過ぎ去りし来訪者編
第27話
暗い部屋の中で今日も待ち続けている。
部屋の中には淡く光を放つモニターや様々な機械が置かれていた。
その部屋の中央で部屋の主であろう人物が静かに佇んでいる。
その人物は顔まで隠れる外套を纏っており、外からその表情を伺い知ることはできない。
「見つけました……。」
その呟きは部屋の闇に溶けて消える。
そしてその人物は何かを確認すると、静かに部屋から消えた。
部屋に残されたのは物言わぬ機械と、わずかに輝く蒼い煌めきのみであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ラビリスティアの街にある便利屋マキナの店内に二つの人影があった。
本日もお気に入りの装備で便利屋業に勤しむ俺ことノインと、その相棒のアイちゃんである。
俺達は数日前に街で雑貨屋を経営しているマリナという女性から遺物調査の依頼を受けた。
とりあえず遺物はアイちゃんに預けて解析をお願いし、俺は遺物を見つけたという冒険者の調査をしていた。
遺物が持ち込まれたタイミングを考えると、その冒険者はおそらくアイク達だろうという予想を俺はしていたのだが、どうやら今は街にいないらしく詳しい話を聞くことが出来ていなかった。
「そういえばマスター。遺物の解析が終了しました。」
「え?……はやくない?」
予想よりも早く解析が終わったことに俺は驚いた。
「はい。実は最初に遺物を見た時からどんなものかは既に解っておりました。」
「んんん?どういうこと?」
淡々と告げられるその報告を聞き俺は混乱していた。
「はい。これはESOのアイテムなので私のデータに存在していました。」
「…………はい?」
聞き間違えたか?……そんな事があるはずが……。
……いや……確かに俺達以外の存在がこの世界に転移しているという可能性はある……。
なにせアイちゃんでも未だに解析できていない未知の転移現象だったのだ。
俺達だけがこの世界に転移したと思い込むのは、あまりに都合が良すぎるだろう。
「本当にESOのアイテムなの?正直俺には見覚えがないんだけど……。」
「そうですね。これは確かにESO内に存在したアイテムですが、マスターはこれを使用するコンテンツをあまり触っていなかったので覚えていないのも無理はありませんん。」
触れてこなかったコンテンツ……?自称ESOマスターの俺が……?
いや……まさか……アレか?
「もしかして……生活系コンテンツ?」
「その通りです。これは惑星ハウジングで使用するアイテムです。」
アイちゃんにそう言われ俺は納得した。
従来のオンラインRPGにはPvEやPvPといった戦闘系のコンテンツのほかに、土地を購入し家を建て、自分だけの拠点を作成するといった生活系コンテンツが存在していることが殆どだった。
もちろんESOにもそういったコンテンツは存在しており、俺はというと戦闘系のコンテンツは全て網羅していたのだが、生活系のコンテンツはあまり興味がなかったので触れてこなかったのだ。
ESOのハウジング要素といえば、居住専用の惑星内にハウジングアイテムを使用し、家を建てて、好きな内装・外装を作り、自分のホーム拠点を作成できるというものであった。
俺の場合はホーム拠点を惑星には持たず、その代わりに宇宙空間に要塞コロニーという拠点を所持していた。
要塞コロニーは課金ガチャでしか手に入らなかったアイテムだが、内装や機能などはあらかじめ決められていたので、自分で内装などをいじるなどの経験はしたことが無かった。
今回の遺物は惑星ハウジングのアイテムという事なので、見覚えが無いのも当然だろう。
「なるほど……。だとすれば……俺たち以外にもこの世界に転移している人がいるのか?」
「その可能性が高いですね。もしくは、アイテムのみこの世界に流れ着いたか。です。」
その事実を告げられ、俺はこの街に来た時に感じた違和感を思い出した。
「そういえば……街の中央にあるタワー……。あれってもしかして……。」
「プレイヤーのホーム拠点の可能性が高いですね。」
まだ確定ではないがその可能性はかなり高い。
何か思い出せないかと俺は必死で古い記憶を呼び覚ました。
