第5話 罠

「はぁ……帝都の絢爛な夕焼け、なんて美しいのかしら。観光の思い出にたくさんお土産も買ったし、もう言うことないわ」


 帝都を流れる大河川を一望できる展望台で、綺麗に着飾ったシャーロットがうっとりとした様子でため息を吐いた。


「ほら、チップよ、お嬢さん。今日は観光案内ありがとうね」

「あ、ありがとうございます、シャーロット様」


 観光客とその案内人という設定で、私達は街に繰り出していた。ちなみに、今のチップはエレノアからもらったもので、シャーロットの全財産だ。

 質屋の店主からあれこれと情報を聞き出したシャーロットは、ひと芝居打つことを決めて、私もそれに付き合わされている。


 ノルマのことは気になるけど、もう今からじゃどうあがいても稼げない。

 だから、私はシャーロットに賭けることにした。むしろ、もう他に手段がないと言ったほうがいいかもしれない。


 しかし、スリのサガか、ついつい気になって、後ろをチラチラとみてしまう。

 シャーロットの背後には質流れになった品物がたくさん詰まった紙袋が置かれている。


 店主に無理を言って借りたものだ。

 無防備に置かれたそれは、まるで盗んでくださいと言わんばかりだ。

 そんな私にシャーロットが耳打ちする。


「サラちゃん、どうかしら?」

「う、うん。多分、あの人がカッパーって人だと思う」


 店主から聞いた人相の情報を頼りに、私たちは彼が来るのを待った。

 シャーロットによると、この紙袋は撒き餌だそうだ。


 観光客がその日の思い出に浸り、荷物のことをすっかり忘れている。

 スリならば、その隙を狙わない手はないとのことだ。


 私の役目は二つ。一つ目は、他の人にそれを盗られないように監視し、カッパーがやってきたら、置き引きするのを見過ごすというものだ。

 案の定、カッパーはこちらへ近付き、慣れた手口で紙袋を拾い上げ、その場を去った。


「シャーロット、本当にこれでいいの?」

「はい。代わりに、こちらはもっといい物を手に入れましたから」


 シャーロットの言う通り、カッパーの懐を探ると、金の刺繍の入ったカードがあった。

 私はそれを素早くしまうと、大人しく成り行きを見守る。すると……


「なっ!? ど、どこにもねえっ!! 俺の招待状が!?」


 カッパーはすぐに招待状が消えたことに気付いたのか、こちらへずかずかと歩いてくる。

 自分が盗んだ紙袋を持って。


「俺の目は誤魔化せねえ。そこのガキだな!! とっとと返しやがれ!!」


 強引に私の腕を掴んで引っ張り上げる。


「おら、隠してるもん出せや」

「や、やめて……」


 なんとか振り払おうとするが、力が強くて振りほどけない。


「おやめなさい!! 彼女は何もしてませんよ」


 止めに入ったのは、シャーロットであった。


「な、なにすんだよ……」


 シャーロットはカッパーの腕を強く掴むと、無理矢理に引き離した。

 その予想外の力に、カッパーもたじろいでいる。


「そんなに気になるなら、私が彼女の身体を検査します。サラちゃん、大丈夫ですか?」

「え……?」


 そんなことをすれば、盗みがバレて面倒なことになってしまう。

 逆上したカッパーが何をするかわかったものじゃない。

 だけど、シャーロットは不安になる私の目を優しく見つめ、コクリとうなずいた。


「だ、大丈夫……」


 私はシャーロットを信じて任せることにした。

 それから、シャーロットは慣れた手付きで私の衣服を探る。

 しかし、驚いたことに招待状はどこからも出てこなかった。


「ほら、なにもないですよね?」

「そ、そんなはずは……そのガキは俺と同じろくでなしの臭いがすんだよ。絶対にそのガキだ!! いや……」


 カッパーがじろりとシャーロットにイヤな視線を向けた。


「観光客にこっそり押し付けて隠すってのはよくある手口だな。そうなると、あんたもじっくり調べなきゃならねえよな?」


 下卑た表情を浮かべてゆっくりとシャーロットに迫る。


「一体、何を揉めているんだ?」


 その時、豪華な馬車を引いた騎士たちがやってきた。

 昼間に見かけたレオンという騎士たちだ。


「あ、いや、これは……」

「今、そこの婦人に不埒を働いているように見えたが?」

「き、気のせいですぜ。俺がそんなことをするはずないでしょう」

「では、その紙袋はなんだ? 見たところ、質店の品だな。ざっと見ただけでも十数万の価値がありそうだが?」


 レオンの鋭い眼光がカッパーを貫いた。

 その迫力に、カッパーはたじろぐ。


「そちらは、私が購入したものですわ、騎士様」


 優雅な所作でシャーロットが告げる。


「ほう。それが何故、そこの者の手にあるんだ?」

「え? あ? そ、そそそ、それはですね」


 カッパーが挙動不審となる。

 彼はスリの現行犯だ。このまま騎士団に引き渡せば、難なく招待状を手に入れられるだろう。


「フフ、その方は私の荷物持ちですわ」


 しかし、シャーロットの口から飛び出たのは意外な言葉であった。

 突然、自分をかばったシャーロットに、カッパーも戸惑っていた。

 実際、私にとっても予想外の展開だった。


「自分には、観光客である君が、街のスリに狙われたという状況に思えるが」

「それは誤解ですわ。騎士様が心配してくださるのはとても嬉しいのですが、本当に何事もないのです」

「そうか……君がそう言うのであれば、我々は引き上げよう。また、何か困ったことがあれば、遠慮なく尋ねてくれ」

「お気遣い感謝いたしますわ、騎士様」


 優雅な所作でシャーロットが一礼すると、騎士たちはその場を去っていく。


「ど、どういうつもりだ……」


 シャーロットの意図が組めずに、カッパーが困惑している。

 私だってそうだ。どうして、こんな真似を?


「フフ、簡単なことですわ。これについて、知ってることを洗いざらい吐いてもらおうと思いまして」


 シャーロットが胸元から招待状を取り出した。

 服の内側のポケットにしまっていたはずなのに、いつの間にそんなところに?


「な、そ、そいつは……」

「おっと、返してあげることはできませんわ。力づくで奪うというのであれば、騎士様をお呼びするだけです。いつもなら、彼らの気配を察したらすぐに引き上げて、他の区画でスリをしてたのでしょうが、今日は運が悪かったですね」


 シャーロットが勝ち誇った笑顔を浮かべる。

 確かにスリを生業としているものであれば、騎士たちの気配を察知した時点で、他の区画に餌場を変えるのが鉄則だ。

 しかしカッパーは、私達と揉めていたために、ちょうどこの区画を訪れた騎士たちに気づかなかった。

 おかげで、カッパーは私達に手を出すことができなくなっていた。


 そういえばさっき、シャーロットは色々な区画を観光しながら、騎士団達の動向を気にしていた。

 まさか、こうなるように下調べを?


「では、例の賭場について知っていることをすべて吐いてもらいますよ?」


 一方のシャーロットは笑顔でカッパーに近付いていた。

 笑顔の裏に潜む、不穏な迫力を隠そうともせずに。

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