第22話
宿屋での治療を終えてから10日ほど経った。
レオナさんの体調も順調に回復しており、今ではもうお店に立ち仕事をしているようだ。
姉妹達も冒険者業は一時休業し、毎日足を運んでいるようでカイリちゃん一家とはかなり親しくしているようだった。
俺も何度かお礼として食事に呼ばれ楽しい時間を過ごした。カイリちゃんの呼び方が、便利屋のおじさんからノインおじさんにランクアップしたのは喜んで良い事だろう。……多分。
もちろんそれに並行して、呪いを使用した犯人の調査も行っている。始めは容易に辿り着けると追われていたが、実際はかなり難航しておりわずかな痕跡は見つけたものの特定までには至っていなかった。
「結局わかったのはこれを触媒に呪いが発動されたってことだけか。」
テーブルの上に細かい細工の入った魔道具を置く。
「はい。一見ただの照明器具のように見えますが、どうやら呪いの術式を遠隔で発動するための魔道具のようです。」
「ダインさんの話では誰かの忘れ物だったか?高そうなものだったから預かっていたという事だが……。」
「宿帳を確認してみましたが、判明したのはその部屋に泊まっていた人物の氏名くらいでしたね。恐らく偽名でしょうが。」
「……だよね。」
ドライにも周辺を探らせていたが手がかりになるようなものは見つけられておらず。まさにお手上げ状態だった。
「今後レオナさんが狙われることは無いと願いたいが、あまりに計画的なんだよな~。」
「間違いなく次の手を打ってくるでしょう。」
「そういえば呪いの解析は終わったんだっけ?」
「はい。本日それを報告しようと思っておりました。」
アイちゃんの報告によると呪いは魔力を強制的に吸い出すものだったらしい。術式は心臓辺りに展開されており、使用された者は徐々に衰弱し、最終的には死に至るとのことだった。
「殺すのが目的だったのか……それとも魔力が目的だったのか……。」
「恐らく後者でしょう。対象者が死に至るのも結果的に都合が良いというだけだとお思われます。」
「なるほど……しかし何故レオナさんが狙われたんだ?偶然とは考えにくいんだよな。」
「その件ですが、マスターも確認していると思いますが、彼女の種族が関係していそうです。」
そう言われレオナさんにスキルで解析をかけたときの事を思い出す。
「ハーフエルフって出てたね。見た目は普通の人族だったから少しだけ驚いたよ。」
「そうですね。私が彼女の種族を言い当てた時は驚いておりました。そして、どうやらそれを隠しているようでもありましたね。」
「この世界では差別的扱いでも受けてる種族なのか?でもこの街じゃ禁止だろ。」
「どうやら人族と比べて魔力量がかなり高い種族のようです。過去にはそのせいで善からぬ輩に攫われるなどの事件が多かったとか。そのせいかハーフエルフは自分の種族をあまり公表しないようですね。」
……ひどい話だ。ここにきてまだ1か月ほどだが、この街には人に獣の特徴を持った種族、獣人なども多く住んでいる。その姿を見ているせいかこの世界にはそういった事は無いと思っていたが、どうやらこの街は特別らしい。
「……ハーフエルフを狙っていたとなるとその線で追えるかも。過去に似たような事件があったかもしれない。」
「そう言うと思って本日は情報を聞けそうな人物を招いております。……丁度来たようですね。」
アイちゃんがそう言うと事務所の扉が開かれ見知った人物が入ってきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いよー!ノインさん!しばらくだな!」
「お邪魔する。」
樹海で出会った冒険者のアイクとルイだった。
確かに高位冒険者のアイク達なら色々知っていそうだ。
「お必死ぶりです。アイクさん、ルイさん。どうぞこちらにお座りください。」
俺にそう促され二人は椅子に腰掛ける。
「いやー、ダンジョンの遠征から久しぶりにこの街に戻ったらそこのアイちゃんさんに会ってよ。なんでも話を聞きたいって事だから来たぜ!そういや便利屋っていう変な商売始めたんだってな!」
「おい!リーダー!失礼だろうが!」
「だってよ~。」
……とりあえず後半の部分は聞き流しておこう。俺はしばらく会話を続ける。
「い、いや~。便利屋は浪漫の為といいますか、何というか……。しかし、お久しぶりですね。無事にまた再会できて嬉しいですよ。」
