第5話 処刑
(……ああぁ、クソッ、手も足も出なかった……痛てて……)
「鋼鉄の体」の特殊能力を持つロッサにダメージなどない。
時を見計らって、埃こりを払いつつ、ゆっくり立ちあがる。
ロッサは、大通りに出ようとする5体の影を遠く望んだ。
(痛い……くそっ……正面からは無理だ。奇襲しよう、隙を狙ってやるしかない……それで、なんとか逃げ切って……)
ロッサは納刀すると、バンッと両手で頬を叩いた。
(しっかりしろ、ファレナを取り返すぞ!)
「ロッサ君!」
急に背後から呼ばれる声に、ロッサは驚き振り向く。
汗だくで手拭いを捻じり鉢巻きに腹巻だけ着たチュウ爺さんが、こちらに向かって走ってきていた。
「何だったんじゃ!? わし今、拳法の鍛錬してたら、今、ファレナちゃんが、暴漢に攫われてったよね!? 今!? ねぇ!?」
興奮して、口から唾を飛ばしながら尋ねてくるチュウから、ロッサは顔をそむけて、
「チュウ爺さん、今、すいません急いでるんで……」
「いやいや、待て待て」
チュウは行こうとするロッサの上着を掴み引き戻す。
「連れ戻すなら、武器がいるじゃろ」
と、徐にパンパンに膨れた腹巻に手を突っ込み、
「これを使ってくれ」
人の顔ぐらいある黒い丸い物をロッサに差しだした。
ロッサは、それが一体何なのかわからず、その丸い物の上部に導火線がぴょこんと出ているのを、チロチロ弄くる。
と、そこでロッサは正体に気づき、
「これっ爆弾じゃないですか!?」
おもわず仰け反った。
「そうじゃ、最近火薬を使う仕事が入っての、なんかいっぱい作っちゃったんじゃ。使わないやつだから、役立ててくれ。ロッサ君なら自爆特攻でも余裕じゃろ」
「余裕なわけないでしょ、痛いのは痛いんですから……、……まぁ良いや、有難く受け取っておきます」
「はい、マッチも渡しとく。大丈夫、威力は一番弱い奴だからの」
「じゃ、僕はこれで」
「わしは、モンスター族だから、申し訳ないが、戦闘行為をしたら即処刑じゃ。すまないがひとりで急いで行ってくるんじゃ」
「はい、わかってます、行ってきます」
ロッサは爆弾を抱え、全力で走り出した。
(急げ急げ!)
ノメン大通りへ出ると、人ごみ溢れる通りを見渡す。
大柄なゴーレムたちは、人ごみの中でも目立っていた。
というより、ファレナがずた袋から抜け出して、荒々しく馬車の中へ連れ込もうとする泥人形達に必死に抵抗している姿が、雑踏の頭の上に見える。
何事かと、野次馬に囲まれていた。
(チャンス!)
ロッサは気づかれないように近づいていく。
「ああもう、何やっとんねんゴーレム。こんな小娘1人に」
男の怒号が聞こえてきた。
「ああ、皆さん、怪しい者じゃありません。私は処刑人ですよ、ほら、白十字が見えますでしょ、集まらないで」
男の優しい声が聞こえる。
そこへ、
「せいや!」
ロッサは飛び掛かった。
馬車の上に這い上がって逃げようとするファレナの、細い脚を掴んでいるゴーレムの腕を、背後から抜き打ちでブッタ斬る。
「ファレナ!」
「ロッサ!」
ゴーレムから逃れられたファレナはロッサに抱き付いた。
「なんやワレ、まだやんのか!」
男が怒号を響かせる。
ロッサはファレナの手を掴み、一目散に大通りを駆けだした。
「またんかいこら!」
「何だ戦えよロッサ! こいつらぶっ飛ばせ!」
「速く来い! 逃げるんだ馬鹿!」
ロッサは、ファレナを引っ張り大通りを逃げて、暗い路地へ入っていった。
すぐ後ろを、ゴーレム達を引き連れて男が追いかけてくる。
背中に威圧をひしひしと感じる中、無理やりに発展したパルティーレ特有の入り組んだ路地を、ロッサ自身もどこへ通じているかなどわからないまま、ただ全力で駆けていった。
路地を突き抜けて通りに出ては、また路地に入って、右へ左へ、今どこにいるかもわからない。ゴーレムたちの困るであろう狭い路地を逃げてきているが、たまに振り向いて後ろを見ても、追手はいつもすぐそこに居て、全く振り切れそうにない。
(――もう、戦おう。ファレナの体力も限界だ。逃げきれない)
ロッサの決断は早かった。
建物と建物の窓もない壁に挟まれた隘路となっている、直角の曲がり角の所でスピードを落とす。
(ここなら大丈夫かな、爆弾を使――)
――瞬間、ゴーレムの大振りのフックがロッサの顔面を直撃した。
ロッサは吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられる。
その衝撃でレンガ造りの壁にヒビが入った。
「ウガァァ……」
ロッサは、その場に崩れ落ちる。
「ロッサ、大丈夫!」
ファレナが叫んだ。
「えっ? 大丈夫……決まってる……でしょ……」
ロッサはファレナに答えると、痛みをこらえて素早く立ち上がり、ファレナを自分の後ろ、曲がり角の隅に移動させる。
そのふたりの回りをゴーレム達が素早く取り囲んだ。
と、ロッサは後ろ手でファレナに爆弾とマッチを手渡す。
「点けろ」
小声でファレナに命令した。
「ぜぇぜえ、兄ちゃ、ん。はぁはあ、おとなしゅう、せぇ……ああぁ、しんど……ぜぇぜえ……」
ゴーレムたちに遅れて、男がやって来た。
