第23話

 その男は混乱していた。

 目を覚ますと周りに何もない不思議な白い空間に座らされていたのだ。

 横には見覚えのある男の同僚達の姿も見える。


 今の状況を確かめるために話しかけようとしたがなぜか声を発することが出来ない。その事実に得体の知れない恐怖感がこみ上げてくる。


 しばらくすると遠くから誰かが歩いてくる音がした。


 その音は何故か不気味でまるで死神が近づいてくるようにも思えた。


 目の前に黒いアーマーコートを着て、表情を全て覆い隠すフルフェイスの兜を装着した謎の人物が現れる。

 その傍らには、メイド服のような衣装を着た美しい女性がおり。

 反対側にその謎の人物の着用している黒いアーマーコートに似せた軍服のような衣装を纏った美しい女性達が控えていた。

 謎の人物は俺達全員が意識を取り戻したことを確認すると、感情のない声で語り掛けてきた。


「目覚めたか?別に貴様らの目覚めを待つ必要はなかったんだがな……。彼女たっての希望でね全員目覚めるまで待たせてもらったよ。」


「覚醒状態の方が情報が取れますからね。」


 目の前の人物達が何を言っているのかわからない。しかしその投げかけられる言葉一つ一つが死の雰囲気を帯びている。

 

「時間もないしさっさと済ませよう。頼む。」


「了解しました。」


 謎の人物にそう言われ前に出てきたメイド服のような物を着た女に目を向ける。その女の表情には一切の感情が無いように見え、俺達を見ているはずなのに、その目はまるで何も見えていないかのように感じた。


「それでは解析開始します。」


 女がそう告げ指を開いて両手を前に出す。すると指先から銀色にきらめく極細の糸のようなものが無数に生えてきた。

 その糸は意思を持ったように男達全員の顔に近づくと、耳や目など頭に存在する穴という穴に勢いよく侵入していく。その異常な現象に恐怖を覚え暴れたくなるが不思議なことに一切の身動きが出来なかった。


 そして同時に頭の中をかき混ぜられるような激しい痛みが襲ってくる。

 まるで何度も頭を丁寧に切り開き少しづつナニカを確認しているような、生命というものを無感情で冒涜する根源的な恐怖の感覚も溢れてくる。


 その痛みと感覚に何度も発狂し意識を手放しそうになるがどうやっても意識を失うことはできなかった。


 男の感覚では永遠とも思える時間が経過した頃、無造作に糸が引き抜かれる。


「解析終了。彼らは雇われた暗殺者のようです。どうやら帝国から来たみたいですね。」


 女の告げた言葉で男は思い出す。任務でとある宿屋の襲撃を行った事を。


 深夜、計画通り宿屋にいるハーフエルフの女を確保した。その後最後まで抵抗していた女の餓鬼と男を嬲り殺し始末した……そして……。


 そこまで思い出し男は混乱した。しかしゆっくりと記憶が蘇ってくる。


 その後自分は確かに死んだはずなのだ。急に全ての手足を失い、床に転がったときに口の中に仕込んでいた毒薬で自害したはずだった……。

 そこまで思い出しところで目の前の謎の人物からすくみあがるような怒気を含んだ声が飛んできた。


「貴様らはあの親子を殺すときに嬲りながら殺したようだな?ああ、返事は期待してないどうせ喋れないだろうからな。」


 その人物の言葉にその場控えている女達が強烈な殺気を放ち始めた。


「お前たちは簡単には殺さない。だが今は急ぎの依頼があってね……。とりあえずもう一回…………死ね。」


 男にはその人物が最後の言葉を発する時に一瞬躊躇ったように見えた。

 しかしそれは気のせいだろう。あんなにも死の気配を纏った人物が殺すことを躊躇うはずがないのだ。


 次の瞬間男の視界は黒く染まり意識は永遠の闇へと堕ちていった。





   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 


 何もない白い部屋に首から上を無くした体が並び床にどす黒い花を咲かせている。

 俺はそれを何も感じないまま見つめていた。


「……お疲れさまでした。マスター。」


「ああ……。」


 アイちゃんが何か言いたげな表情で近づき俺を優しく抱きしめた。


 ゲームアバターのまま転移し、この身体になって種族が変わったせいか、初めて人を殺したというのに思ったよりも平静でいられたことに少し驚いていたのだが、改めて自分の手を見てみると少し震えているようだった。


