第13話

 【中立都市ラビリスティア】―――何人も寄せ付けぬ【魔樹海】の南方に位置し、西の【ノルン連邦国】と東の【エルド帝国】のちょうど中間に存在する都市である。


 時折、北の樹海から流れてくる強悪な魔物から、はたまた同族の侵攻から身を守るためなのか、それらに対応する強固な防壁が都市の周囲を囲っており、要塞都市としても知られる街であった。


 また、東西をつなぐ貿易都市としての一面もありその性質上、様々な人々の流入がある。国が違う、人種が違う、思想が違う。そのような人々が交われば大きなトラブルの一つも起きそうなものだが、この都市では一切の争いや差別は禁止とされており、さらに奇跡的なことにその掟は完璧に守られているのだった。


 都市の中央にある巨大なタワーは元には【ダンジョン】と呼ばれる迷宮があったらしく、現在ではその機能を停止しているダンジョンの入口を中心として街が形成されており、先のことまで計算されて区画整理されているであろうその街並みはとても美しく見える。

 

 さらにその都市より南方の地域へ下ると現在も機能しているダンジョンが複数存在しているらしく、そこで手に入る宝や名声を求めて各地から腕に覚えのある者、【冒険者】が街に多く集っていた。

 そのような者達からはこの都市は別の呼ばれ方をしている。





 【迷宮都市ラビリスティア】―――と。





 




 宿場町を出発しアイク達の馬車に揺られ暫くたった。そろそろ日も落ちはじめ辺りは薄暗くなってきているようだった。そこに御者をしているアイクから声がかかる。


「おーい!そろそろ着くぞー!」


 そう言われ俺たちは降りる準備を始めた。街に入るのに何か身分証のようなものが必要かもと思い先にそれとなくアイク達に聞いてみたのだが、簡単な検査を行えば問題ないらしい。


 フレンさん曰く「犯罪者などを見極める魔道具があるのでそれを使った簡単な検査なのですぐ終わりますよ。」とのこと。ちなみに冒険者達は所持している紋様の入ったプレートが身分証となるらしい。


「俺たちは検査があるから一旦お別れですね。」


「そうですね。私達は依頼の報告の為に街の冒険者組合にしばらくいるので、そこでお待ちしていますね。」


 ここで彼らとは一旦分かれるのだが、なんでも俺達のおかげで依頼達成できたことのお礼を兼ねて食事をご馳走してくれるらしい。この世界で初めて出会った人たちが良い人たちで本当に良かったと思う。


「ありがとうございます。後ほど伺わせてもらいます。」


 そうして馬車は街の入口までやってきた。遠くからも街を囲うような大きな壁がみえていたが近くで見ると圧倒されるような迫力があった。

 先にアイク達は手続きを済ませ街の中へ入っていく。その後に続いて俺たちも進んでいった。

 どうやらアイク達が事前に説明していてくれたらしくスムーズに検査する場所まで通された。


「中立都市ラビリスティアへようこそ。早速ですがこれから検査を受けて頂きます。とはいっても簡単な質問と犯罪歴を見るこの魔道具に手をかざして頂くだけなのですぐに終わりますよ。」


 そう言われ俺たちは別々の部屋に通された。言われた通り質問の内容も簡単なもので街に来た目的や自分の職業について聞かれる程度だった。

 質問が終わり、最後に水晶のような球体に手をかざすと蒼く光り始めた。それを確認した衛兵は一度頷き口を開いた。


「お疲れさまでした。犯罪歴もなしという事でこれで終了です。ご協力ありがとうございました。」


「ありがとうございました。」


「アイクさん達の言う通り問題ありませんでしたね。」


 衛兵にまで名前が知られているとなるとアイク達はある程度名の通った冒険者なのだろうか?担当してくれた衛兵に聞いてみる。


「アイクさん達は有名人なのですか?」


「そうですよ。冒険者の中でも上位の三等級パーティですからね。今日も魔樹海に行っていたようですし……先ほど軽く話を聞きましたが幸運でしたね!」


「いやーおっしゃる通りです。彼らがいなかったら私は無事ではなかったでしょう。」


 どうやらアイク達は結構凄腕の冒険者らしい。珍しいらしい魔術士が二人もいるし当然かと納得した。スムーズにここまで通されたのも彼らのネームバリューがあっての事だろう。


