第11話 上司
闇賭博の会場でデュモン侯を捕らえた日の晩のこと。
「さて、今回は随分な大手柄だったようだな。セレスティア卿!!」
大音声を発しながら、大仰に手を広げて上司ーーアルフォンスが出迎えた。
私ーーシャーロットはとある場所を訪れていた。
普段、勤めている教会とは別の、王城近くにある大聖堂の地下だ。
そこには限られたものだけが入ることが許される特別な宮殿がある。
地下に眠る大遺構を改装したもので、反教会を掲げる異端者たちを取り締まる、異端審問官の牙城でもある。
「さすがは蒼天騎士といったところか。デュモン侯爵はかねてより、闇賭博だけでなく帝都における人身売買を管理運営していた。教会、帝国双方が取り締まらんと躍起になっていたが、証拠を掴ませることはなかった。それを捕縛するとは、実に見事だ」
「デュモン侯自体はそれほど才気にあふれる人物ではありませんでした。そのため、捕縛は時間の問題だったと思います」
彼の不正の仕組みはこうだ。
あの闇賭博で用いられていたトランプカードには、ある術式が組み込まれており、特定の術式が刻まれた魔道具を身につけることで、その背中腰に数字と柄を覗けるというものであった。
彼がカードの背をじっくり見ていたのは、その視線から明らかだった。
おまけに少しカードをすり替えただけで激昂し、まんまと挑発に乗って魔人の姿を晒した。
異端に身を置くものとしては、何もかもお粗末だった。
「君は、あれがとかげの尻尾切りだったと睨んでいるのかね?」
「異端者たちをまとめ上げるほどの器は無いかと」
「同感だ。だが、我々の仕事は地味なものだ。異端の臭いを嗅ぎつけ、少しでも隙を見せればその喉元に食らいつく。そうして、この国の、ひいてはエリュシア社会の秩序を守ることにつながるのだ」
「その話は百回ぐらい聞きましたよ。やっぱり、歳ですね」
わざとらしく、ため息を吐いてみる。
この人の話は長いので、いつも適当に流してしまうのだ。
「歳だと!? 私はまだ四十六だ!! 肉体だってこの通り、鍛え上げている」
ガッシリとした肉体を服越しに見せつけるようにポーズを決める。
「わーすごいですー。それでおじさま、本題なのですが」
「ヴァレンタイン卿だ!! ここでは、そう呼びたまえ、セレスティア卿。その方がかっこいいからな!!」
私の父の親友でもあるおじさまは、簡単に言うと目立ちたがりのカッコつけたがりだ。
その鍛え上げられた肉体も、大仰な立ち居振る舞いも、呼び名も全て、そういった理由からなのだ。
「それでおじさま。私、新しい家が欲しいのです」
「なんだ。あのボロ小屋は不服なのか? 君がアレでいいと言ったのだぞ」
「いえ、その事情が変わってしまいまして、実は……」
「良かろう。すぐに手配する」
「まだ、何も言ってないのですが」
「君は、異端審問官の頂点に立つ蒼天騎士の一人だ。この程度の便宜は問題あるまい」
話が早いのは助かるけど、会話のしがいのない人だ。
「それで、少しは気が晴れたかね?」
「何のことでしょうか?」
「アレクのことだ。かつて、この帝都でおぞましい事件を起こし、歴史上最も卑劣な背教者と謳われた、我が親友のことだ」
アレクサンダー・セレスティア。
私の父の名前だ。おじさまの言う通り、父は大罪を犯し、今はこの世に居ない。
「デュモン侯は、アレクの裁判を担当していたな。もっとも、当時は検事の主張に唯々諾々と従うだけの無能であったが、我が親友が汚名を被った元凶の一人ではあろう」
「そう……ですね。よくは分かりません。相手は小者でしたし、これといった達成感もありませんし」
彼に浴びせた罵詈雑言は、彼に魔人化の秘法を使わせ、異端として対処するための誘導でしかない。
その時の私にはなんの感慨もなかった。
「父が生き返って、母が元の母に戻らない限り、きっとこの胸の内が晴れることはないのでしょう」
「それを理解しておきながら、アレクの仇を取り続けるつもりか?」
「はい、父さんは無実だって信じてますから。だから、無駄だと分かっていても、父に汚名を被せ、死に追いやった者たちは一人残らず捕らえます」
そのために私は生き延びて、異端審問官という道を選んだ。
「ならば、デュモン侯の誓絶に立ち会うかね? きっと面白いものが見られるだろう」
誓絶とは、異端の教えと決別させるための行いだ。
デュモン侯の場合、魔人化の秘法を用いたため、その身に宿るありとあらゆる邪悪な魔力を排出させ、女神への帰依を誓わせなければ火刑に処すこととなる。
きっと今頃、凄惨な拷問と、浄化のための処置が行われているだろう。
「興味はありません。私にとって必要なのは、父の名誉の回復と、母の心身を治すこと、そして私が幸せに暮らすことです」
父はいつも私の幸福を願ってきた。
だから、私は日々を楽しく生きることをモットーとしている。
そうしなければ、天に召された父も安心できないと思う。
「その末路には興味がないと。なかなか複雑な乙女心のようだな」
「その言い方、おじさんくさいのでやめたほうが良いと思いますよ」
「な、なんだと!? 一体、どこがおじさん臭いというのだね!?」
おじさまが、スンスンと自分の衣服を嗅ぎ始める。
いや、そういうことじゃないんだけどなあ。
「とりあえず報告は済んだので、退室しても?」
「うむ。改めてご苦労であった。給金に関しては最低限の額を残して、いつものところへ送金しておくが、それで良いか?」
「あ……それは……」
まいった……
これから、私は二人のかわいいかわいい女の子を養わなければいけない。
そのためには、仕送りと寄付を減らす必要が……
「分かった。では、送金は取り止めよう。幸い、今回の一件で、デュモン侯爵家の財産はその多くが没収されることになる。そこをうまくちょろまかして、君の母上の元に送るとしよう」
それって、横領なんじゃ……と思ったが、深く突っ込まないでおこう。
「ありがとうございます。それはで失礼いたします」
その後、私はおじさまの執務室を後にする。
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