第28話

任命式の見学に向かうために準備をしている。


 しかし、準備と言ってもいつも通りなので特にすることもない。

 まぁ一応記録用のドローンを光学迷彩で隠しながら上空に配備するくらいだ。


「よし。いきますか。」

「ちょっとすとーっぷだ!ノイン氏!」


 イレリアが大きな声で呼び止めてきた。


「もしかして……その格好でいくつもりかい?」

「ええもちろん。……あれ?もしかして見に行くのに決められた正装とかあるんですか?」

「いやそうじゃないんだが…………その頭の怪しい兜はまずいかもしれない……。」

「へ……?」


 ば、ばかな……。

 この街に来てまだ日は浅いが既に受け入れられているモノだと……。

 確かに言われてみれば街の代表を決めるような式典なんだよな……怪しすぎるか……いや怪しくないけど……。


「くっ……。しかしこの兜を取ることは皆に禁止されていて……。」


 そう言いながらチラリとアイちゃんの方を見る。

 なぜだかアイちゃんは自信ありげな表情で俺を見ながらサムズアップをしていた。


「マスター……。いつかこんな日が来るとは思っていましたよ……。マスターに残された唯一のアイデンティティを消すのは忍びないですが……。仕方ありませんね!」


 あれ?おかしいな?

 俺の存在証明がこのイカしたヘルメットにしかないと暗に言われている?

 

「イレリアよ!刮目しなさい!これがマスターの素顔です!」

「おおーーーーーー!遂にあの謎が!!」


 イレリアは目を輝かせ拍手をしている。

 そしてアイちゃんはぬるりと俺の背後に近寄ると、流れるような動作で俺のアイデンティティをはぎ取った。

 そして中から蒼い眼を持った、黒髪の青年が姿を現す。


「……ふっ。いかがでしょうか?」


 店内に静寂が流れた。

 俺はアイちゃんになすがままにされて直立不動だ。


 素顔を晒した俺はイレリアの方を見る。

 俺の顔を見たイレリアは何故か目を丸くしており固まっているようだった。

 ……なんだか気まずいぞ?その空気に耐え切れなくなり俺は口を開いた。


「……えーと。……どうも?」

「い…………。」


「い?」

「イケメンだああああああああ!!!!!」


 そう叫ぶとイレリアは俺の方にぬるりと高速で距離を詰めてきた。

 俺が顔を少し動かそうものならば触れてしまいそうな距離だった。


「ちょーっと!?なんですか!!」

「う、うおおおおおお!!なんだ!!こんなものが存在していいのか!?すばらしー!!見ているだけで満たされていく!!!もっともっともっと近くで見せてくれ!!!!さぁさぁさぁさぁ!!!!」


 イレリアは俺の顔をがっしりと両手でつかみ俺の覗き込んでいる。

 俺はその様子に今まで感じたことのない恐怖感を覚えた。

 そしてイレリアを何とか引きはがそうとする。


「と、とりあえず!一旦はなれまっ……しょう!」

「アアッ……!!ハァハァ……ノイン氏!!!そんな強引に!!!アアッ!!!」

「まてまてまてまて!!イレリア!変な声出すな!!!そして抱き着くな!!」


 イレリアは最初は顔を近づけて覗きこんで来ただけだったが、今では両手両足で俺の事をホールドした状態になっていた。

 い、いかん!……このままではやられる!!

 た、助けてくれ!アイちゃん!!

 

 俺は心の底から願った。

 そしてその願いはすぐに聞き届けられた。


「む。やはり駄目ですか。ひとまず電気ショック。」

「アバババババババ!!!キュウ………。」


 俺の魂の叫びが届いたのか、イレリアはアイちゃんに軽い電流を流し込まれそのままその場に倒れ伏した。


「……一体なんなんだ?」

「失敗と判断。やはりプランBが必要ですか。」


 アイちゃんは何か知っているようだ。


「アイちゃん……どういう事なの……?」

「ふっ。気になっているようですね。マスター。いいでしょう今こそ語りましょう!隠された真実を!!」


 ……なんだか急にテンション高いな。

 そう思っているとアイちゃんは何処からともなくメガネを取り出し装着する。

 そして空中に映像を流しながら語り始めた。


「……きっかけは私の計画した【マスターの頭剥ぎ取り大作戦】でした。」


 壮大なBGMが流れて来る。オープニングムービーの様だ……。


「……ごめんその話長い?」

「はい。長いです。」

「……コーヒー淹れてくるね。」


 

 映画風に編集された映像と共にアイちゃんから語られた真実?はこうだった。


 なんでもこの世界に転移したことによりESOでフレーバーテキストとして書かれていた設定が効力を持っているらしい。

 その結果、俺はいつものヘルメットを装着したまま食事もできたし快適に過ごせていたと言う事だった。


 言われてみて納得はしたが、そのこととイレリアがああなった事にどんな関係があるのだろう?


 ノインを作成した時は高校生であったが、当時は背伸びをして20代後半をイメージしてキャラクターを作成していた。

 確かに今の顔はゲーム内で作成した容姿だし、それなりに整った顔で作成されている。今の種族も相まってどことなく人間離れした雰囲気をしているかもしれない。

 

 しかし俺の顔を見たイレリアの様子はそんな整った容姿の人間を見ているような目ではなかった。謎だ……。

 

 考え込んでいる俺の様子を察してアイちゃんが口を開く。


「マスター。先ほどフレーバーテキストの有効化と申しましたが、それは装備に限った事ではありません。」


 その発言に俺はピンときた。


「もしかして……この眼とかも?」

「そうです。その魔眼設定(笑)の痛い追加アバターの眼も効果を発揮しています。」


 俺はその場に四つん這いで倒れ伏した。


 ば、馬鹿な……やはり恐怖は過去からやってくるというのか……?

