閑話 01

 時は降下作戦が開始される日より3日ほど遡る―――。

 いつの間にか船内に作成されていた秘密の部屋に3つの影があった。

 ここでは夜な夜な秘密の会議が行われているという。

 

「今日は4回も褒められました。」

「ウチも~!」

「私は……頭撫でられた……。」


 今日の戦果をお互いに報告し合う姉妹達。その表情には笑顔が伺える。

 そう、ここは主であるノインにどれだけ褒められたかを自慢し合う……否、報告し合う彼女達だけの秘密の部屋なのだ。この部屋の存在をノインは一切知らない。

 

「妹達よ。日々ヒロイン力を磨いているようですね。素晴らしいです。」


 そう言いながら部屋に入ってきたのは、この部屋を船内に用意した張本人。妹達に甘いと定評のあるアイちゃんである。


「アイちゃん姉様。本日はなかなかの成果のようです。」

「アイちゃんねえ!アドバイス通りにしたらうまくいったよ!」

「うん……撫でて貰えた……。」


 アインス達の報告を聞き満足そうに頷くアイちゃん。


「引き続き励むように。ヒロイン力は日々の積み重ねが大切なのです。」


 なぜこのような部屋を作り、アインス達に自慢大会……否、ノインとのスキンシップの報告をさせているかというと……。もちろんノインのためである。


 ある程度の女性経験はあるとしていたのに、妹達と出会った時に完全にポンコツになってしまっていたマスター。時間が経ちある程度は慣れてきたようだったが、まだ時々挙動不審になったりしていたため、これではいけないとアイちゃんは考えた……そして出した結論は「とにかく慣れさせるしかない」といったシンプルなものだった。


 それからは妹達からいつも以上にスキンシップを取るように指導し、徐々にノインからの自発的なコミュニケーションを誘発しやすい環境を作ってきた。

 

 それに妹達もノインと仲良くしたいと願っていたようなので、その願いを叶えるのはみんなの姉であるアイちゃんの役目なんだという、ひそやかな使命感もあった。


「最初は顔を見てまともに会話すらできなかったポンコツマスターでしたが、大分改善されているようですね。ちなみにあの時の映像はバッチリ録画してあるので、マスターには3年後に見せましょう。」



 …悪魔の所業である。



 報告もある程度終わると、それからはみんなでお茶を飲んでお菓子を食べたりしながら他愛もないおしゃべりをする時間となる。ノインの為に行われている報告会だが、この時間は姉妹達とアイちゃんにとっても大切なものであった。


「では何もなければそろそろ解散としましょう。」


 しばらく経ち、夜も更け寝るには良い時間となってきたので、アイちゃんがそう声をかける。

 いつもならここで解散となるが、今日はどうやら違うらしい。

 小さく手を上げながらアインスが口を開く。


「アイちゃん姉様。実はお聞きしたいことがあります。」

「姉にわかることならば何でも答えましょう。」


 胸をはり自信満々といった様子でアインスを見つめるアイちゃん。


「ありがとうございます。実は前々から気になっていたのですが、ノイン様の素顔ってご存じですか?実は私たち姉妹は一度も見たことがなくて……。」


 ツヴァイとドライもうんうんと頷きながら、非常に興味があるといった様子で話をきいている。


「勿論ですアインス。私はマスターの事なら何でも知り尽くしています。当然素顔も……むむ…………素顔……?……そういえば見たことないかもですね。」


 アイちゃんはめったにない見せない驚いたような表情をしている。しかしすぐさまいつもの無表情に戻ると色々と考え始めたようだった。


「アイちゃん姉様でも知らないとなると……もしかして触れてはいけない部分なのでしょうか……?」


 アイちゃんでも知らないこととなると余程の秘密があるのだと思い。アインスはそのことに触れてしまったことに対して反省し落ち込んでいた。しかしそんなアインスの考えを否定するようにアイちゃんは告げる。


「いいえマスターの顔面程度にそのような重い設定は無いはずです。あったとしてもそれはそれで少し生意気マスターですね。確認するためにも早速あのポンコツヘルメットを剥ぎ取りに行きましょう。」


 そう言いウキウキとしながら部屋を出ていこうとするアイちゃんをアインスが止める。


「お待ちください!確かに大した理由はないのかもしれませんが、ここまで不自然なまでに素顔をみせていないのです。もしかしたら見せてはいけない何か理由があるのかもしれません……。」


「なるほど……よいでしょう。ではこの件はアイちゃんに任せてください。素晴らしい作戦を思いつきました。」


「「「おー!」」」


「この作戦を持ってすれば、自らヘルメットを外すこと間違いなしですね。早速明日からマスターの頭剥ぎ取り大作戦を決行します。もちろん妹達にも働いてもらいますよ。」


「「「はい!」」」


 どこからか取り出したメガネを装着し不敵に微笑むアイちゃんとやる気に満ちた妹達がそこにはいたのであった。





 朝のトレーニングの時間になりノインが眠そうな雰囲気でトレーニングルームに入ってくる。


「ふあ〜。おはようアイちゃん、アインス。ってなんだかこの部屋暑くない?」

「おはようございますマスター。はい。今日は超熱帯を想定した戦闘訓練です。」

「おはようございますノイン様。本日もよろしくお願いします。」


「なるほどそういこうことか、了解だよ。アインスもよろしく。しかしめちゃくちゃ暑いな!これ耐性なかったら干からびてない?」

「そうですね。カリカリかもしれません。」

「こっわ!」


 それから軽く打ち合わせをし戦闘シミュレーションを2時間ほどこなす。

 その様子をどこからか取り出したメガネを装着しながら見つめるアイちゃん。その顔は自信に満ち溢れている。そうこれは全てアイちゃんの作戦なのであった。

 

