第24話

 傭兵団の男達は浮かれていた。

 ある日傭兵団の頭がどこからか受けてきた依頼、それは帝国の国境からほど近い森の中でとある施設の警備をするというものであった。


 その森には大した魔物は存在しておらず、腕に覚えのある彼らは適当に酒を飲んで適当に警備しているだけで信じられないほどの大金が手に入ったのだ。

 しかもその依頼主は期間を延長するたびにさらに金を払うという。

 このままうまくいけば今回の依頼だけで数年は遊んで暮らせそうな金額が手に入る。浮かれるなというのは到底無理な話である。


 しかしこの日はいつもと様子が違っていた。どこからか現れた黒づくめの集団が施設に出入りしているのかと思えば、急にいなくなり突然女を攫ってきたのである。


 それをみても男達は特に何も思わなかったし、依頼主が何をしていようが気にしなかった。その辺の女を適当に攫わせて中でお楽しみでもしてるのかという下卑た考えは浮かんだが、余計な詮索をして大金を支払ってくれる依頼主の不興を買うわけにはいかなかった。



 違和感に最初に気が付いたのは誰であっただろう。

 いつの間にか男たちの目の前に今まで見たこともないような美しい容姿の長い黒髪の女が現れたのである。その後方にもその女と同じくらい美しい容姿の金色の髪の女と青い髪をもつ女の姿も見えた。


 その黒髪の女は黒い軍服のようなコートを身に纏い、手にはその容姿に似つかわしくない禍々しいガントレットを装着している。一見露出は少ないが、タイトなスカートからすらりと伸びるその足は形容しがたい妖艶さを放っていた。


 後方の少女達も黒髪の女と同じようなコートを纏っているが、金髪の女は大胆にさらけ出された胸元や太ももが強烈な色気を放っており見る者を魅了した。

 青髪の女は体のラインがはっきりと見えるボディスーツのようなものを着用しており、その小柄な体系に似つかわしくない艶めかしい姿は男達を欲情させる。

  

 急に現れた様子に警戒する者もいたが、男達の中でも特に酔っていた数名はフラフラと焚火に群がる蛾のように、下卑た目をしながら女達の方へと吸い寄せられていく。


 そしてその男たちが女に手を伸ばそうとした瞬間―――破裂音と共に上半身が消失した。


 その場がまるで時が止まったかのように静まり返る。


 すると黒髪の女が静かに口を開いた。


「ノイン様の御通りです。道をあけなさい。」



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 アインスは歓喜していた。


 敬愛する主に命令をされている。


 邪魔者を全て滅ぼせと、殲滅せよと。


 アインスにとってノインに命令されることは何よりの喜びであり、その言葉の全ては福音なのである。


 そしてアインスには理解できなかった。わざわざ目の前の男たちにノイン様がお通りになると教えてあげたのに、一向に動くそぶりを見せないのである。


「どうしました?早く道をあけなさい。」


 そうすることが当然といった様子でアインスは男たちに語り掛ける。

 しかし男達は道をあけるどころか何かを叫びながら武器を構えだしたのだ。


 その様子をみてアインスは一気に不機嫌になる。

 慈悲として死ぬ前に少しでもノイン様の役に立てるという栄誉を与えたというのに……。


「やはりゴミはゴミですか。大変名誉なことだというのに……。」


 男達はその発言に怒り一斉に突撃してくる。

 その瞬間アインスは両手に大型の盾を展開すると両腕を平行に前に突き出した。

 そして自身が持つ広範囲殲滅スキルを発動する。


「【ジェノサイド・エクスキューション】!」


 突き出された二つの盾の前方に黒いエネルギーの塊が収束する、そして甲高い音が周囲に響き渡り、前方に極大の黒いレーザーが放出された。

 さらにその周りには黒い稲妻が発生し逃げ惑うものを死へと誘う。


 あっという間に地獄のような状況を作り出したアインスだが、後方から近づいてくるノイン達の気配を感じ取りすぐさま胸に手を当て深くお辞儀をする。


 すれ違いざまにノインが自分に向かって頷くのを感じた。

 それだけでアインスは胸がいっぱいになり嬉しくてたまらなくなる。


 先程までの不機嫌な様子は吹き飛び、アインスは美しい笑みを浮かべながら残りのゴミ掃除に向かう。


 さっさと全員始末してノイン様の後を追わなくては。


 アインスは、はやる気持ちを抑え着実に命令を遂行していった。








 ツヴァイとドライは怒っていた。


 敬愛する主が心を殺して自分たちに命令を下している。


 邪魔者を全て滅ぼせと、殲滅せよと。


 ツヴァイとドライは優しいノインの事が大好きであった。アインスにいつも注意される言葉使いもその方が良いと褒めてくれる。いつも自分たちの事を考えて心配してくれる。そんなノインが大好きであった。