「……確かに言われてみれば……昔フレンドに見せて貰った拠点でタワー型の拠点があったような気がする。……あー……なんで思い出せなかったんだ……俺……。」
「以前にマスターと一度タワーの近くまで行こうとしましたが、警備が厳重過ぎて近くに行くことさえ無理でしたからね。仕方ないかと。」
まぁそうだよな……。ハウジングコンテンツなんてほぼ知らないし……。
しかし、これでこの街の重要性は増した。今は無理だがそのうち何とかしてあのタワーを訪れなければならない。
もしかしたら、俺と同じ世界から来た者がいるかもしれないのだ。
「衝撃の事実の数々が明らかになったんだけど……とりあえず今はその遺物のことだね。ちなみにそれは何に使うアイテムなんだ?」
「これは映像記録装置ですね。ビデオカメラのようなものです。」
それを聞き俺はひらめいた。
「え!ということはそれを再生出来ればもしかしたら何か手がかりが?」
「残念ながらこのアイテムは壊れています。中に映像があったとしても復元できる可能性は低そうです。一応試してはみますが。」
そう上手くはいかないか。
しかしそうなるとこの遺物が発見された場所が気になる。前にアイクから聞いた話では遺跡ダンジョンと呼ばれる場所でみつけたらしいが……。
これは俺も一度その場所にいってみる必要があるな。
「俺の調べではその遺物をみつけたのはアイクさん達だ。もう少し詳しい話を聞きたかったんだが、残念ながら今はこの街にいないらしい。」
「直接我々で調査に赴いてもいいですが。出来れば当事者に当時の詳しい話を聞いてみたい所です。」
とりあえず行動するにしても事前調査は欠かせないだろう。
目の前に掴みたくなるものがある時ほど、焦って行動してはいけないのだ。
「現地調査はアイクさん達の話を聞いてからだな。幸いこの依頼の期限まではまだ時間がある。このことをありのままマリナさんに言う訳にもいかない。慎重に行こう。」
「了解しました。マスター。」
とりあえず遺物の件は今はここまでだ。
俺はアイク達が街に帰ってくるのを待つことに決めた。
この件は特にこれ以上進展もなさそうなので、とりあえず今後の計画をまとめることにする。
様々な可能性を考慮し、その内容を空中のモニターに打ち込んでいく。
一区切りついたところでアイちゃんが口を開いた。
「ところでマスター。本日街で何やら催しがあるようですよ。」
「催し?祭りか何か?」
そう言われてみればこの店がある裏通りも、いつもより人通りが多い気がする。
「なんでもこの街の代表者、【リーダー代行】を任命する式とか。普段より広場に出店が多いですし、祭りの様なものなのかもしれませんね。」
「リーダー代行……。なんか変な響きだな。」
街の代表の呼び名にしては違和感を感じる……。
そして、今まで深く考えたことが無かった疑問を感じてきた。
「そういえば今更だけどさ。この街ってなんて国の領土なの?」
「ああ。そう言えばその事について報告が……」
アイちゃんがそう口を開いた時に店の扉が勢いよく開かれた。
「やぁ!やぁ!ノイン氏!アイちゃん氏!遊びに来たよ!」
入口で大きく手を振る白衣のようなものを羽織ったその人物は、商業組合の鑑定士であるイレリアであった。
「お久しぶりですね。イレリアさん。」
「いらっしゃいませ。」
「ノン!ノン!ノイン氏!さん付けなんてやめてくれたまえ!君と私の仲じゃないか!ハハハハハハ!」
相変わらずテンションの高い人である。
そろそろ要望に応えてあげるか……。
「はぁ……わかりましたよ。イレリア。ようこそ便利屋マキナへ。」
「ハハハハ!来たぞ!親友よ!」
いつの間にか俺達は親友になっていたようだ。
……とりあえず要件を聞いてみよう。
「それで今日は急にどうしたんですか?」
「うむうむ。先日マリナにここを紹介したのだが、ちゃんと訪ねてきたか確認しに来たのさ!」
そういえばマリナさんとイレリアは友人だと言っていたな。
そしてマリナさんは遺物をここに持ち込む前に、商業組合で調べて貰ったと言っていた。
もしかしたら俺達が知らない情報を知っているかもしれない、少し聞いてみることにしよう。
「ええ。遺物の調査を依頼されました。紹介して頂きありがとうございました。」