「こっちもだぜ。今回は遺跡ダンジョンっていう中規模の所に潜っていたんだけどよ、結構面白い遺物が見つかったから帰ってきたのさ。」
「ほー遺物ですか。」
非常に興味のあるワードが出てきた。しかし今は聞いている場合じゃないな……。
「ノインさんは元学者だったから興味あるかもな。現物を見せたいところだがあいにくもう組合に提出しちまってよ。」
「そうですか……。機会があれば見てみたいですね。ところで本日お呼びしたのは少しお伺いしたいことがありまして。」
「ああ。聞いてるぜ。魔力草の借りもある何でも聞いてくれ!」
そうして俺は今回の事件の事はなるべく伏せながらアイクに尋ねるのであった。
「実は今依頼でとある調査をしておりまして……。率直にお伺いしますが、過去にこの街で起きた原因不明の病死、変死などの事件や噂などあったら教えて頂きたいのです。」
俺の言葉にアイクとルイは顔を見合わせている。
「また変な事を聞くな……。うーん……ルイ、そんな事あったか?」
「原因不明の病死……か。そういえば……。」
アイクに心当たりはないようだが、ルイは何か知っているようだった。
「事件というほどのものではないのだが……。実は私の知り合いの魔術師が一人原因不明の病で死んでいる。丁度1年程前だな。」
俺はルイの言葉を聞き、その魔術師の病死は今回の事件と繋がっているという予感を強く感じた。
「失礼でなかったらその話を詳しく教えて頂けませんか?」
「ああ、構わないぞ。」
ルイからその病死の件について詳しく聞き出した。
どうやら病気の症状はレオナさんのものと酷似しているようで、死ぬ直前まで激しい胸の痛みを訴えていたようだった。
「俺が知っているのはこんなところだな。まだ若く将来有望な魔術士だったんだがな……惜しい人物を亡くした。」
「……ちなみにですけど、その亡くなった魔術師の方ハーフエルフの方でしたか?」
「よくわかったな。そうだ。こっそり俺には教えてくれたのだがどうやらそうだったらしい。なかなかの魔力を秘めていたし、言われてみて納得したものだったよ。」
ほぼ確定だな……。間違いなく1年前のその病死と今回の件は繋がっている。しかし、肝心の手がかりはまったくつかめそうにない。
しかしその時、ずっと目を閉じて黙っていたアイクが口を開いた。
「あー!思い出したぜ!あいつか!確か【1等級冒険者の魔術師】に弟子入りできたって喜んでたよな。」
「リーダー……やっと思い出したのか……。」
アイクのその何気ない発言に俺は衝撃を受けた。【1等級冒険者の魔術師】……俺の直感が間違いなくこいつが関係していると告げている。
「すみません!その1等級冒険者のこと詳しく聞きたいです!」
「お!ノインさんも最上級冒険者のことは気になるようだな!ルイの方が詳しいだろう?教えてやれよ!」
「ああ。その人物は半年くらい前までこの街に滞在していた冒険者だ。名を【エルドマ】という。冒険者と言っても学者のような活動をしている人物でな、彼曰く魔術の神髄を極めるのを目的としていたらしい。」
「俺達も実際にあったことはないんだけどよ。まぁ我らが1級様だ。かなり化け物じみた強さをしていたらしいぜ。」
「なるほど……ちなみにその人物は今どこにるか知っていますか?」
「噂だが……確か【帝国】に向かったと聞いた。」
その後もルイからその人物について色々訊ね、さらに詳しい情報を聞き出そうとしたのだが、この後アイク達に予定があるという事でお開きとなった。
「お二人共お忙しい所、ありがとうございました。」
「いいってことよ!今度また飲もうぜ!」
「遺物について気になるなら訪ねて来てくれ。」
そうして俺は扉を開けアイク達を送り出すのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
店の前でアイクとルイを見送る。辺りはすっかり暗くなっており道を照らす街灯が静かに揺らめいている。
「ドライ。」
「……はい。」
名前を呟くと音もなく俺の背後にドライが姿を現す。
「この街に滞在していたエルドマという冒険者について情報を集めてくれ。」
「りょうかい……。」
再びドライの姿が消える。
「なかなかの収穫でしたね。」