 自分のしたことに後悔はない、今回の件も俺はどこかで甘く考えていた節がある。

 俺が元居た世界の感覚を引きずっていたとも考えられる。

 しかしこれから相手をする者達に対してはそう言った考えは捨てなければならない。そう思い知ったのだ。


 自分の甘さで自分だけが不幸になるのは別に問題はない。それは俺の責任なのだから。しかし、自分の大切な仲間がそうなることは許容できない。

 だから俺は覚悟を決めた。仲間を守るためなら自分の手を汚す覚悟を。


 しばらくしてアイちゃんが体を離し顔を上げる。


「マスター。そろそろ参りましょう。」


「そうだな。逃げたやつらはマーキングしてある。ドローンはついていってるな?」


「はい。問題なく。現在も6人の集団で東の帝国国境付近に向けて移動中です。」


「了解した。周辺のマップデータを全員に共有してくれ。船を出すのは流石に目立ちすぎる。街に戻ってそこから全力で追いかけるぞ!」


「「「「了解しました!」」」」


 そうして俺たちは素早く行動を開始した。




 街に戻り光学迷彩で完全に姿を消したまま東門を抜ける。そしてそのまま街道に沿って全力で駆けていく。

 全員が蒼いオクタム粒子を纏っており、その光は闇夜を切り裂きすべてを置き去りにするように加速していった。


「そろそろ追いつきそうだが……おかしいな奴ら国境を越えずに北上していくぞ?」


「先行しているドローンの情報によるとその辺りに地下洞窟があるようです。拠点の可能性が高いですね。」

 

 今回はアイちゃんも俺の中に移らず自分のボディのまま同行している。戦闘用ではないので俺たちについてこれないと思っていたが問題ないらしい。


「なるほど……このまま追いついて実行犯を始末すると、黒幕に感づかれる可能性があるな……。」


「なかなか執念深い相手のようですからね。ここで確実に滅ぼしたい所です。」


 最優先事項はレオナさんの救出だ。しかし相手は襲撃という手を取ってくるような相手だここで逃がすと次は何を仕出かすかわからない。俺は少し考え決断する。


「……ここで黒幕を取り逃がすとさらに危険だな。レオナさんには申し訳ないがこのまま一定の距離を保って拠点を特定する。ドライ!不測の事態に備えて先行してくれ!もしレオナさんの身に危険が迫りそうなら自分の判断で全員始末しろ!」


「……りょうかい!【ディメンションダイブ】」


 ドライはすぐさまスキルを発動し次元を跳躍した。


「俺たちはこの距離を保つ。気取られないように注意してくれ。」


「「「了解しました!」」」




 しばらく追跡すると深い森の中に開けた場所があり、そこで目標は足を止めたようだった。そこには武装した者達が数多くおり、どうやらこのあたりを見張っているようだ。

 そしてそのまま目標はその先へ姿を消した。アイちゃんの予測通りどうやらそこを拠点としているらしい。


 俺たちは完全に気配を消し近づいていく。少し進むと空間が歪みそこからドライが現れた。


「ドライ。報告を頼む。」


「はい。……この先に地下へと通じる道が……あるようです……。潜入し……構造は把握済み……です。最奥に…研究室のような施設を……発見しました。」


「よくやった。全員にマップデータを共有してくれ。」


「りょうかい……です。」


 ドライの報告にあった男が恐らく今回の事件の黒幕だろう。

 ……ここで終わらせる。容赦はしない。


 そうして俺は皆に命令を下す。


「アインスとツヴァイとドライは先行して入口を警備している人間達を殲滅しろ。いいか?殲滅だぞ?一人も逃がすなよ?それが終わったら俺達の後を追って地下へ突入だ。」


「「「了解しました!」」」


 命令を聞き三人は弾かれたように飛び出し行動を開始する。


「アイちゃんは俺と共に地下洞窟へ直行するぞ。」


「了解しました。マスター。」


「よし。……いくぞ。」


 そうして俺達も先行する三人の後を追い走り出した。

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