第21話

 しばらくして目的の宿屋に着く。人の気配はほとんどなく、母親が病床に伏しているせいか開店休業中といった様子だった。

 中に入ると一階部分は食堂のようになっておりそこにカイリちゃんと話す姉妹達の姿が見えた。


「さっきぶりだねカイリちゃん。」


「あっ便利屋のおじさん。どうしたの?」


 先ほどの女子会のお陰か少し元気になったみたいだな。本当の笑顔を取り戻してあげるためにも一肌脱いであげなくちゃな。

 そうして俺はここに来た目的を告げた。


「実はさっきアイちゃんから君のお母さんの事を聞いてね。もしかしたら力になれるかもと思ってここまで来たんだよ。」


「えっ!?……でも術士の人も無理だって……。」


「大丈夫。必ず助けるよ。とりあえずお父さんを呼んで来てもらえないかな?」


「うん!わかった!」


 なるべく安心させてあげるように優しく伝えた俺の言葉を信じたのかカイリちゃんは急いで父親を呼びに行った。

 程なくして奥から男性が姿を現した。


「……あのカイリから話を聞いたのですが……妻を治してくれるというのは本当ですか?」


 その男はそれなりに鍛えられた体つきをしていたが、その表情はひどく疲れており絶亡と諦めの入り混じった感情が見て取れた。

 俺はなるべく刺激しないように言葉を選びながら口を開く。


「初めまして。ノインと申します。最近この街で便利屋という商売をやらせてもらっております。実は本日カイリさんに飼い猫の捜索の依頼をされておりまして。その折にお母様の容体について少しお聞きしたものですから、もしかしたら力になれるかもと思い参りました。」


「ああ、娘から話は聞いていました……あなたが……。私はカイリの父のダインです……しかし……そうは言われても信じられません……治癒術士様も無理だと……。知り合いに頼んで色々な治癒のポーションも試してみましたが全く効かないんですよ!」