「そういえばアイクさん達から冒険者組合の場所を教えるように言われていたのでした。いま簡単な地図を書きますね。」


「ありがとうございます。お願いします。」


 衛兵は地図を書き終えると俺に簡易の認識表と一緒に俺に手渡してきた。


「それではこれが地図です。こちらの認識表は一時的なものとなります。正式なものは都市中央にある事務所で一定のお金を収めて頂くと発行できます。」


「なるほど。観光程度だったらこの認識表のままで、定住するとなると手続きが必要なのですね。」


「ノインさん達は商売が目的ということなので商業組合に登録すれば問題ないと思いますよ。商業組合の場所もこの地図に書いておきました。」


「何から何までありがとうございます。」


「最後になりますが、この街では争いや種族間に対する差別などは一切禁止されております。違反が確認されると非常に重い刑罰があるのでご注意下さい。」


「わかりました。」


 種族の違い?……ファンタジーものによくある獣人やエルフといった人々が存在しているのだろうか。非常に気になるが皆を待たせても悪いのでその場は一旦聞き流し席をたった。


 こうして俺は無事に街に入ることが出来た。アインス達も問題なかったようで通された出口の先で待っていた。


「みんな無事に済んだようだね。」

「はいノイン様。問題なく終わりました。」

「ウチも~。」

「余裕……。」


 みな問題なく済んだようで一安心である。日も落ちてきているし、とりあえず宿など探した方がよさそうだが……場所がわからない。少し悩んでいるとアイちゃんから声がかかる。


《マスター。まずは商業組合に行きましょう。宿を取るにもお金が必要です。》


 そう言えば俺は無一文だった……。


「そうだった。とりあえずここに来るまでに集めた素材を売れるか聞いてみよう。しかし少し困ったな……」


 ここまで聞いてきた話を考えてみると、あの樹海……正式には魔樹海と呼ばれているらしいがあそこは上位の冒険者であるアイク達も手こずる程の場所らしい。そこで手に入れた素材なら高く売れそうだが……冒険者でもない俺たちがあまり多く売りに出しても怪しまれるだろう。


「うーん……。どうするか。」


《素材は別としてあの赤い宝石のようなものなら大丈夫でしょう。推察するにあの宝石はエネルギー結晶のようなものなので、所有していた個体を判別するのは無理だと思われます。》

 

「そうするか。まぁ手に入れた経緯は旅の途中で倒したって感じで。」


 アイちゃんの案を採用し、俺は地図に書かれた商業組合に向かい歩きはじめた。






 しばらく歩き目的の場所に到着する。非常に大きな建物だが、日も落ち始めている時間なのもあってか人の出入りは少なく見えた。


「ここか。とりあえず買取が出来るか聞いてみるか。」


 俺は大きな扉を潜り建物の中に入った。中には数人の商人らしき人の姿が見えたが、外で感じたように人は少ないみたいだ。

 そのまままっすぐ進んだ先に受付らしきものがあったのでそこに向かう。


「すみません。こちらで魔物の素材の買取はしていますか?」


「いらっしゃいませ。商業組合へようこそ。素材の買い取りでしたらこちらでお受けいたします。」


 買取してくれるとのことに俺はほっと胸をなでおろす。俺は鞄から素材を取り出すふりをしながら15センチほどの細長い赤い宝石を2つ取り出した。もっと大きなものも沢山あるのだが、ここは所持しているものの中でも小さめのものを出すのがベストだろう。

