リベルラ・ロッサ

月コーヒー

第1話 ロッサとファレナ


(……ファレナが処刑対象とは……)


 ロッサ達は、自分達の借りている部屋に戻ってきた。


 扉は開けっ放し、部屋のテーブルは倒されている。


 明かりは月明りだけ。


「うぇえぇぇえん! うぇえああぁぁん! ロッサぁぁああ!」


 ファレナは膝をついて僕のお腹に顔をうずめ、泣き続ける。


 その泣き声が大きくなるばかりなのを、


「大丈夫……もう大丈夫だ」


 優しく言い続けながら、ロッサは気づかれないように短刀の柄を強く握り、鋭く尖る切っ先をファレナの首筋に向けた。


(……処刑情報が間違ってるなんてありえない……ありえないんだ……)


 ロッサは自分に言い聞かせる。


(……マガタマが……狂ったという事になったら、それがどんな事を意味するか……。……そうだ、ありえない……あり得るはずがない……)


 お腹に顔を埋めている今なら、ファレナの顔を見ないで済む今なら処刑できる気がして、いや、今しかできる気がしなくて、ロッサは、


「うわぁああぁん! あぁぁあぁん! 怖かったんだからー! うわぁああぁん!」


 涙を流しながら叫ぶファレナに、


「ああ、そうだったな……」


 と慰めつつ、万が一にも気付かれないようにと、ゆっくり、振りかぶった。


 (処刑人として、任務を、遂行しないと……。……ファレナ、どうして……くそぉっ)


