑人も来ないことを祈ろう……いけるだろう、明日の朝までなら……)


「……じゃあね、私の宿までちゃんと連れて来てくださいね、今日はおつかれ!」


 微笑みながら言うと、ソリーソは、


「……ルーチェ、デラルナブリラ、プラメンテスディメ……ロン」


 移動魔法ロンの呪文を唱えた。


 ソリーソの体が、天から伸びる緑の光に包まれる。


 と、ピロリン♪ の音と共に上空高く飛んでいった。


(……ロンを唱えるぐらい急いでたのか……。……しかし、これで、決められる。これでファレナが嘘をついていたら、迷いなくやれる……その時は、僕が、やろう。違ったら、姉さんに報告だ。マガタマが狂ったという大事件だぞ)

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