第2話 チュウ爺さんとノゲ・レイ
「チュウ爺さーん!」
カバンを肩に掛けたファレナは、工場横にある事務所の応接間の窓越しに、テーブルを挟んで初老の男性と何やら話しているチュウを呼んだ。
「おお、ファレナちゃん!」
チュウの丸い耳が両方、ファレナの声を聞いてそちらを向く。
チュウは丸メガネに白衣と腹巻だけを身に着けた格好。ズボン類を毛嫌いしているので、下半身は丸出しだ。
薄茶色の毛並みは日頃からケアしていて、化けネズミとしてのチュウの自慢だったりしている。
「こ、この方は、どなたですか?」
チュウと話していた初老の男性が、驚いた様子で尋ねた。
「ああ、近所に住んでいる子じゃよ」
「ほう……」
ファレナは初老の男性に、お辞儀をする。
「こんにちは」
「こんにちは、お嬢さん」
チュウの工場は、黒煙のためにススだらけで全体的に黒くなっていた。
「やっぱりチュウ爺さんだったんだね。何だったんだ、朝のは?」
「ああ、ごめんごめん。ファレナちゃんの家は何ともなかった?」
「ギリギリだよ、煙が来るところだった」
「そうか、それは良かった。いやーもうご近所中から部屋が汚くなっただの苦情が殺到してのー」
チュウはため息をつく。謝りっぱなしで疲れていた
「そりゃそうだよ、なにやったんだ?」
「へへへ」
とテーブルの横の棚を開ける。
中から顔ほどの大きさのある、黒くて丸い、物体をチュウは取り出し、テーブルに置いた。
球状の爆弾の上部には、キャップのようなものがあって、その中心から導火線がぴょこんと飛び出ている。
「爆弾じゃよ」
ファレナは睨みつけるように爆弾を見た。
「えーじゃあ何なの、朝のはこいつの煙だったの?」
「いや、正確には違うんじゃよ、実験でな、ほれ」
ファレナはチュウが指さした方向にあった、布でくるまれた大きな箱を見る。
「あそこにある魔道具ぺ――」
「――チュウ博士、それは内密に」
初老の男性が、発言を制止させた。
「ああ、そうじゃった、ごめんごめんファレナちゃん、それは機密じゃったわ」
「機密?」
チュウは、左右に3本ずつぴょこんと伸びる髭をいじる。
「大人の世界じゃ、いろいろと内緒にしておかねばならん事もあるんじゃよ」
「こちら、この爆弾の出資者のモウエ銀行のノゲ・レイさん」
ノゲ・レイは、顔立ちのはっきりしていて鼻筋がスッと通っている、初老であるがかなりの美形で、年をおってさらに男の魅力が増すタイプの伊達男であった。
貴族しか切れない、いかにも高そうな厚手の、最高級の真っ白の上下の服を着込んだ姿に、ファレナは、なぜか懐かしさを感じてじっと見てしまう。
「どうしました?」
ノゲが戸惑って尋ねた。
「えっ、いやっ別に。モウエ銀行ってそこにあるデカい建物の、ですよね」
「そうですよ。あ……」
ノゲは何か言おうとしてやめると、
「ええっと、ファレナさんでしたか、苗字は何とおっしゃるのですか?」
「別にファレナで良いですよ」
「そうはいきません、マナーというものがあります」
「ああ、ヴェルデと言います」
ファレナは照れたように頭をポリポリ掻きながら言った。
「ご両親は、処刑人ですか」
「どうしてですか」
「その、短刀の白十字は、処刑人のものですよね、」
言われてファレナは、カバンにねじ込んだ担当の柄が飛び出ているのに気が付く。
「処刑人は、一緒に住んどるロッサ君のじゃよ」
「はい、両親はいないんです。今は孤児院で知り合った友人と一緒に暮らしてます」
「友人のぅ、ロッサ君はまだ告白しないとはのぅ、情けない奴じゃのぅ。こんなとこまで臆病とは」
「うっさいぞ、ネズミ」
「両親が、いないとは、事故かなにかですか?」
「ファレナちゃんはね、幼いころにご両親を殺されているんじゃよ。魔研に勤めていた立派な両親じゃったそうじゃ。しかも犯人はまだ見つかっておらんときとる」
ノゲはじっとファレナを見つめだす。
「なんということだ、マガタマは反応してこんな体たらくでは、処刑人は何をしているのか……」
「いえ、そんな……」
ファレナはノゲの眼差しに黙り込んでしまった。
「えっと……」
ファレナの目が泳ぐ。
「はい、そうです。それで犯人を捜してるんです」
「そうでしたか」
「左腕に緑色のひし形の水晶が埋め込まれてるのを見まして、その記憶だけが、それだけが手がかりなんです、何かご存知ないですか?」
「……うーん、調べてみますよ、私は分かりませんが知っているものがいるかもしれません。これでも銀行家、顔は広い方ですので」
「ああ、ありがとうございます」
「腕に水晶を嵌めているとは、悪趣味な奴じゃな、とんでもない悪党じゃよ」
短刀をカバンの中にねじ込み、
「すいません、こんなもの隠せないで持ち歩いちゃって。ロッサに持ってけって言われちゃって」
「そうじゃな、最近物騒じゃからな、1本くらい持っといた方がいいじゃろう」
チュウは、うんうん、と首を縦に振る。
「じゃあ私、もう行かないと」
「今日もバイトかい?」
「そう。うちのは稼ぎが悪くて」
「ロッサ君もな、あの鋼鉄の体の特能は凄いんじゃがなぁ」
「じゃあ、行ってきまーす!」
ファレナは元気よく、大通りの方へ走って行った。
「行ってらっしゃーい!」
チュウは手を振ってファレナを送る。
ファレナが見えなくなると、ノゲが、
「さてチュウ博士、すぐに実験をいたしましょう」
「おお、何じゃ急に」
「西門を出てしばらく行った所に別荘を持っていまして、そこなら黒煙が出ても良いですよ、回りに誰も住んでいませんし」
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