 短刀が振り下ろされる。


――200年前、人々の正義心に反応し、その悪行をした犯人を瞬時に見つけ出す奇跡の神器マガタマによって、平和世界が誕生した。


 悪は必ず、ロッサらスベカミ神教会の処刑人達によって刑を施行され、治安は保たれている――


   ◇


 今日の夜明け前。


「……ただいま……」

「おっかえり、ロッサ!」


 ヴェルデ・ファレナは縫物をしていたのをやめ、


「遅かったな、もう朝になるぞ。で、どうだった? 依頼は成功したか?」


 そう言いながら、俯いているロッサを迎えた。


 ファレナは、袖なしの上着とショートパンツ、金髪ぱっつんショートで、ロッサと同い年で16才。孤児院を出て一緒に住む事になって、早1年が経つ。


「……まだ起きてたの……」


 ロッサは、こだわりの大きなポケットが4つある黒い上着に、大きなポケットが付いた長ズボン。腰には白十字が刻まれた荘重な刀を差している。


 左腕には、水晶が嵌め込められた腕輪を身に着けていた。


「おい……?」


 腕輪をいつもより重そうにしているロッサを見て、ファレナは全てを察し、


「また……失敗したのか……」


 がっかりとした、あきれ顔をロッサに向ける。


「ほら見ろ言ったじゃないか、一攫千金でって大物なんて狙うからぁ」

「……」

「おい、聞いてんのっ」

「もう寝かしてくれ……」

「また今月も私のバイト代だけで暮らしていくのか……とほほ」

「……もう疲れてるんだ……はあぁぁ……」


 ロッサは気だるそうに溜息を吐くと、俯きながら部屋を横切って奥へと向かった。


 大きな部屋と小さな部屋一つの間取りからなるロッサの住まい。家賃が街一番安かった古びた5階建ての建物、その2階に部屋を借りていた。


 大きな部屋の中心には、2人がいつも寛ぐ楢の4人用のテーブル。上には、この部屋唯一の明かりの燈台。


 左の壁には裏路地を見渡せる窓2つ。右の壁には、水瓶、ふたりの替えの服が畳まれて置かれて、奥の壁には寝室として使ている小さな部屋へのドアがある。


 ロッサはテーブルに刀を立てかけ、上着とシャツを脱ぎ、玄関脇の籠に放り込んだ。


「きゃああ!」


 ファレナが、ロッサの右わき腹を見て驚き叫んだ。


「怪我してるじゃないか!」

「……うん」

「えっ怪我しないんじゃなかったのかお前? 不死身なんだろ?」

「……怪我しにくいだけだよ……」

「ええぇ……」


 ファレナが心配そうにロッサの近づいて、怪我の具合を確かめていく。


「あ、でも単なる擦り傷だ、なーんだ」

「血が出てるだろ……」

「出てねぇよ」

「……」

「なんだこれくらいで痛がって!」

「……血が出るほどの傷なんて、9才の時以来なんだ、痛くて痛くて死にそうなんだ」

「痛くもねぇだろ、こんなの」

「……これって治るよな?」

「そりゃ……治るだろ」

「何時頃?」

「2、3日じゃない?」

「そ、そんなに長く痛みが続くの……絶望だ、もう嫌……」

「なんて情けない……」

「バカか、こんなかすり傷で! 金も稼いでこれねぇってのに」

「……」

「だいたい何で、不死身の体を持って弱いんだよてめぇは」

「……」

「……おい、聞いてんの?」


 ロッサはもうファレナの声を聞かないように、明後日の方角を向くと耳を両手で塞いだ。


「あっ都合が悪くなると何時もそうやりやがって」


 ロッサはササッとズボンを脱ぎ捨て、


「明日は昨日も言った通り、昼に姉さんの所へ行くから」

「わかってるよ、何度言うんだよ、バカロッサ」


 ファレナを無視して、大股に寝室に向かっていく。


「えっロッサ、もう寝るの?」

「疲れたんだ」


 小さい部屋で、そんな大きくないベッドに部屋の半分を取られている。ベッドの上には、この寝室ほどの大きさがある毛布が折り畳まれて置かれていた。


 ロッサはベッドに倒れこみ、毛布に包まる。


 ファレナが、大部屋の燈台の明かりを消し、後に続いて入って来て、


「よっこいしょ」


 一緒の毛布の中に潜り込み横に寝転んだ。


「すーーーー、はあぁぁぁぁぁぁ」


 毛布から顔だけ出して、ロッサは大きく深呼吸をした。そして目を瞑り全身の力を抜いていく。


「おやすみファレナ」

「ああ、おやすみ」


 2人は目を瞑った。


「……そういや」


 ロッサは目を瞑りながら、


「お前の仇じゃなかったぞ、今日、戦った殺人鬼の左腕にあったのは単なる入れ墨だった」

「ん? そうか違ったのか……」

「ああ、水晶が埋め込まれてるっていうから期待してみたら、とんだ嘘情報だったよ」

「……そうか……ありがとな」


 ファレナはロッサの横顔を見る。


「なぁ、今日の処刑対象は、それで選んでくれたのか?」

「ん? まぁ、ついでだよ」


 ロッサは目を瞑りながら、無機質にそう答えた。


「……」


 ファレナは無言でロッサの胸に顔を埋めた。


 ロッサとファレナは、すぐに眠りについていく。


 一日中、5人を殺して逃亡中の殺人鬼を待ち伏せていたために、意識していなかったが、ロッサはひどく疲れていた。


 ファレナもファレナで、夜なべしてロッサの帰りを待ちわびたせいで眠たくてしょうがなかった。


 しかし、 2人が眠って、すぐの事だった。


 パルティーレ、東居住区5番街に轟音が鳴り響く。


「ロッサ! 何だ何だ!? 何だ!?」


 2人は一斉に跳ね起きた。


 激しい振動に建物が震え、うめき声を上げている。


 埃や塵が降ってきた。


 壁に大きなヒビができて、それが徐々に大きくなっていく。


 何が起こっているのかわからないまま、ロッサは毛布を掴む。


 パニックになっているファレナを抱き寄せ、2人で毛布をすっぽり被らしうずくまった。


「ロッサ、また戦争か?」

「そんなわけないと思うけど……何かの爆発音だったよな……僕の体に隠れてろよ」


 言いながらロッサは布団から目だけを出して揺れる部屋を見届ける。


「じゃ地震か?」


 毛布の中のファレナは、ロッサに抱き付きながら尋ねた。


「いや違う、そんな揺れじゃない」

「じゃあ何?」


 轟音と振動が止んでいく。


「……終わった?」


 毛布の中のファレナは尋ねる。


「みたい」


 ロッサは室内で壊れたものがないか確認しようと居間へと移動した。


 見渡すかぎり、別に落ちたりして壊れた物ものない、部屋の中は今までの騒ぎが嘘だったかのように平穏そのもの。


「こっちだロッサ、来い」


 声に振り向くと、いつの間にか、ファレナが路地裏に面した窓から身を乗り出している。


 ロッサの方を向きもせず、後ろ手で激しく手招きしていた。


「何かあったのか」


 速足で窓辺へ。ロッサも、ファレナの後ろから身を乗り出し見た。


「何だあれ?」


 路地全体が黒煙に包み込まれている。回りの窓という窓から見物人が身を乗り出して、立ち上る黒煙を見ていた。


「多分、チュウ爺さんな気がする」


 ファレナが、ぼそりと呟く。


「チュウ爺さんの工場からだね、煙が昇ってるの」

「……日課の筋トレしてる時に出くわしたんだけど、頭の毛が焼け焦げパンチパーマみたいになってたんだ」

「なんで?」

「火薬を一杯仕入れたんだって、ちっと誤爆させたとか……」

「じゃあ決まりだ」

「裁警が来るんじゃないかって怖がってた」

「早く来て捕まえた方が良いよ、なにやってんだ裁警は。あとマガタマも反応しろよ」

「そんな大事にはなってないよ。今回も煙くらいだよっ。昼に、寄って聞いてこよっと」


 ファレナはロッサの方を向く。


「もう死んでるんじゃない?」

「大丈夫、どんな時も自分のだけは絶対安全を確保してる奴だから」

「死んだ方が良いよ」

「安全なように防護アイテム作ってた。私を裸にして実験をしてさ。持ち運び便利でワンタッチで瞬時に身を包む特殊素材の――」

「――ちょっと待った! 何だ裸って!」

「えっ脱いだ方が良いっていうから」

「脱ぐんじゃないよ」

「興味ないだろ、人間になんて」

「わかんないだろっ、もっと自分を大切にしろよっ」

「えぇ、別にいいじゃない、何かされたわけじゃないんだし」

「そういう問題じゃない、危機意識の問題だ。よし、良いか、やっぱりいつも短刀を持ち歩け」

「いらないよ、そんな物騒なの」

「だめ、何かあった時は容赦なく突き刺すんだ、良いね」

「ええぇ……」


 その時、ファレナ越しに黒煙が、モクモク、こちらへ迫ってきているのに気づいた。


 気づけば、近隣の住人達はすでに窓の戸を閉めきっている。


「窓閉めるよ」


 ロッサは慌てて戸を閉めた。

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