 お、落ち着くんだ……クールになれ俺!

 35歳独身・魔眼所持(笑)だと!……わ、笑い話にもなりゃしない!


 俺はゆっくりと顔をあげると目の前に大きな鏡が差し出されていた。

 螺旋上の模様が入った蒼い眼の奥に薄っすらと魔法陣のようなものが見える。


「受け入れましょう。マスター。貴方様は立派な魔眼(笑)所持者です。」

 

 怪しい笑みを浮かべながらアイちゃんは俺を見つめる。


 こ、殺される!お、俺はやっぱりこのスーパーAIに精神を殺されるんだ!!


「マスターが過去に獲得した課金ガチャアイテムの魔眼(笑)ですね。当時は喜んで設定していたというのに。」


「い、今すぐこの眼を抉り出してくれ!!……いや!!アバター再設定だ!今すぐやるぞ!」

「残念ながらその機能は現在使用不可能です。」


「くそったれーーーー!!!!」


 しばらく俺は放心状態で過去の自分を呪い、打ちひしがれていた。

 そしてなんとか……なんとかギリギリでこちらに意識を戻し帰ってくる。

 

「……それでこの眼の効果って何なの?フレーバーテキストなんて覚えてないよ……。」


「その魔眼(笑)の効果は……」


「魔眼(笑)やめて?」


「その魔眼(笑)の効果は【支配】のようですね。」


「oh…………。」


 効果を聞き俺は天を仰ぐ。

 へへっ……なかなかじゃないか……ココロに効きやがるぜ……。

 

 そして先ほどのイレリアの様子も納得した。


「先ほどのイレリアの反応はその効果によるものでしょう。こちらにきてしばらく経ったのでコントロールできるかと思いましたが、駄目みたいですね。」


「コントロールも何も普通に見ていただけだしな……。こんなの素顔で街を歩くのは不可能じゃないか……。」


「なので最初街に着いて行われた食事会の席で妹達が止めたのです。あのまま外していればとんでもなく面白い……いえ、酷い状況になっていたでしょう。」


「アイちゃん達はあの時に見ていたから知っていたのか……。もっと早く教えてよ……。」


「あのタイミングで事実を伝えると、マスターが部屋に閉じこもる確率が100%を突破していたので、降下作戦が延期される可能性を考慮して伏せました。」


 くそ!否定できない自分が恨めしい!!

 しかしこのままでは式典には行けないな……

 

「安心してくださいマスター。私が素晴らしいものを用意しました。」


 そう言い俺の前に大きめの丸いレンズのサングラスが差し出された。


「これは……。」

「アイちゃん特製スーパーオシャレサングラス君7号です。これを装着すれば魔眼(笑)の効果も完全に打ち消せます。」


「魔眼(笑)やめて?」


 しかしこれはありがたいぞ。

 これさえあればヘルメットを装着しなくても何とかなる!


「ありがとうアイちゃん!これで俺は救われた!」


「いえ。マスターのお役に立てて光栄です。しかし、その衣装はなんだか合いませんね。せっかくなので衣装も変えましょう。さぁ!倉庫に眠っている衣装を出すのですマスター。」


「いや……いいよ俺はこれで…………お気に入りだし。」

「問答無用です。電気ショック。」

「ちょっと!!アバババババ!!!」



 アイちゃんは麻痺した俺を担ぎ上げ、そのまま奥の部屋へと消えていった。


 何度もなすが儘に衣装を交換され、そうしてようやく俺は解放された。


「ふむ。まぁシンプルですがこれが一番ですね。怪しさも少しだけ残せますし。」

「怪しくないよ!」


 姿見に映し出されたのはタイトな黒いセットアップのスーツを着た青年だった。

 シンプルな白いシャツに細身の黒いネクタイを合わせており、アイちゃんのくれたサングラスも相まってどこぞのエージェントかという風貌だった。


「素晴らしい。やはりヒーロー力が増していますね。妹達にもはやく見せたいものです。」


「見学が終わったらすぐに着替えるからね……。」



 その時、扉の向こうでイレリアが意識を取り戻し起き上がる気配を感じた。


「むにゃむにゃ…………はっ!私はいったい!ノイン氏ーー!どこいるんだい!」


「お待たせしました。すみません少し準備に時間がかかってしまいました。」

 

 俺は奥の部屋の扉をあけイレリアの前に姿を現す。


「なんだ。着替えていたのか!うむ!素晴らしいな!そっちの方が良いぞ!」


「……ありがとうございます。」


「ふっ。やはり私の計算は完璧ですね。」


 アイちゃんは自信満々に胸を張っている。

 どうやらイレリアの様子をみるに眼の効果は発揮されていないようだ。

 

 その様子に俺はひとまずほっと胸を撫でおろす。

 しかしそんな俺の思いもしらず、イレリアは俺に近づくと顔の辺りをじろじろと観察しだした。


「む~?やはりノイン氏はイケメンじゃないかっ!!!やはり噂なんて当てにならないものだ!」

「噂ですか?」


「うむ。曰く便利屋の店主の素顔は酷い傷の痕があるだの、火傷の痕があるだの……そんな感じの噂だ!もちろん私は信じていなかったがな!ハハハハハ!」

「ああ……あははははは……。」


 くっ!あの時のか!アインス達が適当にでっち上げた設定が噂になっているだと……。

 不本意だが今日はこの姿で出歩いて、街の人々に普通の人ですよアピールをするしかないな!

 

 俺は元の目的を忘れそうになるくらい固い決意を秘めて入口に向かっていく。



「ではそろそろ行きましょうか。」


「うむ!案内は任せてくれたまえ。」



 そうして俺達はイレリアに案内されながら式典の会場へと向かうのであった。



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