第9話 最期の誓絶

「貴様ッ……まさか、私が目を離した隙に、カードをすり替えたのか!!」


 デュモンが慌てたように、言いがかりをつける。


「デュモン侯? 一体何を、わたくしはそんな……」

「黙れ!! ディーラーに聞けば分かる。お前、この女がカードをすり替えたか見ていないのか?」

「え、え? 私は目にしておりませんが」

「ふざけるな!! 貴様はどこに目をつけている。使えん無能め」


 デュモンはなぜか、シャーロットがカードを入れ替えたと確信している様子だ。

 しかし、今の一瞬で、彼女がすり替えた瞬間なんて見えなかった。


「ええい、ここにいる方々も見ておられなかったのか!?」


 観戦客に尋ねるが、皆困惑するばかりで、誰もデュモンの疑惑を肯定する者は居なかった。


「デュモン侯、いたずらに時間を伸ばすのはおやめください」

「黙れ!! どの道、貴様の負けだ。くだらん小細工などせず、さっさと降参しろ」

「わたくしはゲームを降りることなどできません。せめて、最後の一戦に望みを掛け、最後まで戦い抜くのみです」

「その通りですな、デュモン侯。この場にいる者、誰一人として彼女の不正を目にはしておりません。であれば、ここで不正だと喚くことはあなたでも不可能だ」

「チッ……耄碌爺もうろくじいどもめ」


 そのまま試合が続行される。

 シャーロットの手はフラッシュ。対してデュモンはスリーカード。

 役はシャーロットのほうが上だ。


「ふふ、わたくしの勝ちですね。デュモン侯」

「ふざけるな!! こんな茶番、無効だ!! 私が目を離した時点で、このゲームは公平性を欠く状態にあったのだ。それをこうして続行するなど……」

「デュモン侯、席を立たれたのはあなただ。そちらのレディーが主張するならともかく、自ら席を離れたあなたがそのような主張をする筋合いはないというもの」


 観客たちは、悪趣味な催しを楽しんでいた割には、ゲームに対しては公平な姿勢のようだ。

 おかげで、ゲームは続行となった。


「ふふ。でしたら、今のゲームは無効としてもいいですわ」

「シャ、エリゼ!?」


 突然、とんでもないことを言い出した。

 絶体絶命の状態からようやく持ち直したのに、それを見逃すなんて……


「デュモン侯は随分とプライドがお高い様子です。でしたら、わたくしが譲ってあげるの他ありません。先達には敬意を示さなければいけませんから」


 とびきりの笑顔でシャーロットが言い放った。

 さっきは怯えている様子を見せていたが、今は余裕たっぷりの表情を浮かべている。

 この僅かな間に勝機を得たのだろうか? それとも……


「子爵家の令嬢風情が侮るな!! この程度の敗北、すぐに覆してみせてくれるわッ!!」


 頭に血が上った様子で叫ぶ。

 挑発を真に受けて、デュモンは試合の無効を撤回した。


「それは楽しみです。では、参りましょう」


 次の試合は、またしてもシャーロットの勝ちであった。


 デュモンはフルハウスを繰り出したが、シャーロットも同じくフルハウスを出す。

 この場合、カードの数字が大きい方の勝ちとなるが、わずか一の差でシャーロットが勝利した。


 デュモンが掛け金を釣り上げたおかげで八枚のチップがシャーロットの手に渡り、お互いの枚数は十対十。スタートの段階に戻った。


「はぁ、とても緊張しましたけど、僅差で勝ててよかったーー」

「ふざけるなぁああああああ!!!!!!」


 大音声と共に、デュモンがテーブルを思い切り殴りつけた。


「今度こそ見たぞ。今度もカードをすり替えおったな!! ディーラー!! 今度こそ、見ていただろうな」

「えぇ!? そ、そんな、わかりませんよ!? エリゼ様はほとんど微動だにしておりませんでしたし」


 今度は私もじっくりシャーロットを見ていた。

 だけど、すり替えた瞬間など、一度もなかった。


「デュモン侯、いくらなんでもみっともないですぞ!! 一度や二度、負けただけで言いがかりなど」

「言いがかりではない!! 私には分かるのだ!! その女は懲りずにまた……」

「分かる……とはどういうことですか? まさか、デュモン候……」


 観客の一人がデュモンを睨んだ。

 その口ぶりではまるで、カードの中身を知っているかのようだ。


「ち、違う。長年の経験と勘でそう判断したのだ」

「根拠はないではありませんか」


 侯爵位という高い地位にありながら、周囲の貴族たちは彼の味方をしなかった。

 おかげで、流れはシャーロットに傾いている。


「ええい!! ならば私自ら、身体検査だ!!」

「レディーの身体をまさぐるというのですか!? いくらなんでも」

「黙れ!! この程度のことでガタガタ抜かすな!!」


 貴族たちの反発をよそに、デュモンはシャーロットの衣服を調べる。

 屈辱的な行いだが、シャーロットはあえて抵抗せずに毅然とそれを受けてみせた。


「ば、馬鹿な……どこにも無いだと!?」


 結局、どこからもすり替えたカードは出てこなかった。

 デュモンは信じられないという様子だ。


「まったく、デュモン侯といえど、今のは破廉恥ですぞ」

「そうだそうだ」

「うるさい、黙れ!! そうだ。もう一箇所、隠せるところがあるではないか。その大きな胸の間なら丁度しまえそうだな」