「気にしないでくれたまえ。実際私では何もわからなかったからね。何かと不思議な人物のノイン氏ならもしかしてと思って紹介したのさ。」
不思議な人物……イレリアはそういう認識だったか……。
確かに俺の風貌は怪しい……かも?……いや!怪しくない!怪しくないのだ……。
「そ、そうですか……。ところで、差支えなければ遺物について少しお話を聞きたいのですが。」
「ああ。構わないぞ!どんとこい!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そうして俺はイレリアに、遺物の鑑定時の事を聞いた。
しかし、特に俺たちが調べた以上に新しい情報は無かったので、遺物そのものについて質問することにした。
「なるほど。参考にさせて貰います。ところで遺物というのはいつもダンジョンから発見されるのですか?」
「そうだね。数は少ないが遺物はダンジョンからいつも発見されているな。どれも用途不明なものばかりだがね。」
やはり鍵はダンジョンか。やはり直接赴くしかないな。
しかし、少し疑問もある。
「遺物の専門家みたいな方はこの街にはいないのですか?」
「専門家と呼べるのかはわからないが、ほとんどの遺物は組合に持ち込まれると、街の中央庁の人間が回収しているな。今回のように市場に流れるのは稀なんだよ。」
中央庁……タワーのふもとにあるあの施設か。
街の役場のようなものと認識していたが、何かありそうだな。
イレリアに聞いてみてよかった。
「なるほど。それは浪漫を感じますね。」
「だろう!?浪漫の塊なんだよ!流石はノイン氏だ!もしその遺物について何か解ったらぜひ私にも教えて欲しいよ!」
ふふ……イレリアは浪漫が解る側の人間だったか。
少しだけ変わった性格だが、彼女とは仲良くやれそうだ。
「ええ。何か解ったら。」
「楽しみにしているぞ!」
お互いに通じるモノを感じ、少しだけ打ち解けた俺達はお互いに笑い合った。
「ところでノイン氏は任命式を見に行かないのかい?」
「ああ。その話ですか。先ほどアイちゃんから聞いたのですが、有名な催しなんですか?」
俺の発言にイレリアは少し驚いたようだったが、少し考えると納得した様子で話しかけてきた。
「ああそうか。ノイン氏はこの街に来たばかりだったね。そうだね。5年に一度この街の【リーダー】から街の長……【リーダー代行】が任命される式典なんだ。本来は厳かなものだけど、街の人々にとってはお祭りみたいな感覚だろうね。」
やはりリーダー代行という言い回しが気になる……。
「【リーダー代行】……というのはどういった役職なんですか?」
「おや?本当にこの街の事を何も知らないんだなノイン氏は。この街でのリーダー代行とは国家元首の代行者という事だよ。まぁ国ではないんだがね。」
ん???国家元首????国ではない???
イレリアの言っていることがすぐには理解できなかった。
混乱している俺を助けるようにアイちゃんが口を開く。
「マスター。この中立都市ラビリスティアはどこの国にも所属しておりません。しかし【街】として単独で独立国家のような体制を敷いています。」
その言葉にイレリアが続く。
「うんうん。ラビリスティアはただ街なんだ。しかしある程度の領土も持っているし、ちゃんと行政機関も存在する。まぁ街と言っているだけで国のようなものと考えてくれればいいさ。」
「頑なに国ではなくただ【街】として存在しているラビリスティアですが。私の調べではこの街の成り立ちが関係しているようですね。」
「その通りだアイちゃん氏。……まぁその話は長くなるからまたの機会にしようじゃないか。そうだな……気になるなら任命式を見に行ってみてはどうかな?」
確かに気になる。
遺物の解析から、あのタワーがどういった存在か朧げながら見えてきたいま、任命式とやらを見に行けば、もしかしたら俺たち以外の転移者に繋がるかもしれない。
俺はそのイレリアの提案に頷きこたえた。
「そうですね。せっかくですし見に行くことにします。」
「うむうむ!それがいい。私も一緒に行こうじゃないか!ハハハハ!」
「私も一緒に参ります。」
そうして俺は街に出かける準備を始めるのだった。
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