第4話 誘拐


 ノメン大道りにある、モウエ銀行と書かれた堂々とした立派な建物のその横の路地に、ロッサは早く帰宅しないとと、足早に入っていく。


 もう陽は落ちてから相当経っていた。


(そんな……馬鹿な……)


 真っ暗な路地が窓の光で弱弱しく照らされている中、急いでいたロッサの足が止まる。


 満腹の腹をさすりながら、ロッサはそこで1歩も歩めなくなってしまった。


 処刑対象の居場所を示す腕輪の光が、激しさを増すばかりだったからだ。


 点滅する腕輪を見つめながら、のそのそとロッサは歩をなんとか進めていく。その毎に、自分の住みかに近づくにつれ、腕輪点滅は速さを増していく。


(……本当にあいつなのか?)


 歩幅が1歩ごとに小さくなっていきながら、路地裏へと道を曲がろうとした、その時、


(光?)


 道の向こうに、緑に点滅する光がロッサの目に入った。その回りには4つの大きな人影もあって、急ぎ早にこちらに歩いてきている。


 まさかとおもって、ロッサは立ち止まって見ていると、


「なんや兄ちゃん、あんたも処刑人か?」


 やって来た人達の真ん中にいた、剣を背負っている背の低い、色黒の男は言った。


「皆さんは、誰を処刑しにきたんで?」


 言いつつ、ロッサは男達を観察する。


 処刑人の腕輪をしているのは真ん中の1人、他の背丈のある筋骨隆々な人は皆、泥で作ったゴーレムなのを見て取れた。石の心臓が胸に嵌められている。


「わしは対象はヴェルデ・ファレナっちゅうやつをや。兄ちゃんもか?」


 男はロッサの腕輪の光をチラと見る。


「ああ、ええ、そう、です。それにしてもすごいですね」


 ゴーレムを眺めながら、


「こんなに大きいのを4体も作れるなんて」

「ははは、ボスの訓練のおかげやろうな」

「小さいのでも、それ相応の魔力と技術がいると聞きますが、ここまで大きいのを4つもとは」


 男はロッサの誉め言葉に気分を良くしたらしい。


「ボスはもっとすごいで、なんたって知能まで植え付けた完全自立のゴーレムを作ったんや」

「そんな事が、可能なんですか」

「そうや、ボスしかできん、石の――うっと、それはどうでもええねん。まっ坊主、ここは俺が引き受ける、引き取ってもらえるか? じゃあ、急ぐで。そゆことでな」


 ロッサが返事するのも聞かず、男は急いてゴーレムを引き連れて路地裏にぞろぞろと入っていった。


「……」


 その後姿を、ロッサは何も言うことなく、ただ見届ける。


(……。……これで、良いんだ、あの人が、やってくれるのなら……)


 男達がロッサの部屋のある建物に入って行く。


 しばらくして、突然建物の中から、


「何すんだ! 離しやがれ! きゃああぁぁぁぁ!」


(ファレナの声だ!)


 悲鳴が路地裏に響き渡るとともに、ファレナがゴーレムの1体に担がれて男達と一緒に出て来た。


「うっさい奴やなぁ、おとなしゅうしとれ! はよ袋に入れんかい、何もたもたしとんねん!」


 ファレナはゴーレム達により、ずた袋に入れられていく。


「よっしゃ、馬車まで戻るで、はよボスの元に届けんとな」


 男はずた袋を担いだゴーレムに言うと、急ぎ足でロッサの方に戻ってきた。


 ロッサは道を塞ぐように、男達の前に出る。


「おう、兄ちゃんなんやまだおったんか」


 ロッサは激しく蠢いているずた袋を心配そうな目で一瞥した。


 ずた袋の中からは、黄色い声で、ありとあらゆる罵倒が聞こえきている。


「ホントにその子が目的の人なんですか?」

「そんなん聞かんでもわかるやろ」


 ロッサは腕輪の水晶全体が激しく緑色に点滅しているのを確認すると、サッと停止させ、


「……この人を、僕に譲ってもらえませんか」

「なんでや?」

「……姉が、リベルラ・ラーパなんですが……その姉に……頼まれたんです……」

「リベルラ・ラーパって、あの天才の、無詠唱の、鬼の事かいな」


 男は驚いてロッサの顔を見る。


「確かに顔、似てはるな」

「はい……ですから……僕がちゃんと処断しますので……ここは……」

「あかん、それはできん。連れて行かなあかんのや」

「……おかしいですね……依頼は……捕獲せずその場にて処断ですが……」

「……、……あとですんねん」

「なぜ……後で?」

「……」


 男はロッサを鑑定するような目つきで全身を眺めた後、


「……っちゅうか、なんやねん自分!」


 男は苛立っているようで、1歩前に出てロッサを威圧した。


「あなた、少し怪しいですね」

「それはこっちのセリフや!」


 男は手を上げる。回りのゴーレム達が瞬時に戦闘態勢に入った。


 ロッサは刀の鍔を切る。


 半身に構え腰を落とし、呼吸を鍛え、気を練る――ロッサはオリーヴァ流剣技・纏い斬りの準備を取った。


 この技は相手の攻撃を半身で躱しながら、敵の攻撃の合間を縫うように斬撃を加えるという神速のカウンター技である。


「この子を殺したりはさせん、お前が血ィ見る前に帰りな!」

「……」


 ロッサは構えたまま一言もしゃべらず動かない。


「ゴーレム共、この子を守れ!」


 男が手を振り下ろした。ゴーレム達が一斉にロッサに襲い掛かる。


 ロッサはゴーレムたちをよく見た。


 攻撃してくると言っても同時ではない。目の前の敵、そいつが殴りかかって攻撃してきて、残りの3体はロッサの周りを囲もうとしているだけである。


(――まずはこいつからだ!)


「ハァッ!」


 ロッサは気合の籠った声を上げ、ゴーレムの右ストレートに合わせて、抜き打ちの纏い斬りを繰り出す。


 が、あまりに大きいゴーレムの拳が迫ってくるの恐怖を感じてしまった。


 体を一瞬硬直する。


 ロッサは相手の攻撃を半身で躱すはずの所で失敗してしまい、


「グハァぁああ!」


 ロッサはまともに顔面を殴られ、石畳に叩きつけられてしまった。


 ゴーレム達は倒れたロッサを取り囲み、全員で蹴とばす、踏みつけるを繰り返していく。


 ゴキブリを殺すように強く、容赦なく繰り返される攻撃に、ロッサに成す術などない。


 しばらくして、


「おい、もう良い、これ以上やると死んでしまうわ。帰るで」


 男は手を上げ、ゴーレム達を引き上げさせる。


 うつ伏せに倒れたまま、ズタボロになって、ピクリとも動かないロッサをしり目に、男達は相変わらずありとあらゆる罵倒が聞こえるずた袋を背負って、大通りに停めてある馬車へと急いだ。

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