 呆れたことに、デュモンはシャーロットの胸に手を伸ばそうとしていた。しかし……


「いい加減にしろ!! いくら負けそうだからって、みっともないぞ!!」

「デュモン侯ともあろうものが、なんて恥知らずな真似を……!!」

「それに対してレディーは、毅然と耐え抜いた。実に立派だ!!」


 これまでの行いから、周囲は完全にシャーロットの味方となっていた。

 流石に、この状況でデュモンもそれ以上の追求は行えないようだ。


「ふふ、ではよろしいでしょうか?」

「チッ……良いだろう。今度こそ、貴様を私のものにしてやる……」


 冷静さを欠いた様子でデュモンがシャーロットを睨みつける。


「そうですね。そろそろこのゲームにも飽きてきましたから。ではオールインで」


 カードも配られていない状態で、シャーロットは全額ベットを宣言した。

 周囲が一気にざわつき始める。


「血迷ったか!! カードも見ぬ間に、宣言するなど……」

「見なくても分かりますから。次で私の勝ちですから」

「ふざけるな。さっさと、カードを配れ!!」


 ディーラーに怒鳴りつけると、カードが配られる。

 しかし、その瞬間、デュモンの顔から血の気が引いた。


「な、何だこれは、ふざけるな!! 返せぇええええええええ!!!!!!!!」


 酷く興奮した様子で、デュモンが椅子を蹴り飛ばすと、シャーロットに掴みかかろうとする。

 しかし、それをあっさりとかわすと、シャーロットはデュモンを組み伏せた。


「あら、一体どうされたのですか?」


 デュモンの背に座り、ガッチリとその身体を押さえながらシャーロットがとぼけてみせる。


「貴様、私のアレを盗んだな!! でなければこんな……!!」

「アレというのは何でしょうか? このゲームに関係のあるものなのですか?」

「黙れ!! 女の分際で……貴様のような能無しは、私に服従し、奉仕すれば良いのだ!! それをこのような小癪な……」


 情けない姿でデュモンが喚く。

 シャーロットが何かをして、デュモンの不正を妨害した、そんな流れに思える。


「御高説はさておき、ゲームは終わっておりません。私は変わらず全額をベットいたしますが、デュモン侯は?」

「ぐ……無効だ。こんな試合……そもそも私が受ける義理など無い!!」


 デュモンが往生際の悪さを見せる。どうやら今の彼は、己の敗北を確信しているようだ。


「ふふ、そうですね。実際あなたは、私の賭けの提案に乗る意味なんて無かったのです。それなのに、私を自由にできるという欲に目がくらみ、こうしてゲームに敗北し、情けない姿を晒している。実に哀れですね」


 冷淡な視線をよこしながらシャーロットがデュモンを責める。


「どうやら女を下に見ているようですが、あなたの頭の出来も、他人をとやかく言えるほどのものではないでしょう? デュモン領の運営は奥様と長子に任せきり。帝都大法廷の判事を務めてはいても、その地位は父上からの継いだものでしかなく、仕事ぶりの評判は決して良くはない。本当に絵に書いたような無能っぷりですね」

「だ、黙れ!! なぜ貴様がそんなことを!!」

「十年前の事件を機に法廷に立つことはなくなり、この闇賭博の運営に携わった。そして、自らの劣等感をごまかすために、大勢の奴隷を買い取り、別宅で欲望をぶつけた。本当に浅ましい人です」

「黙れ黙れ黙れ黙れ!! 黙れぇええええええええええ!!!!」


 激昂したデュモンが、とんでもない力を発揮してシャーロットを振り払った。

 宙に放り投げられたシャーロットが華麗に回転すると、地面に着地した。


「どこの誰かは知らぬが、余計なことをペラペラと。良いだろう。女は、力では決して男に叶わぬと教えてやる」

「能力で勝てないと知ると力に訴える。脳筋ってやつですね!!」


 突如、デュモンの全身が不自然に身体が膨れ上がった。

 そして、体中の筋肉が異常発達していくと、まるで悪魔のような姿へとその身を変えた。


「魔人化の秘法……やはり、そうでしたか」


 デュモンは先程のゲームで、自分に反抗した貴族を掴むと、その頭を握りつぶした。

 それを機に、貴族たちがパニックに陥り、一斉に逃げ出した。


「神の教えに背き、魔人の力を追い求める背教者……ようやく、その尻尾を掴みました」

「随分ト物知リナヨウダガ、コノ姿ヲ見タ以上、消エテモラウゾ!!」

「に、逃げよう、シャーロット。まずいよこのままじゃ」


 どう見ても人間がどうにか出来る相手じゃない。

 私はシャーロットの腕を引っ張り逃げようとする。

 しかし、私の腕はあっさりと振り払われる。


「大丈夫です、サラちゃん。この男を倒したら十億ゲットです。そしたら、あなたの大切な人を取り戻して、一緒に暮らしましょう」

「え……?」


 そう言って優しく微笑むと、シャーロットは魔力を練り上げて蒼白い大剣を生成した。


「背教の徒よ。女神エリュシアの教えに背いたあなたは、すでにその御手からこぼれ落ち、世俗の手にその行方を委ねられました。蒼天の光、届かぬ哀れな魂に《最期の誓絶》を」


 大剣が更に眩い光を放ちながら巨大化していく。

 やがて、シャーロットは光の剣を構えると、思い切りデュモンに振り下ろすのであった。

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