第8話 ワンサイドゲーム
「じゅ、十億が出ました。他にはいらっしゃいませんか?」
シャーロットが提示した額に、会場はどよめく。
その後、彼女を超える額を出す人は居なかった。
「で、では、十億にて落札です!!」
オークショニアが木槌を叩く。
それにしてもシャーロット、十億なんて一体どこに。
「待ちたまえ、お嬢さん」
シャーロットの落札が決まった直後、さっき五億でリリアを買おうとした紳士が近付いてきた。
「十億となれば私もおいそれと出せない額だ。失礼だが、君に本当に払えるのかな?」
「ふふ。もちろん、無理ですわ。そんなお金どこにもありませんもの」
「なんだと……? 君は私を馬鹿にしているのかね?」
紳士が怒りで肩を震わせる。
嫌な予感はしたけど、やっぱりお金なんてなかったんだ。
シャーロットは一体どうする気なの?
「決して馬鹿になどしておりませんわ、デュモン侯。わたくしも、どうしてもあの子が欲しいのです。そこで、賭けをしませんか? 私が勝てばデュモン侯にわたくしの代わりにあの子を落札していただきたいのです」
「ふざけるな!! そんな馬鹿げた賭けに誰が応じるというのかね!! 良いかね、君がした行為はオークションをいたずらに妨害しーー」
「話は終わっておりませんわ、デュモン侯。わたくしが負けた時の話がまだです」
鋭い眼光でデュモン侯を射抜き、その言葉を遮る。
「君が負けた場合だと? ふん、何が出来るというのかね」
「わたくしを自由にしていただいて構いません」
「なんだと?」
「シャ、エリゼ!?」
突然のことに私は困惑する。
確かに、助けてと言ったけど、いくらなんでもここまでしてほしいと言ったつもりはない。
「だ、駄目!! そんなことまで、頼んでない!!」
「大丈夫。きっと、何とかなりますから」
シャーロットが優しげな笑顔を浮かべる。だけど、私の心は心は晴れない。
こんな風に彼女の優しさに甘えるなんて、許されないことだ……
それでもシャーロットの決意は揺らがない。
「君は自分が何を言っているのか分かっているのかね?」
「もちろんです! 自分で言うのもなんですが、わたくし顔よし器量よしとよく言われますから!!」
「ふむ、確かに。見た目は悪くない。むしろ、私が見たどんな女よりも極上だな」
紳士が下卑た表情でじっくりとシャーロットを眺め回す。
リリアを競り落とそうとしただけあって、この人はかなりの変態だ。
「良かろう。では、君が負けたら私の奴隷として飽きるまで、使い尽くしてやろう。そして、ゲームもこちらで選択させてもらう。君の理不尽な賭けを受けるのだ。これくらいは許してくれるな?」
「もちろんですわ、デュモン侯。どのような勝負でもお受けいたしますわ」
こうして二人は賭けで勝負することとなった。
勝負の内容はポーカーで、簡略化されたルールで行うそうだ。
まずプレイヤーに五枚のカードが配られディーラーの前に三枚が表向きで配られる。
ディーラーのカードは最大で三枚まで選択でき、手持ちのカードと組み合わせて相手と勝負するというルールだ。
そして、おたがいのチップ十枚をすべて奪い取るまでゲームを続けるというものだ。
分が悪ければ勝負を降りる、手札がいい時は掛け金を上げるなどの選択肢もあるので、相手の出方をうかがいながら勝負していくことになる。
一試合目。
「フォールド(降参)だ」
試合が流れた。
シャーロットはフルハウスと呼ばれる4番目に強い役が作れる手札だったけど、デュモン侯はあっさり降りてしまい、試合はシャーロットの勝利となる。
このルールでは、フォールドを選択すると、チップを一枚相手に支払うことになる。
二試合目
シャーロットの手札は弱く、何も作れない。
「レイズいたします」
チップが三枚積まれた。
手札が弱いのにあえて賭け金を増やすことで、相手に手札が強いと誤認させるテクニックだと思う。
しかし、デュモン侯はニヤけた表情を浮かべながら勝負に応じる。
結果はデュモン侯の勝利。
ワンペアという弱い役だったけど、あっさりとシャーロットのブラフを見抜き、チップを三枚獲得する。
「そ、そんな……」
「フッ、賭け事は初心者のようだな。そのように動揺を見せながらレイズすれば、手札の貧弱さは容易く看破出来るというもの」
それからもデュモン侯は、シャーロットの手札が弱い時に勝負を仕掛け、強い時は降りるという選択を的確に行い、シャーロットのチップが一枚になるまで追い詰めていく。
「そんな……」
シャーロットの表情が青白くなる。
デュモンが降参した回を除けば、これまでの戦いで彼女が勝利したことは一度もない。
すべての手札を見切られ、デュモン侯は着実に勝利を積み重ねていったのだ。
「フフ、怯えが表情に出ているぞ。随分と無謀な勝負を挑んだものだな、小娘」
デュモン侯はすっかり勝利を確信した様子だ。
「お前のような素人が何故勝てると思った? 実に愚かで無謀なことだ。これからその蛮勇じっくりと後悔させてやろう」
勝利した後のことを想像しているのか、心の底から気持ちの悪い表情を浮かべる。
それを見て吐き気がする。元はと言えば、私が巻き込んだ形だ。
それなのに、今あそこで人生を賭けているのは、私ではなくシャーロットだ。
そんな自分の無力さと、彼女に頼ることしかできない不甲斐なさが嫌になる。
「もはや、フォールド(降参)は不可能。とどめを刺してやろう!!」
チップが賭けられた。
ここでフォールドすれば、シャーロットは手持ちのチップを失う。
当然、勝負するしかない……
「おかしい、おかしいよこんなの……」
デュモンは欠片も自分が負けると思っていない。
事実、彼はこれまでずっと勝ち続けていた。
いくら、駆け引きが上手だからって、こんな風にうまくいくのだろうか?
「そんなはずない。何か、何か不正をしてるんだ……」
そう思った時、私はシャーロットの元へと駆け出した。
「駄目だよ、エ、エリゼ!! こんな勝負おかしい。きっと、何か不正をしてるんだ」
このまま、シャーロットをあんな男の好きにさせるわけにはいかない。
もし、この勝負で負けたとしても、その罰を受けるのは私じゃなきゃいけないんだ。
「なんだ、そのガキは」
デュモンが苛立ったような視線をよこす。
「大事な勝負をしている最中だ。ガキは引っ込んでいろ」
「だって、こんなのおかしい。あなたばかり、さっきからずっと勝ち続けてる」
「だからなんだ? それだけの理由で、私を疑っているのか? 知恵の浅いガキめ」
デュモンが席を立ち上がると、私の目の前にやってきて、胸ぐらを思い切り掴んだ。
「着飾ってはいるが、立ち居振る舞いは下民そのものだな。どこで、服を盗んできた」
「ち、ちが……苦し……」
「吐け。貴様のようなゴミが二度とここに立ち寄れぬように、その身にわからせてやろう」
「デュモン侯」
私に乱暴しようとするデュモンをシャーロットが止めた。
「まだ、ゲームの最中です。それとも、放棄なさるおつもりですか?」
「そうですぞ、デュモン侯。そんな小娘一人、どうだって良いではありませんか」
試合を見ていた貴族の一人が席に戻るよう促した。
「それもそうか」
デュモンが席に戻る。
しかし、その瞬間、表情が一変した。
「貴様ッ……まさか、私が目を離した隙に、カードをすり替えたのか!!」
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