「ああ。容疑者らしき人物は炙り出せた。話では帝国にむかったという事だが……。」
「不可解ですね。私の方でも探ります。」
「頼む。」
新たな情報は得ることが出来た。二人に任せておけばエルドマの居場所など直ぐに割れるだろう。
しかしこの時、俺の中には何とも言えない悪い予感が渦巻いていたのだった……。
そしてその予感は的中する事となる。
その日の深夜、宿屋内に設置していたセンサーが反応し船内にアラートが鳴り響いた。
俺はその音で飛び起き状況を確認する。
「侵入者だと!」
宿屋周辺に秘密裏に設置しておいた光学迷彩で隠蔽されたカメラに、宿屋を襲撃する複数の人物が映し出されていた。
こんなにも早く強硬手段にでるとは!俺の想定が甘かった!しかし今更悔やんでも仕方ないすぐに向かわなければ。
俺は殴るようにして船内無線のスイッチを起動し船内に指示を飛ばす。
「みんな起きているな!今すぐ宿屋に向かうぞ!フル装備でこい!!アイちゃんは俺の中に!」
その号令に5秒と待たず全員集合しワープゲートを通り事務所まで移動する。
「急ぐぞ!」
「「「はっ!」」」
俺は普段は抑えている全スキルを発動しながら全速力で目的地まで駆ける。
宿屋が視界に移った時に撤退する複数の黒い影が見えたがあえて無視をする。
「あいつらはもう捉えている。まずは宿内の状況確認が先だ!」
勢いを殺さずにそのまま全員で宿屋になだれ込む。
俺の視界には血だまりに伏している見知った少女とそれを庇うようにして覆いかぶさるその父親、そしてダガーナイフを持った黒づくめの人物達が映った。
状況を察し今まで感じたことないような怒りがこみ上げてくる。
「無力化しろ!」
その言葉に反応し全員が飛び出した。
黒づくめの者達は姉妹の動きに反応出来ておらず一瞬で四肢を切断されその場にゴミのように転がされる。
それを確認し急いで俺は倒れ伏す二人に駆け寄る。どちらの体にも深い刺し傷が複数あり、指は切断され腕なども折られているようだった。
見開いた虚ろな瞳は絶望の色に染まっており、呼吸も既に停止してその状況は絶望的に見えた。
《執拗に痛めつけた形跡が見られます。両名とも心肺停止状態です。》
「糞野郎どもがッ!!!絶対死なせるな!!!ツヴァイ!!!!」
「はっ!【リ・バース】!」
白く輝く長身の銃を祈るような姿で両手に持ちツヴァイがスキルを発動する。
二人の下に複雑な魔法陣のような幾何学模様が展開され、天から美しい光の粒子が降り注ぐ。
すると一瞬で体の欠損が復元し顔に生気が戻って来た。
そのままツヴァイは二人に近寄りバイタルのチェックを行う。
「両名の蘇生完了しました!しかし出血多量のため輸血の必要があります。」
その言葉に俺は少しだけ冷静さを取り戻す。
「……ありがとう。治療は拠点で行う。ツヴァイとドライは先に二人を連れて戻ってくれ。」
「「了解しました!」」
二人は普段の様子とはまったく違うキビキビとした動作で俺に敬礼をする。そして速やかに行動を開始した。
俺は近くにいた少女を抱き上げドライに受け渡す。
するとその時わずかに少女の目が開き俺に向けて言葉を発する。
「お……かあ……さ……たす……け……て……おね……が……い……」
俺は優しく頭を撫で安心させるように応える。
「ああ。必ず助けるよ。今は安心しておやすみ……。」
それを聞くと安心したのか僅かに微笑みながらそのまま気を失った。
先に拠点に戻る二人を見送ると、俺は床に転がっている襲撃者達に目を移す。
四肢を切断されたことでそのままショック死した者や、運悪く生き残った者はどうやら仕込んでいた毒か何かで自ら命を絶っているようだった。
俺は死体の前にしゃがみ込み頭をつかんで雑に持ち上げる。
「……ゴミ共が……簡単に死ねると思うなよ?」
冷たく感情のない声で呟いた。
少しは冷静になったつもりだったがまだ怒りが燻っているようだ。
そして先ほどからこちらに近づいてくる複数の気配を感じる。どうやら衛兵が呼ばれているようだ。
時間もなさそうなので俺は一旦撤退の指示を出す。
「アインス。こいつらを全員回収して俺達も一度拠点に戻るぞ。」
「はっ!」
そうして俺たちは速やかに死体を回収し夜の闇に消えていった。
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