第17話
一夜明け、俺は朝から一人で商業組合に来ていた。
昨日とは違い人の姿が多くみられ、朝早いというのに人々は忙しなくしており、冒険者組合とはまた違った種類の喧噪であった。
建物に入り受付に向かって歩いていると横から声がかかる。
「ノインさん、おはようございます。」
そこには笑顔で小さく手を振るリンさんがいた。
「おや、リンさん。おはようございます。今日は受け付けじゃないんですね。」
「はい今日はこちらで案内をしております。ノインさんのお姿が見えたのでつい声をかけてしまいました。」
そう俺に微笑みながら言うリンさん。
ふぅ……朝からその笑顔はオジさん癒されちゃうナ~!流石大きな商業組合の受付嬢なだけあって美人だし!そんな美人に微笑まれると、頭ではわかっていても勘違いしてしまいそうになるぜ。
《モテないおじさん特有の勘違いですね。気持ち悪いので注意してください。》
「…………。」
「どうかされましたか?」
「いえ……お気になさらず……。」
アイちゃんからのボディブローに耐えた俺は、丁度良いと思いその場でリンさんに組合に登録しに来た旨を伝えた。
「登録ご希望ですね。かしこまりました。では詳しいお話は奥の部屋で致しましょうか。」
そう言いリンさんは俺を昨日とは別の小さめの個室へと案内してくれた。そしてそのまま俺は勧められた椅子に腰を下ろす。
「そういえばお連れの方の姿が見えないようですが……本日はお一人ですか?」
「ええ。今日はちょっと別の用事を頼んでいまして。」
そう姉妹達は俺の指示に従って今日は別行動である。
ちなみに全員監視と警護のために俺に付いて行くと最後までごねていたが「今度何でも言うことを聞いてあげるから!」と約束すると驚くほど素直に従ってくれた。
約束した願い事が少しだけ心配だが仕方ない。必要な代償だったのだ……。
「そうだったんですね……。ってすみません!私ったらノインさんの事詮索しているみたいでした!す、すぐに資料を取って参りますね!」
そう言うや否やリンさんは、はにかんだ顔をしながら急いで部屋を出ていったのだった。
リンさん……仕事に真面目な美人で素敵なお姉さんだと思っていたんだけど、こんなにかわいい一面もあるなんて!オジさん勘違いでももっと頑張っちゃうゾ!
「いや~?今日もオジさんガンバッて魔石納品しちゃおうカナ?」
《…………あのリンとか言う娘。やりますね!しかし私の前では無意味!チャージ完了。電気ショック実行します。》
可及的速やかにノインに電気ショックが実行され気持ち悪いオジサンは姿を消したのだった。
そうしてしばらく待っていると資料を持ってリンさんが帰って来たので、そのまま昨日の続きの説明をしてもらう事となった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「説明は以上となります。何か質問はございますか?」
資料にそって行われた説明は30分ほどで終了した。
今聞いた話しの内容を簡単にまとめるとこうだ。
まず商業組合への登録にあたって組合に最低1万ゴルド納めないと駄目らしい。最低1万という言葉の通りそれ以上納めることもでき、その納めた金額によって最初に分けられるランクが違うらしいのだ。
ちなみにランクはブロンズから始まり、シルバー、ゴールド、プラチナ、ブラックの順に高位となっていく、貰えるプレートの色もランクに準じているようだ。
さらにその同じ色の中でも10段階の差が有るようで、サンプルで見せてもらったプレートの内部には星の形をした模様が浮かんでいる欄があった。
この星の数の増減は評判や、街への貢献度、組合への貢献度等で決まるらしく、プレートの色の様にお金を出せば手に入る物でもないので取引するにあたり、一定の信用度を測る目安になるようだ。
まぁ色もそれだけ資金に余裕があるという目安になるので高位であればあるほど良いのは間違いないだろう。
「概ね理解できました。ありがとうございました。」
「いえいえ。この先また何か分からないことが出てきましたら、お気軽におたずねください。それではノインさんは登録希望とのことでしたので、後は納める金額なのですが……いかがいたしましょうか?」
