第20話

 あれから一ヶ月ほど時は進み、現在。

 魔樹海の拠点に停められた宇宙船内でうつろな目をしている男がいる。

 そう、ラビリスティアの街で【便利屋】なんていう儲からない家業を始めてしまった男、ノインである。


「もしかして、このままではヒモ生活……!?」


「いえマスター。もう既にヒモ生活です。」


「いやああああああ!」


 街の調査のためにアンダーカバーとして始めた商売だったが、事前にアイちゃんが予見していた通り、俺の店に依頼を持ってくる人などほとんどいなかった。


 やはり街の人々の依頼は冒険者組合に頼まれており、来ても組合に頼まれないような「迷子のペット探し」「落とし物の捜索」といったまさに【便利屋】に相応しい内容のものばかりであった。


「しかしマスターの狙い通り。組合が取りこぼしてしまうようなショボイ内容の依頼ばかり来ているので成功?ですね。赤字ですが。」


「うわああああああ!」


 便利屋を名乗っている以上、俺とて別に依頼の内容に不満があるわけではない。しかし異世界なんだからもう少し心躍るような依頼が来ると思っていたのだ。こんな事なら俺が冒険者登録すればよかった……。


「まぁアインス達が冒険者業でかなり稼いでいるので資金の心配はありませんね。ヒモマスター。」


「ぐっは……。」


 このままでは一生ヒモマスターとして扱われ、そしてそのうち姉妹達にも愛想をつかされてしまう!いけない!それだけは避けねばならない!

 事業を始めてまだ一ヶ月……今はまだ評判を広めている段階だ……あせる時間じゃない……クールになれ……。


「ご、午後から一件依頼があったんだよね?」


「はい。猫探しです。」


「よし!俺たちの評判を広めるためにも早速戻って取り掛かるぞ!」


「私達もお手伝いします!」


 よし!姉妹達もやる気のようだから手伝ってもらおう。 

 そうして皆で食事を終えた俺たちは再び船内に設置されたワープゲートを潜りラビリスティアの街へと戻っていくのだった。




 事務所に戻ったところで早速依頼にとりかかる。

 オートマッピングに記録された地図を映し出しスキル【サーチ】を使用する。このスキルを使用すれば目的のものはすぐに見つかるので、今のところ探し物の依頼しかしていない俺にとっては戦闘スキルよりも余程役に立っているスキルであった。


「目標の猫ちゃんはどんな特徴だったっけ?」


「名前はトテちゃん。サバトラ柄の雄です。尻尾が短いのが特徴みたいです。」


 アイちゃんが目標の猫ちゃんの情報をスラスラと答える。


「あー!前にも探したあの猫ちゃんね!確か反対通りにある宿屋で飼われているっていう。」


「そうです。依頼主はその宿屋を経営している夫婦の一人娘、カイリ様です。」


「一度見てるしすぐ見つけられるな!えーと……猫ちゃんの現在地は…………え?事務所の前?」


 俺がそうつぶやくと同時に事務所の扉が開かれ、猫を腕に抱いた女の子が入ってくる。


「あの……トテちゃん帰ってきたの。」

「にゃー」


 気合を入れていた俺だが、どうやら探すまでもなくちゃんと家に帰ってきていたようだ。依頼は無くなってしまったがそれならそれで良いと俺は思った。……ちょっと残念だけど。


「ああ……そ、そうなんだ……。ゴホンっ!無事でよかった!」


「うん……。便利屋のおじさんありがとう……。」


 ……おじさん?いやおじさんだけどさ……。という冗談は置いておいて、カイリちゃんだっけ?猫が見つかったというのになんだか元気がないな。

 俺は気になったので少し訊ねてみることにした。


「カイリちゃん。なんだか元気がないけど何かあったのかい?」


「ううん……大丈夫……。」


 大丈夫……か。

 そう言われ、昔俺を引き取った祖父に同じように訊ねられて、同じような返事をしていた事を急に思い出した。子供ながらに周りの大人に気を遣わせないようにと必死で絞り出した……そんな言葉だ。


 何か悩み事があって隠しているのには何か理由があるのかもしれないが、今ちゃんと聞いた方が良いという予感がした。しかし俺は男だし言いづらいかもしれないなぁ……。

 そう考えているとアイちゃんと目が合う。アイちゃんは無言で頷くとカイリちゃんに近づいていった。


「ふぅ。マスターは乙女心が解っていないので役に立ちませんね。カイリ様、歩いてきてお疲れでしょう、こちらにお座りになって下さい。」


 アイちゃんにそう言われるとカイリちゃんは一度コクリと頷き勧められた椅子に座る。するとテーブルの上にはどこから取り出したのかいつの間にか紅茶とお菓子が用意されていた。


「妹達よ。女子会です。そちらに座りなさい。マスターは邪魔なので向こうの部屋にお願いします。」


「はい……。」


 嬉しそうに駆け寄る姉妹達。悲しそうに別室に消える俺。……無常である。

 しかし、女性たちだけの方がカイリちゃんも話しやすいだろう。俺は気が利く男なのである……本当だよ?





 しばらく経ち部屋の扉がノックされアイちゃんが入ってきた。


「女子会は終わったかい?」


「はいマスター。どうやらカイリ様の悩みは母親についてのようでした。」


「詳しく聞かせてくれ。」


 アイちゃんの真剣な様子に俺は意識を切り替えた。

 話を聞いてみると、カイリちゃんの母親が2週間ほど前に倒れていまもずっと寝込んでいるとのことだった。最初はただの風邪だろうと思われていたのだが、一向に回復せず容体がどんどんと悪くなっていったらしい。

 カイリちゃんの父親も治癒術士などを頼るなどして手を尽くしたが駄目だったそうだ。


「そして、今日カイリ様は父親と治癒術士の会話を偶然聞いてしまったようです。このままだともって数日の命という話を。」


「なるほどな……。」


 ショックだっただろうな。家族を失うかもしれない恐怖と悲しみをずっと隠していたのだろう……。強い子だ。

 家族を失う悲しい思いはさせたくないな……。


 そして俺はある決断をする。


「カイリちゃんはどうしてる?」


「母親が心配なようだったので妹達に送らせました。」


「そうか。あー……そういえば猫ちゃん探し依頼のキャンセルの書類にサイン書いてもらうの忘れてたなー。しまったなー。」


 俺がまた何やら言い出したとアイちゃんは肩を竦める。


「はぁ……そういえばそうでしたね。」


「いやー今からカイリちゃんに書いてもらわなきゃなー。しまったしまったーうっかりだったなー。」


「それで今からカイリ様の宿屋に行くと?」


「わかってるじゃないかアイちゃん。」


 俺はニヤリとしてアイちゃんを見つめる。……顔は見えないけど。


「目立たないようにとわざわざ行動していたのに勝手なことですねマスター。」


「俺はお客様のアフターケアも欠かさない主義なんだよ。」


「はぁ……こうなってはテコでも動きませんね。マスターのそういうところ嫌いではありませんよ。」


 やれやれといった様子で諦めたように頭を振るアイちゃん。

 しかし俺には少し打算もあった。


「まぁ実際に見てみないと俺達で治せるかわからないけどね。それに俺たちの知らない未知の病だったら事前に知っておきたい。」


「確かにそれも一理ありますね。あと一つ訂正を、私という存在がいる限り治せない病などあり得ません。」


「ははは。それは心強い。」

 

 その頼りになる言葉に俺は笑い急いで準備をする。


 そうして俺たちはカイリちゃんの居る宿屋へと向かうのであった。

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