「ぜぇぜえ言ってますね、ちゃんとした処刑人がこの程度でへばるわけないはずです、最近やった本業はいつですか?」
「うるさいわ……さぁ、もう一回痛い目に合うか……その子を、渡すかや……ぜぇぜぇ……」
男を噴き出る汗を拭きながら言い放つ。
「点いたよロッサ」
ファレナはロッサに後ろから耳打ちした。
ロッサは後ろ手で火の付いた爆弾を受け取ると、ゆっくり男達に向け転がす。
「あん?」
男とゴーレム達は足元に転がってくるそれに目を奪われた。
「……ぜぇぜえ、なんやこれ?……」
ロッサは男達に背を向けた。壁に手を付き、ファレナを体で隠すように覆いかぶさると全身に力を込め爆発に備える。
コロコロ転がるのを、ゴーレムの1体が拾い上げ、男に見えるようにと、顔近くまで持っていった。
男は、それが一体何なのかわからず、目を凝らして見つめる。
その丸い黒い物体の、上部にぴょこんと出ている導火線を火が昇っていっているのをじっくり見た男とゴーレム達は、同時に正体に気づいて目を見開き、顔を見合わせた。
「これ爆弾やん! はよ遠く放り投げい!」
ゴーレムが命令通り遠くへ投げようと大きく振りかぶる。
その瞬間、球体内部に火が入って行った。
閃光と、破裂音と、爆風が、路地に居た全員に襲い掛かる。
男はとっさにゴーレムを盾にしようとして後ろへ隠れたが、爆風は泥で作られたゴーレムを全て破壊し、自身も吹き飛ばされて、壁に叩きつけられた。
「イッタタタ!、熱! 熱い! けほっけほっ、煙い! 痛い! 熱い!」
ロッサは苦痛に顔を歪め、叫びをあげる。
ロッサの衣服に火が燃え移った。
爆発が終わると、ロッサはキンキン鳴る耳と、熱を持っている周りの空気の中、痛みにぴょんぴょん跳ね回る。
「大丈夫か?」
ファレナは心配そうに声をかけた。
「いや、さすがに痛い……」
ロッサは、火が付いた服を消そうとゴロゴロ転がりながら、擦れた息苦しい声で答える。
「でも、もう大丈夫……お前は」
「ぜんぜん、ロッサが盾になってくれたから、耳はキンキンするけど」
起き上がり、粉々になった泥人形の破片に埋もれて倒れている男の元に、ロッサは近づく。
「良かった、単に気絶しているだけだ。早く逃げよう」
「うん」
ロッサは、ファレナの手を取り、再び走り出した。
(何をしてるんだ、僕は――)
自分はこの処刑対象を処断しなければならないはず、と自分に問いかけた。
なぜ走っているのかも、ロッサにはよくわかっていない。どこへ逃げても処刑人は腕輪の位置情報を元にやってくるというのに。
ロッサは自分の行動が矛盾していることを自問自答する。
自分達の借りている部屋に戻ってきた。
扉は開けっ放し、部屋のテーブルは倒されている。
「もう安心だ、誰か来ても僕がいる」
ロッサはファレナの手を放し、テーブルをロッサは直しに向かった。
その途端、ぐっと放した手を握られる。
「ううぅぅ……」
背中越しに涙声で唸る声が聞こえて来た。
ロッサが振り向くと、ファレナは膝をついて倒れ込む。
「おい、大丈夫か?」
「ううぅぅ……」
ファレナはロッサに抱き着き、お腹に頭を埋めると、
「ううぅぅわぁーーん!」
大声を上げて泣き出した。
「怖かったよー!」
「……ああ、落ち着け……」
ロッサは困惑しながら優しく声をかける。
「うぇえぇぇえん! うぇえああぁぁん!」
泣き声は大きくなるばかりなのを、
「大丈夫……もう大丈夫だ」
優しく言い続けながら、ロッサは気づかれないように短刀の柄を握る。
(……処刑情報が間違ってるなんてありえない……)
ロッサは自分に言い聞かせ、
お腹に顔を埋めている今なら、ファレナの顔を見ないで済む今なら処刑できる気がして、いや、今しかできる気がしなくて、ロッサは、
「うわぁああぁん! あぁぁあぁん! 怖かったんだからー! 貰った短刀、使うの忘れてたー! うわぁああぁん!」
涙を流しながら叫ぶファレナに、
「ああ、そうだったな……」
と慰めつつ、万が一にも気付かれないように、ゆっくり短刀を引き抜き、振りかぶった。
「ううぅぅ、ロッサぁ!」
「うん?」
「ずっと一緒にいてよぉ! うぅう、うえぇええん!」
「……、……ああ……」
ロッサは、お腹にあるファレナの頭を強く抱きしめる。
そうやって目標を固定した。
それを、ファレナは勘違いしたらしい。
強く抱きしめてくれたものとおもって、強く抱きしめたのに呼応してファレナもロッサを強く抱き返した。
(処刑人として、任務を、遂行しないと……。……ファレナ、どうして……くそぉっ)
短刀が振り下ろされる。
「うわぁああぁん! ロッサぁぁあ! ありがどー!」
切っ先が皮膚を裂くすんでで、ロッサは刀を止めた。
涙声で叫んでは、ロッサのお腹に顔をうずめたまま泣き続ける。
ロッサは短刀を止めたまま、動けなくなってしまった。
ロッサは、ふと視線を感じて、月明りに光る刀身を見つめる。
そこには歪んだ自分の顔が映って、弱弱しい双眸でこちらを見つめ返していた。
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