第6話 闇賭博

 帝都の繁華街にある、異国の宮殿のような形をした建物、私達はそこに訪れていた。

 国が運営する賭場で、一攫千金の夢を求めて、大勢の人達がゲームに熱狂している。


 ここでなら、ノルマを達成できるかもしれない。

 シャーロットに連れられるままに、私はこんな所まで来ていた。

 それに、ここにはカジノで儲けた人も大勢いる。いざという時はそんな人達を狙えば、街でスリをするよりも稼げるはずだ。


「見ててください、サラちゃん。赤ですよ赤!! 赤赤!!」


 シャーロットは会場に入るやいなや、ルーレット台に座って、賭けを始めた。

 ディーラーがくるくると回るルーレットにボールを投げ入れると、シャーロットはチップを赤を示すエリアに置く。


 やがてボールが止まり、ポケットに落ちる。

 赤の23、これで賭け金は二倍になる。


「ひゃっほぉおおおおう!!!! これで今晩は豪華なディナーにありつけますよ!!」


 見てるこっちが恥ずかしくなるほどのはしゃぎっぷりだ。だけど……


「シャーロット、こんなことしてる場合なの?」


 ここは公営の賭場で、私達が探しているのは闇賭博と関係はない。


「分かってます分かってます。もう少ししたら行きますから」


 それからもポーカーを始めとするカードゲームをひとしきり遊ぶと、まるで嘘のように大勝ちする。

 そしてしばらくして、ようやく目的のスロットコーナーにやってきた。


「クソッ、なんだよこの台、全然当たらねえじゃねえか」


 ガラの悪そうなおじさんがスロットを叩いている。

 どうやら、賭け金が全て吸われてしまったようだ。


「お客様、調子はいかがでございますか?」

「良いわけねえだろ!! こんなクソ台、誰が回すか!!」


 ボーイが丁寧な物腰で尋ねると、腹を立てた男性はその場を去ってしまった。


「大ハズレしてる時にあんなこと言われたら怒るよね」

「かもですね」


 シャーロットが男性の座っていた台に座る。

 聞いた話によると、スロットは台によって出が違うとかなんとか。

 大ハズレしたばかりの台に座るなんて無謀だ。


「全然、当たりません……」


 案の定、シャーロットの賭け金はみるみる内に減っていき、先ほどまで大勝ちしていた分は完全に帳消しとなってしまった。


「お客様、調子はいかがでございますか?」


 先ほどのボーイが尋ねてくる。

 もしかして、イヤミでそんなことを言ってるのかな?


「もちろん、絶好調ですよ」


 しかし、シャーロットの口から飛び出たのは不思議な言葉であった。


「それは素晴らしいですね。では、より刺激的なゲームにご興味はありませんか?」

「景品にヨーグルトステーキはありますか?」

「もちろんでございます。では、案内いたしましょう」


 ヨーグルトステーキ? 奇妙な単語のやり取りが行われたかと思うと、シャーロットはボーイに連れられてどこかへと向かう。

 そして、こちらへ振り返るとついてくるように合図を送ってきた。

 それから私たちは、別室へと案内された。豪華な内装の休憩所のようなところだ。

 私たち以外には誰も居ないけど、ここになにがあるのだろう。


「では招待状を拝見いたします」


 本物かどうかの確認が終わり、シャーロットの手元に戻される。

 その直後、ボーイが何も無い壁の前へと私たちを連れていく。


「ではごゆっくり」


 ボーイが立ち去ると、シャーロットは驚いたことに壁に向かって進んでいく。


「ちょ、ちょっと、何してるの!?」

「あ、そうでした。サラちゃんには見えてないんですよね」


 うっかりしていたという様子で、シャーロットが招待状を手渡してきた。

 それを私が手にした瞬間、ぐにゃりと壁が歪み、重厚な黒い扉が出現した。


「ここが入口みたいですよ。行きましょう」


 そうして、扉の先の地下への階段を真っ直ぐ進むと、やがて怪しげな雰囲気のカジノを見つけた。

 身なりの整ったいかにも上流階級と言う人たちや、みすぼらしい格好のスリなど、ワケありな人達が集まっているようだ。


「おや、観光客の方ですかな?」


 っ…...!?