 しかし目の前にいるゴミ共のせいで、今ノインはとても悲しみ傷ついている。


 到底許すことなど出来ない。

 

 

 ドライはオクタム粒子で創られた糸を闇夜に煌めかせる。

 指を軽く動かせば目の前の男たちは細切れになり赤い花を咲かせた。


 普段は大人しいドライだが、今は瞳に殺意が溢れており、怒りをを吐き出すように目につく者たちを次々と血祭りにあげていく。

 逃げ惑う者を足の先からゆっくりと切り裂さいてみたりしたが一向に収まる気配がない。

 

「絶対に……許せない……コロス!!コロスコロスコロスコロス!!!!!」


 ドライは感情に任せてスキルを発動させる。


「【奈落】!!!!」


 パンッと両手を合わせると空中に大きなどす黒い球体が出現する。

 それはそこから無数の触手のようなものを発生させ周囲のあらゆるも生命体を引きずりこんでいく。

 そしてその球体は活動をやめるとドロリと溶け地面に崩れ落ちた。


 遠くに離れており運よく生き延びた者もいたが、すぐに消え去るだろう。

 その存在を彼女が許すはずがないのだから。

 



 ツヴァイは白く輝く長身の銃を手に空中を浮遊し全体を見渡していた。

 回復と補助が得意な自分だが、今回下された命令は殲滅。

 一人も逃がしてはいけないという命令を忠実に遂行するために周囲に隔離フィールドを展開する。


 圧倒的な力で一方的な虐殺が行われている状況に狂い、その場から逃げ出した者も数多くいたが、そういったものはツヴァイの展開した透明な壁に阻まれて逃げることが出来なかった。


 狂ったように透明な壁に向かって泣き叫び、腕を何度も振り下ろしているが男たちの上空から冷たい声がかかる。


「逃がさないよ。」


 普段のツヴァイを知っている者ならば想像もできないような冷酷な声で告げられた言葉は確実に遂行される。


「【デスブレッシング】」


 ツヴァイがスキルを発動させるとフィールド全体に黒い粒子が降り注ぐ。

 それに触れた者は肉体が腐りながら溶け、その魂までをも溶かしていく。


「任務完了。さーて急いでノインさまの後を追いかけなくちゃ。」


 範囲内の全ての生体反応が消失したことを確認しツヴァイは急いでノイン達の後を追うのであった。

 

 


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




 アインスのスキル発動を確認しその軌跡に沿って俺達は駆け抜ける。

 しばらく進むと地下への入口らしきものが見えてきた。


「ここが入口です。いきましょう。」


「ああ。行こう。」


 そのまま突入し俺たちは仄暗い通路を進んでいく。

 通路を抜けると少し開けた場所に出た、何もないようにみえるが俺のサーチに複数の生体反応が検知されている。

 いちいち相手をしてやる暇はないので俺は空間全体に向けてスキルを発動する。


「【ティルヴィング】。」


 構えた左腕の前方に禍々しいオーラを纏った巨大な魔剣が顕現する。そのまま腕を横に一閃すると空間ごと切り裂き世界がズレた。役割を終えた魔剣が霧散すると一瞬でズレた世界が元に戻り、体が上下に分かたれた死体が複数転がる。


「拠点にいるあいつ等のお仲間か……後で回収だな。」


「ドローンを呼んで運ばせておきます。」


「頼んだ。」


 



 それからまた俺たちは仄暗い通路に入り先へと進んでいく。

 しばらくすると金属製の扉が見えてきた。この先が目的地だ、俺は扉を破壊しその先に侵入した。


 入ったその先はかなりの広さがあり、薄っすらとガスのようなものが立ち込めている。先に進むほど据えた匂い立ち込めており明らかに異様な空間だった。

 見渡すとそこら中に書物が散乱し、複数置かれた棚には怪しい薬品のようなものや変質した人体の部位らしきものが飾られている。


 その部屋の中央にある台の上で横たわるレイナさんを発見した。その横には黒いローブを着た白く長い髪をもつ優男が俺の方を見ながら怪しい笑みを浮かべていた。


「お前は……エルドマか?」


「ああ。その通りだ。ようこそ私の研究室へ。」


 アイク達の話を聞き怪しいと思っていた人物はまさしく犯人だったわけだ。

 エルドマは自分の力に自信があるようで、急に現れた襲撃者の俺に対しても余裕たっぷりといった様子で語り掛けてきた。


「その女性を返してもらおうか。」


「悪いが断るね。この素材を使えば私の研究は飛躍的に進むのだよ。邪魔してもらっては困る。……そうだ君たちも素材に…………ん?君たちは魔力が無いのか!!ハハハハ!!これでは素材にもならないな!!まったく嘆かわしい……。」