 

「これは……!失礼しました【魔石】の買取ですね。ありがとうございます。一度お預かりして鑑定させていただくのであちらの席でお待ちください。」


 受付の女性にそう案内され俺たちは近くの席に腰をおろした。あの赤い宝石は【魔石】と言うらしい。見せた時に一瞬目を見開いていたのが少し気になるが出してしまったものは仕方ない。言われた通りおとなしく待つことにした。




 程なくして先ほどの受付をしてくれた女性から声をかけられた。


「お待たせ致しました。鑑定の結果が出たのでこちらへお願いいたします。」


 そう告げられ俺たちは奥にある個室に案内された。てっきりその場で清算されるものだと思っていたが違うらしい。

 案内された部屋に入ると先ほど受付に出した魔石に髪を振り乱しながら頬ずりしている奇妙な女性がいた。


「はぁ~……美しい……。こんなに美しい魔石は久しぶり……。ん~!チュッチュッッチュ!」


「……イレリアさん。そちらの魔石を買い取りに出してくださったお客様をお連れしました。」


「へ?」


 魔石に頬ずりどころかなめ回す勢いで口づけをしているその女性は、俺たちを案内してくれた受付の女性に声をかけられ間抜けな声を出した。

 その奇行には流石の俺もドン引きである。アインスは「見てはいけません」と言いながらツヴァイとドライの目を塞いでいる。

 そしてイレリアと呼ばれた変態……女性と目が合うと一瞬時が止まったような静寂が訪れる。


「よ、ようこそ商業組合へ…………その……そ、そこにかけてくれたまえ。」


「…………失礼します。」


 とんでもないものを見せつけられた俺だったが、なんとか平静を取り戻す。イレリアの目はまだ泳いでいるようだったが、俺はさっさとこの清算を終わらせて立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。


「し、失礼した。あまりに美しい魔石を前に我を忘れてしまっていたようだ。私の名前はイレリア。この商業組合で鑑定士の取りまとめをしている者だ。」


「よかった変態かと……ノインと申します。その……お気になさらず。」


 落ち着きを取り戻したイレリアは普通に喋りかけてきたが、どこかまだ様子がおかしい。


「へ、変態……いやーこれはそのこの魔石が素晴らしすぎてね……へっへっへっ……ん~美しい……。」


「やっぱり変態じゃないか!」


「イレリアさん……。お客様が困惑されています。お話があるのではなかったのですか?」


 受付の女性にそう促されたイレリアはハッとした様子で落ち着きを取り戻し口を開いた。


「そうだ!そうなのだよ!ノイン君たちが持ち込んだこの魔石!この高純度の魔石をどこで手に入れたんだい!?これは素晴らしいよ!サイズは小さいけれど純度が素晴らしい!!これはなかなか見れるものじゃないんだ!!さぁ教えてくれ!さぁ!さぁ!」


 目を見開きぐいぐいと俺に顔を近づけてくるイレリア。黙っていれば美しい顔立ちの女性なのだろうが正直言って怖い。なんかハァハァ言ってるし……。


「それ以上ノイン様に近づくのは認められません。」


 俺が再びドン引きしていると、アインスが俺の前に立ちはだかりアイアンクローのようにイレリアの顔をつかみ奥に押しやる。


「ぎゃー!!!いだだだだあ!すまない!いたたたたた!ちょっとリン!助けて!いたたたたったたたた!!」


「自業自得です……。申し訳ございませんお客様……。」


 リンと呼ばれた受付の女性は頭に手をやりため息をついている。


「ぎゃー!外れない!この人力強すぎーーー!!!イタタタタタタ!!!!」


 

 相変わらずイレリアはアインスのお仕置きを受けている。

 

 アイテムを売りに来ただけなのにどうしてこんなことに……

 

 俺には混沌としているその空間から目をそらし、遠い目をしながら窓の外を眺めることしか出来なかった……。

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