第10話 新たな生活

 シャーロットとの出会いから一日が経った日の夕方、私は彼女の務める教会に呼び出されていた。


「おまたせしました、サラちゃん!!」


 昨日のドレス(どうやら本当に持ち主に返したらしい)とは打って変わって、シスター服姿に戻ったシャーロットが大きな荷物を持ってやってくる。


「ふふ、引っ越しの時間ですよ。これが私の全財産です」

「え!?」


 引っ越しといえば、もっと大掛かりなものを想像していたが、彼女の手荷物はその割には小さかった。

 多分、服とか食器類ぐらいしか入ってないのかもしれない。


「上司に相談したら、大きな家を用意してくれたんですよ!! 今まで小屋みたいな家に住んでたんですけど、話せばわかるものですね!!」


 それから、私たちは新居に向かった。


 帝都の一等地に立つそれなりに豪華お屋敷だ。

 壁も床も調度品も何もかも高級だ。


 だけど、私にはそれよりももっと大事な存在がそこに居た。


「お姉ちゃん、久しぶり……」


 それは、私と姉妹同然に育ったリリアの姿であった。


「リリ……ア……」


 鎖を掛けられ、危うく貴族に売られそうになっていた彼女の、無事な姿を見て安堵した。

 すると同時に、目の前がかすみ始めた。


「う……あ……うわぁあああああああああああん!!!!」


 涙なんて生まれて一度も流したことなかった。


 あの「父」に殴られているときですら。それなのに、今は心の底から大泣きしている。

 あの最低の「父」から解放され、リリアを救い出し、おまけにこんな素敵な家に住まわせてもらえることになった。


 あまりにも幸せすぎて、怖いくらいだ。


「おね、お姉ちゃ……うわぁああああああああん!!!!」


 それからリリアまで泣き出して、私達はシャーロットに抱かれて、落ち着くまでその背中を擦ってもらった。


「どう……して、どうして、こんなに良くしてくれたの?」


 ずっと抱えていた疑問をぶつけた。

 シャーロットは昨日、出会ったばかりの、ただそれだけの関係だ。

 それなのに、リリアのためにあんな大変な勝負をして、あの「父」をどうにかして、私達に住む場所を与えてくれた。


「こんな、もらってばかりじゃ……何も返せないよ……」


 こんな風に優しくしてもらう資格なんてない。

 スラム街の路地裏を這いずり回ってた、ただの小さな人間だ。

 あんな必死な想いをして助けるような価値なんて私には……


「違いますよ」

「え……?」

「あげてばかりじゃありません。私はもうとっくにもらってますから」


 私があげた……? なんのことだろう?


「とにかく余計なことは考えずに、今ある幸せを噛み締めましょう!! 今日はごちそうですよ!!」

「ごちそう?」


 そう言って、シャーロットがプディングを三人分持ってきた。


「ウニです!!」

「ウ、ウニ!?」


 いや、どう見てもプディングにしか。それに夕飯がこれ一つというのは……


「ここに、ショーユと呼ばれる、異国の調味料があります。上司の部屋から失敬してきました」

「え? え?」

「プディングはそれなりに安いですが、ウニは高級品です。ですが……」


 何を血迷ったのか、シャーロットがショーユとやらをプディングに注いだ。


「これを全力でかき混ぜれば、味も食感も完全にウニなプディングが完成します。ささ、どうぞ。これが生活の知恵ってやつです」

「いや、あの……できればパンとか普通の物が」

「次の給料日まで待っでぐだざいいいいいいいいいい!!!」


 突然、シャーロットが泣き出した。

 どうやら、いい家はもらっても、給料までは貰えなかったようだ。


 私たちは彼女を慰めながら、プディングを頬張る。

 ウニを食べたことがないのでよく分からないけど、でも何となく高級そうな感じがしたし、あの「父」の元で食べるものよりは何万倍も、何億倍も美味しかった。

 私が、シャーロットに何かをあげた……?というのはよく分からないけど、彼女と出会えて本当に良かった。


 そうじゃなかったら、私はリリアと離れ離れになって、今もあの「父」の元で、最低の人生を歩んでいたと思う。

 だからこれからは、私達を拾ってくれたシャーロットに恩返しをしないと。

 私はそんな決意をしながら、これからの生活に思いを馳せるのであった。

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