「……素材だと?」


「そう。この素材、私のかけた呪いを克服したらしいじゃないか。魔石の人体実験として研究するにはよい素材だとは思わないか?」


 どこか狂気じみた様子で語るその男は何かに魅入られているようで明らかに狂っていた。


「色々勘違いしてそうだが……まぁお前は勘違いしたまま死ぬのが良いな。」


「…………貴様……魔力なしの分際で私を舐めているのか?」


 俺の明らかに舐めた態度に気分を悪くしたのか、エルドマは狂気を帯びた瞳を俺に向け睨みつけてくる。 


「この研究を続けていく中で貴様らのように正義感を振りかざし、乗り込んでくる輩は何人もいたよ。すべて始末して素材にしたがな。」


「そうか。それはすごいな。」


 この狂人相手に、もうまともに取り合うつもりはない。

 

「ほう。虚勢もここまでくると大したものだ。よかろう私が直々に葬ってやろう。」


「そりゃどーも。」


 エルドマはどこからか大きな杖を取り出すと魔法陣を展開する。


「アイちゃん。レオナさんを頼む。」


「了解しました。対象に防御フィールド展開。」


「消えろ!!【インフェルノ】!!」


 俺に向かい蠢く地獄の業火のような炎の塊が飛んでくる。

 そして魔術が俺にそのまま直撃すると轟音共に爆発し辺りを吹き飛ばし土埃が舞った。


「フハハハ。口ほどにもない。さて次は貴様だ。」


 エルドマはアイちゃんの方を向き杖を構えた。

 しかしアイちゃんは心底呆れた様子でエルドマを見る。


「はぁ……あなたはやはり愚かな人間ですね。私はドローンへの連絡で忙しいのでマスターと遊んでいてください。」


 その態度にエルドマは激高し魔術を発動する。


「貴様ァ!魔力なしの分際で!!死ねい!!【ライトニングブラスト】!!!」


 しかしその魔法は発動する前に魔法陣ごと砕かれた。エルドマはその現象に驚愕し目を見開いている。

 そして先ほど自分が始末したはずの相手がいたほうにゆっくりと顔を向ける。


 するとエルドマのすぐ後ろから声がかけられる。


「どこを見ている?」


 恐ろしいものでもみたかのようにエルドマはその場から飛びのいた。


「な、何故生きている!?私の魔術は確実に直撃していたはずだ!!」


「当たっていたぞ?当たっただけだがな。」


「訳の分からんことを!【ライトニングブラスト】!!」


 魔術が発動し青白い雷の閃光が俺の頭上から降り注ぎ全身を包む。

 しかし俺はその状態で平然と立っており、その様子をみたエルドマは茫然としている。


「アイちゃんの電気ショックの方が効くな。こんな雷じゃマッサージにもならないぞ?」


「ば、馬鹿な!馬鹿な!馬鹿な!馬鹿な!あり得ない!!!最上級魔法だぞ!!!それを魔力なしごときが受けて無事で済むはずが……!!」


 俺はゆっくりとエルドマに近づき顔を覗き込む。


「お前程の魔術の研究者なら俺の中に流れるモノも視えるんじゃないか?」


 そう言うと俺はエルドマの腕をつかみ無造作に根元から引きちぎる。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 エルドマは右手でさっきまであったはずの腕の付け根を押さえながら転げまわる。


「しかし流石は1級冒険者様といったところか?術をトリガーだけで発動するとはな。」


 俺は転げまわるエルドマの頭をつかみそのまま力任せに壁に投げつける。


「もう終わりか?ほら自慢の魔力で何とかしてみせろ?」


 エルドマは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら俺の方を見て叫ぶ。


「ぎ、ぎざまらいったい何者なんだ!!ど、どこがの組織の者か!?」

 

 組織……?……組織か。

 その叫びに俺は少し考え口を開く。


「そうだな……この仕事は便利屋……とは違うか。俺達は……。」


「ま、また訳の分からないごどを!!」




 俺はESOでソロプレイヤーになる前に組んでいたレギオンの名を思い出す。





「デウス・エクス・マキナ……。」





 こんな時だが我ながらくさいセリフを思いついてしまう。




「悲劇を喜劇に変える者達だよ。」


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