俺としてもかっこいいブラックプレートは持ってみたいが全財産は昨日ここで調達した200万のみ。まだ魔石のストックは大量にあるとはいえ、そう何個も希少な高純度の魔石を売りに出したら怪しまれるであろう。なので決して無駄使いは出来ないのだ……。
とりあえず無いものは仕方がないので最低金額で行くと俺は決めた。
「そうですね……。お恥ずかしながら資金に余裕が無いので最低金額でお願いします。」
「かしこまりました。それではノインさんは昨日持ち込まれた希少魔石の実績がございますので、それらを加味して……シルバーの星2スタートとなります。」
おお。昨日のここでの買取も実績になるのか。ランクは高いにこしたことは無いだろうし嬉しい誤算だ。
「ありがとうございます。ではそれでお願いします。」
「とんでもございません。昨日の魔石を安く売って頂いたお礼に、イレリアからしっかり実績として対応するようにと仰せつかっておりますので。」
「……そうでしたか。ではイレリアさんに私が感謝していたとお伝えください。」
サムズアップする残念美人の顔が思い浮かんだが全力で振り払った。
「はい、イレリアにはそう伝えておきますね。では会員プレートを発行して参りますので少々お待ちください。」
そう言うと席を立ち、扉の向こうへリンさんは消えていった。
「無事に登録できそうだな。」
《そうですね。ちなみにマスターはどんな商売をされるおつもりですか?》
「ふっふっふっふ。実はもう決めてあるんだなこれが。」
《ろくでもない事な気がしますが。一応聞いておきましょう。》
「実はだねアイちゃんくん俺には夢が…」
俺が前々から考えていた事を伝えようとしたタイミングで扉が開いた。
「ノインさんお待たせいたしました。ではこちらが会員プレートになります。」
目の前に星が2つ刻まれている銀色のプレートが差し出される。それに手を伸ばそうとしたところでリンさんからとんでもないことが告げられた。
「最後に本人登録を行いますね。このプレートに魔力を流してください。」
思わず俺の手が止まる。
不味いぞ……非常に不味い。俺には魔力なんて無い。
「ま、まりょくですか?」
「はい。魔術を使うわけではないので普通に触れていただくだけで大丈夫です!」
「な、なるほど……。」
口ぶりからしてこの世界の人は大小差はあれど誰でも魔力をもっているのだろう。最後の最後にこんなトラップがあるとは。
俺はこの刹那の時間で必死に考える……が、当然妙案が思いつくわけもなく頼れる相棒に助けを求めた。
(アイちゃん!ピンチです!どうしましょう?)
《ないものは仕方ないので開き直ってオクタム粒子でも流してみては?駄目だったらこの商人としてのアンダーカバーを作るプランは諦めましょう。》
(そんな!くそっ!俺のロマンが!……やってみるしかないか。)
俺は覚悟を決めわずかにオクタム粒子を指先に集中させプレートに触れた。
すると一瞬だけプレートが蒼く輝きすぐに元に戻ったのだった。
「えっ?蒼色!?」
「………………。」
《上手くいったようですね。》
どうやら無事に本人登録とやらはできたようだが、やはり通常の反応とは少し違ったらしい。リンさんは驚いた表情をしている。俺は沈黙を貫きここを乗り切ると決めた。
「えーと……。はい……無事に本人登録完了です……。」
「ありがとうございます!」
ここは何かつっこまれる前にさっさと退散するのが正解だろう。
俺はプレートを受け取るとすぐに立ち上がりそそくさと扉に向かう。
「リンさん色々とお世話になりました!すみません、この後予定があったのをすっかりと忘れておりました。私はこれで失礼しますね!また何かあったらお伺いします!」
「あ、はい…。」
こうして俺は素早く商業組合を脱出したのであった。
街の広場まで歩いたところで一息つく。
「ふー。まさか最後にあんな試練があるとは……。」
《目的は達成できたので良しとしましょう。》
「そうだね……。この後どうしようか?」
《予定よりも早く終わったので妹達の所へ行きましょう。》
「おっけーそうしようか。向こうも無事に終わってるといいけど……。」
一抹不安を感じながら俺は冒険者組合に向けて歩き出すのであった。
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