 背中が凍りつき、心臓が早鐘をつく。


 それは、私がもっとも見たくない人物であった。

 私を拾い、スリの技術を教え込んだ「父」。

 どんなに紳士的な振る舞いをしても、その本性を私は知っている。


 毎日ノルマを課し、それが満たせなかったら、食事を抜かれ、気が済むまで殴られる。

 スリに失敗して騎士団に捕まった仲間も大勢いる。みんなすぐに釈放されたけど、その後姿を見掛けることは無かった。


「ここはありとあらゆる欲望が渦巻く秘密の社交場です。きっと刺激的なゲームが楽しめますよ」


 一礼して去っていく。

 しかし、荒くなった私の呼吸はしばらく収まることはなかった。


「大丈夫? サラちゃん」


 見かねたシャーロットが私の背中をさすり、ようやく少しだけ楽になった。


「あの人、知り合いなの?」

「……育ての親。まさか、こんなところにいるとは思わなかった」


 私のことには気付いているはずだけど、知らないフリをしていた。

 そこにどんな意味があるのかは分からないけど、今はとても気が重い。


「また今度にしようか?」

「大丈夫。それよりも今日のノルマ、どうにかしないと」


 何とか体の震えを抑える。

 シャーロットは私のノルマをどうにかしてくれると言った。今更、引き返す訳にはいかない。


「とにかく、今日のノルマ分を稼がないと……」


 先程、シャーロットは公営の賭場でかなり勝っていた。

 それでもノルマには届かないし、そこまでシャーロットに頼るわけにはいかない。


「おっと、待ってください」


 手近なゲームに挑もうとすると、シャーロットが止めた。


「な、なにするの?」

「ここは、公営の賭場とは違います。公平なゲームが行われる保証はありません」


 公営よりもレートが高いのがここの魅力だ。

 釣り上げられたノルマを達成するには、ここで勝つ必要がある。

 それなのに、最初から勝てるゲームじゃなかったら、ここに来た意味がない。


「じゃ、じゃあどうすれば……?」

「まずはここで行われるゲームを観察しましょう。私達はここでは初心者ですからね」


 確かに私も賭け事の類はほとんど経験がない。

 雰囲気を掴むことは大事かもしれない。


 ざっと見た感じ、上と行われているゲームに違いはない。

 カードやスロット、ルーレット。ただ、掛け金はかなりの額のようだ。

 それに客層の方はと言うと……


「裕福な貴族だけじゃない。むしろ、身なりが貧しい人の方が多い気がする」


 実際、この招待状もスリから入手したものだ。

 借金に追われてかなり苦しんでいたようだし、ここではそうした、後のない人たちを集めているのかもしれない。


「一発逆転に賭けた後のない人たちを集め、高レートのカジノで夢を見させる。そうして、ここは運営されてるみたいですね」


 公営のカジノの稼ぎはそれほどじゃない。

 だからこそ、こういった商売が成り立つのだろう。


 そして、それは秘密にされている。みんなで密かに儲けるために。

 今も貧しい格好の老人が、大勝ちをして雄叫びをあげている。


「ああやって儲かってる人もいるみたい。私達も」

「焦らない焦らない。よく見てください、今勝ったご老人の格好を」

「え?」


 シャーロットに促されるままに、その姿を観察する。

 ボロボロな衣服を纏って、髭や髪が手入れされている様子は見られない。

 何日もお風呂には入っていないようだし、おかしな所は見られない。


「ヒントは手先と肌です」


 言われた部分を注視してみる。

 本当だ。爪先が綺麗に切り揃えられてる。

 肌は……薄汚れているが、服の袖がちらりと顔を覗かせる部分は艶と清潔感を感じさせる。


「恐らく付け髭やメイクで浮浪者風にしてるのでしょう。だから爪は綺麗なままですし、栄養状態の良さが端々に表れている」


 よく、そんなことに気付くなと感心してしまった。

 普通に見ているだけでは、絶対に気付かなかったと思う。


「浮浪者風メイクの人が大勝している。この意味は分かりますか?」

「運営が用意した仕込み客ってこと?」

「かもしれませんね。実際、今のをきっかけにみんな張り切るようになったと思いません?」


 シャーロットの視線につられて、ルーレット台を見てみる。


「よし、俺も続くぜ!! 10万タリスだ」

「俺は50万。7,8,9に賭けるぜ」


 一人目の男は、23,22,25,26の四つの数字をカバーするようにコインを積み、次の人は三つの数字を選んだ。

 どっちも確率は低いけど、当たればかなりの額が返ってくる。


 他にも熱中した人たちが、大穴狙いで次々と大金を賭け始める。

 中には到底スリの稼ぎでは払えそうもない額を賭けている人もおり、その光景は異様だった。


「一体、どこからあんな大金が……」


 その熱狂ぶりを不思議そうに見ていると、そんな人達に混じって、身なりの整った人たちが、遊び感覚でゲームに興じる姿が見られた。

 彼らは、賭けにあまり興味を見せず、熱狂する人々を眺めて笑っている。


 しばらくして、ルーレットが静止した。

 落ちたのは黒の35。


 当然、先程の二人は掛け金、全額没収だ。


「うわあああああああああああ!!!! なんで、なんでだよ!! あとちょっとで23だったじゃないか……嘘だ。こんなの嘘だ……」


 隣の23に一点狙いをしていた人が、膝下から崩れ落ちた。


「お客様。たった今、融資した額を全額使い果たしましたね。期日までに返済される予定は?」

「う、あ……それは……」

「連れて行け」


 融資……? ここでは金貸しも行われているようだ。

 だけど、それを使い切ったあの人は、どこかに連行された。一体、何が起きているの?


「シャ、シャーロット、ここなにか……」


 ふと、不安が頭をよぎった時。


「サラちゃん、サラちゃん、サラちゃん!! 来て!! 今すぐ、来てください!!」


 シャーロットが妙に高いテンションで駆け寄ってきた。


「あ、そうだ。折角だし、お着替えもしましょうか」


 笑顔でなにか企みながら、シャーロットはどこかへ私を連れ去っていく。

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