 やはりいきなり現れた謎の男の話など信じられないであろう。

 自分で言うのもなんだが俺の風貌は怪しい……認めよう。しかしここで引くことは出来ない。何とか説得しなければ。


「ダインさん信じられないのも無理はありません。しかしどうやら残された時間は少ない様子……カイリさんを悲しませないためにも私を信じてはもらえませんか?」


「しかし……。」


 厳しいか……。無理矢理押しとおるのは俺の流儀に反するし困ったな……。

 しかしここまでその様子を見守っていたカイリちゃんが口を開いた。


「お父さん。信じてみようよ!このまま何も出来ないなんて私嫌だよ!」


「カイリ……。わかった……。お支払いできるものは少ないですがどうかよろしくお願いします。」


 やはり娘の言葉は響くんだな……しかしこれで何とかなった。後は治療をするだけだ。


「承りました。それとお代は結構ですよ。これはただのアフターサービスですので。」


「え?それはどういう……?」


「いえいえ。お気になさらず。さぁ時間が惜しいです早速参りましょう。」


 俺がそう促すとダインは妻が寝ている寝室へと俺達を案内してくれた。



 通された部屋のベッドに女性が寝ている。非常に苦しそうに胸の辺りを押さえており、呼吸もかなり弱々しい様子だった。

 思っていたよりもかなり不味い状況なのを察した俺は直ぐに指示を飛ばす。


「アイちゃんとツヴァイはすぐに容体の確認を!全スキルの使用を許可する!」


「了解しました。マスター。ツヴァイ私の補助をお願いします。」

「はーい!」


 俺の指示を受けて二人は行動を開始する。


「すまないがアインスとドライはあの親子の様子を見ていてくれ。……心配だろうが見られるわけにはいかないからな。」


「畏まりました。」

「りょうかい。」


 二人は部屋を出て親子の元へと向かった。あの二人に任せておけば問題ないだろう。

 そうして俺も女性に向けて【アナライズ】を発動させた。



【名前】:レオナ

【種族】:ハーフエルフ

【状態】:瀕死・魔力欠乏・****



 俺の解析スキルじゃあまり多くの情報は取れなかったが、どうやらダインの妻レオナは魔力欠乏状態にあるみたいだ。そして同時に俺には読み取れない状態異常にかかっている。

 これ以上は俺にはどうしようもない。二人の解析を待つばかりだ。


 程なくしてアイちゃん達は解析を終えたようで報告をしてくる。


「解析終わりました。どうやらこの者を蝕んでいるものは未知のウィルスの類ではないようです。」


「魔力がすっからかんみたい!あとウチが見た感じこれは呪いだね~。」


「その通りですツヴァイ。どうやら魔術的な呪いがかけられているようです。」


「……呪いだと?」


 つまり誰かが目的をもってレオナさんを呪ったという事だ……一体誰がなんの目的で?……いや、今はそんなことを考えている場合じゃないな。


「それで……治せるのか?」


「所詮はただの魔術、ツヴァイのスキルで問題なく解呪できるでしょう。」


 その言葉を聞きツヴァイに指示を出す。


「よし!ツヴァイ頼む。」


「りょうかーい!【アンチカースドバレット】!」


 ツヴァイは白く輝く長身の銃を手に持ちスキルを発動する。放たれた呪いを打ち砕く力が込められた光弾は真っすぐにレオナに向かって飛び、命中すると同時に何かを砕くような音をたてて霧散した。


「状態確認。……解呪は無事成功しました。」

「ブイブイ!」


「二人共よくやった!」


 とりあえず体に異常を引き起こしていた呪いは取り除けたようだ。様子を見た感じ胸の痛みは消えたみたいだがまだ少し苦しそうだな……魔力欠乏ってのが出てたしそれかな?


「魔力欠乏って何とかなる?」


「以前マスターが採取した魔力草を使っていくつかポーションを試作しております。それらを使えば問題ないかと。」


「じゃあそれを使おう。ツヴァイはみんなを呼んで来てくれ。」


 アイちゃんはレオナにポーションを飲ませる。すると呼吸も安定しはじめ、苦し気だった表情は次第に穏やかなものへと変わっていった。


「これでひとまず大丈夫そうだな。寝たきりだったから体力も減っているだろうし、しばらくは安静にしないといけないと思うけど。」


「呪いの原因も解っていないのでしばらくは経過を観察したいですね。」


「そうだね。レオナさんが話せる状態になったら少し聞いてみるか……。」


 そう二人で話していると扉が開きダインとカイリちゃんが部屋に飛び込んできた。


「ノインさん!妻が治ったと聞きましたが本当ですか!?」

「ねぇお母さん治ったの!?」


「二人共落ち着いてください。無事に治りましたよ。時期に目を覚ますと思います。」


 俺がそう言うと後ろから微かに声が聞こえてきた。


「んんっ……カイリ?……あなた?……私いったい……。」


「レオナ!!……ああよかった……本当に…。」

「おかーさん!!うわーん!!!!」


「もう…どうしたの二人共?そんなに泣いて。」


 これが家族か……。とりあえずなんとかなって良かった。

 俺は邪魔しちゃ悪いと思い静かに部屋を出ていこうとするとダインが俺に近づき泣きながら深く頭を下げてきた。


「ノインさん!ありがとう……!本当に……ありがとう!」


「いえいえお気になさらず。それに私は見ていただけのようなものです。お礼ならこの二人に。」


「お二人共……本当にありがとう!この恩は一生忘れません!」


 その様子にツヴァイは照れ臭そうに。アイちゃんは珍しく少し戸惑ったような表情で応えていた。


「ダイン様。奥様は無事に治癒されましたが、全快されるまでは経過観察が必要です。時折様子を見に来たいのですが構いませんか?」


「ああ!ああ!もちろんだとも!」


「ではそのように。」


 それからも何度も頭を下げ感謝を伝えてくるダイン。カイリちゃんは母親が無事治ったことがたまらなく嬉しいようでずっと抱き着いていた。




 その後、今日一日は何かあったときの為に宿にツヴァイとアインスを残し俺たちはその場を後にした。

 辺りを見渡すといつの間にかもう日が落ちはじめてきており、辺りには仄暗い闇が迫っていた。


「ドライ。もう魔力の感知はできるな?」


「余裕……。」


「よし。なら宿周辺の魔術の痕跡を探してくれ。不審な者がいたら……可能なら捕らえてくれ。」


「りょうかい。」


 そう言うとドライは闇に溶け姿が消えた。


「呪いを使用した者が気になっているようですね。」


「ああ。理由はわからないが回復したレオナさんを再び狙ってくる可能性がある。」


「なんらかの目的があったのでしょう。使用されていた呪いの解析を急ぎます。」


「頼む。」


 不気味な感覚だ。はっきりとはわからないが何か邪悪な何者かの意思を感じるようだ……。

 俺たちはもう既に足を踏み入れてしまった。無関係ではいられないだろう。


 俺は覚悟を決め仄暗い道を歩いていった。

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