第7話 協力して


 女性はロッサを突き飛ばし、驚くべき速さで服を整え、腰に提げていた剣を抜き去った。


「いっいや、違うんです! やめて!」


 と尻餅付きながら弁解しようとするロッサに、女性は怒り心頭、聞く耳持たず、


「ええい! 死ね変態!」

「ちょっと待っ――」


 虹色に輝く剣を振り上げ、袈裟に斬り捨てた。


「痛たた!」


 ロッサはチクッとした痛みに飛び跳ねる。


「……何が起こってるの? 裁護剣を叩き込まれて……」


 困惑する女性は、


「ちょっと待った! ちょっと待った!」


 連呼しながら、後退るロッサに、


「……まさか特能……」


 女性は驚愕しながら見つめだす。


「待ってください! 違うんです! 事故です! 事故!」


 叫びながら膝行して女性から距離を取っているのを、何も言わず凝視し続け、


「えっほんとに違うの!? ていうか待って、その心の声、聞き覚えがある」

「へ?」

「処刑対象を匿ってる、処刑人ってあなたですか?」


(な!? 何を言ってきてるんだ……?)


 ロッサは、質問の意図が分からず固まった。


(処刑対象を匿ってる処刑人って、僕のがばれてるわけないよな。僕以外にも……?)


「やっぱり、あなただったの」


 女性は急に、笑顔になる。


「処刑人の方、話があるの」

「へ?」

「とりあえず立って、野次馬が。場所を移しましょう」


 言われて見渡すロッサの目に人だかりが映った。いつの間にか集まってきたらしい。


「早くっ」


 女性はロッサの手を取ると、腕をがっしり掴み、そのまま引っ張って、飛び出して来た小道へと入って裏通りを、スタスタ進んでいく。


 女性は先ほどとは打って変わってにこやかな笑顔を向け、


「ここに泊まっているんです」


 裏通りにある小さな宿を指さした。


「部屋まで来て下さい、で話を聞いてください。それで今回の事はなかった事にしてあげます」

「はぁ……あの、いや、ホントに偶然なんですよ……あと、処刑対象を匿ってるなんて――」

「――ええ、知ってます。でも、胸を揉みしだいた事には違いありません。痴漢の現行犯で突き出しますよ、目撃者もたくさんいます。それに、処刑人が処刑対象を匿う戒律違反なんてのも見逃せません」

「えっ?」


 ロッサは女性のすました顔を、目を見開き見る。


 そんなロッサを無視するように、


「さぁ、こっち」


 突っ立っているロッサの腕を組んで、宿の中へ引っ張っていった。


 オヤジひとりで切り盛りしている、小汚いロビーをスタスタ横切って、階段を登り登り5階の角部屋にへと、女性はロッサを連れて行く。


 入ってすぐ左にベッド、奥の窓際にテーブルと椅子が置かれているだけの長方形の部屋。


 ロッサは部屋を見渡して、壁に、椿の紋章が端に刻まれた大きいリュックが置かれているのに気が付いた。


 女性はロッサを放し、扉に鍵をかけると、


「来ていただいたのはですね、私達の調査に協力してほしいからなの」

「……私達?」

「申し遅れたわ、私、裁定警察のロンブリコ・ソリーソと申します」


 ソリーソは掛けていたペンダントの鎖を引き上げ、大きな胸の谷間から取り出す。


(やっぱり……この人は……)


 開き、椿の形に加工された紫魔石を見せた。


「……なんでまた、その裁警の人が、僕に、何の御用で?」

「聞いて頂戴。お金ならちゃんと支給されてたの、それで用心棒をギルドで募ろうとしたんだけど……」


 ソリーソが俯く。


「残念ながら……おべべが……なくなってしまったのです……」

「おべべって言い方、久々に聞きました」

「パルティーレに来る途中、崖から落ちましてね……」

「……それは大変でしたね」

「大変でした」

「その時……財布を落としてしまって、でそれを鳥に持ってかれて……これを上司に報告もできず、どうやってごまかせば良いものか……」


 ソリーソは深いため息をつく。


「……なんで上司に報告できないんです」

「それだと上に報告がいきます。怒られるの嫌です」


 ソリーソは少しムッとして反論した。


「はぁ……」


(駄目な人だ、この人……)


「でも宿に泊まれてますけど」

「やましい事がありそうな相手を選んだのです。紫魔石見せてたら無料で良いと言ってくれました」

「ああ……」


 ロッサは、少しソリーソに対して軽蔑心を持った。


「で、困ってた所に、戒律を破っている処刑人の思考を察知しました」


 ソリーソはロッサを、鋭い目つきでキッと見つめる。


「処刑対象を匿っている事、教会に報告しますよ、ファレナさんでしたっけ?」

「……」

「……わけわかめって感じですね?」

「あ、何で――」


 ロッサ絶句してしまった。


(……何で知ってんだ?……)


「何で知ってんだ? あなた今そう思ったでしょ」

「えっ?」

「私の特能です。相手の考えている事が読めるんです。嘘をついたら一発でわかりますし、集中すれば半径1ギーロ以内なら全ての考えが読めます。どうです、すごいです!」


 えっへんと、大きな胸を張りだした。


(読心術……の特能持ち……本当かな?)


「本当です」


(……)


「どうしました?」


(……好きな食べ物はなんですか?)


「魚の煮付け」


(……マジか……)


「マジです」

「財布を失い、そのことを上司に報告できないので悩んでいる、そこへ、あなたが通りかかったのです」

「……」

「弱みを持っている奴が来た。丁度良いから、脅迫して協力させてやろうとおもって急いで部屋を飛び出して……まあ、急ぎすぎてあんなことになってしまいましたけれど……もう良いです、強姦未遂の件も協力してくれたら許してあげます」


(……つまりこれは、言う事聞かないと、全部ばらされる、選択の余地などない……という事か?)


「そういう事です」

「……」

「そういう事です」


 ソリーソは念を押して、2回、ロッサに言った。

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