題して「地獄の釜戸で頭蒸しあげ大作戦​」。


 超高温の室内で行われる長時間の運動!そこから導き出されるのは……蒸れに蒸れたヘルメットの中身!イコール脱ぐしかない!

 そして、このタイミングでアイちゃんはアインスに合図を送る。それを確認したアインスはどこからともなく冷えたタオルを取り出しノインに差し出した。


「ノイン様お疲れ様です。こちらをどうぞお使いください。」

(完璧なタイミングです。アインス。この暑い中で最高のタイミングで差し出される冷えタオル。これでマスターも思わずヘルメットを外すしかないはず……。)

 

 勝利を確信しその時を待つ二人。しかしノインは二人の予想とは別の行動に出る。


「おお!わざわざありがとう。」


 そう言って受け取りそのままヘルメットのバイザーを拭き始めた。


「いや~温度の自動調節機能があるとはいえさすがに曇るな~。」


「…………はい。」

「…………やりますね。」


 がっくりとうなだれるアインスと珍しく悔しそうなアイちゃんがそこにはいた。





 その日の昼食時、アイちゃんの第二の作戦が遂行される。


 題して「妹達の手料理は脱がなきゃさすがに食べられないだろう大作戦」。である。


「マスター。本日はツヴァイとドライが昼食の用意を手伝ってくれました。期待してください。」

「おおー!それは楽しみだ!ツヴァイ、ドライ、二人共ありがとう。」


 その言葉に照れた様子の二人だったが、アイちゃんからの指令は忘れていない。


「出来立てだから早く食べて!」

「出来立てが……一番……食べる。」


 そう言いノインの前に出されたのは巨大なハンバーガーであった。4重のパティの間からは濃厚なチーズと肉汁が流れ出ており、新鮮で鮮やかな色のトマトとレタスが彩を加えている。

 

 (この巨大ハンバーガーの前ではナイフとフォークを使うのがベスト。しかしフルフェイスの口元だけ開けて食べようなんてことは、このアイちゃんの目が黒いうちは許しません。)


 アイちゃんは二人に目線で合図を送る。それを受けて二人が口を開く。


「いや~めちゃくちゃ美味しそうなんだけど大きいな!流石に切り分けながら……」


「それはそのまま齧り付くのが美味しんだよ~!」

「そのまま……食べて……?」


 妹力を全開にした二人がノインに可愛くおねだりをする。それをされてはポンコツになってしまうのも無理からぬことであろう。


「そ、そのままか~。……それが美味しいんだよね。わかったよ。」


「「やったー!」」


(流石は私の妹達。末恐ろしい妹力です。このサイズをそのまま齧り付くのは不可能。この勝負もらいましたね。)


 本日二度目の勝利宣言と共にその瞬間をまつアイちゃんと妹達。しかしまたしてもノインは予想とは違う行動をとる。

 ハンバーガーを手にする前にヘルメットを取ると思ったのだが、なんとそのままハンバーガーを両手に持ち口の前まで運んだのだった。

 そのままでは絶対に食べられそうな状態ではないのだが、次の瞬間驚愕の現象が起きる。

 なんと口の前まで運ばれたハンバーガーの一部がのだ。


「いただきます。……うん!めちゃくちゃ美味しいよこれ!」


「「「・・・・・・。」」」


「モグモグモグ。うん、ほんとに美味しいなこれ!」

 

 驚いている三名をよそにノインはハンバーガーを食べ続ける。


「マスター……どうやって食べているのですか?」


 アイちゃんは計算にないあまりにも不可思議な現象に思わず尋ねる。


「ん?ああ、これ?モグモグ」


 この瞬間にもハンバーガーは隅の方から消えていっている。


「これね~俺も昨日気が付いたんだけど、このヘルメットに謎の便利機能があってさ…」


 ノインはそう切り出し説明しはじめた。

 どうやらヘルメットには着用したまま飲食できる謎機能が備わっているようで、着用したまま思うだけで自動で発動されるそうだ。


 しかも無駄に高機能で口元のあたりまで運ぶと消えて最適な温度で口の中に転送されるらしい。ノインの予想だがどうやらゲーム時代の装備を着用したまま飲食をしていた部分を再現しているのではとのことだった。


 予想外の機能に再びうなだれるアイちゃんたち。その様子には全く気が付かず食事を続けるノインであった……。






 その日の夜、ミーティングを終えそれぞれが部屋に戻っていく。


「姉妹達にポンコツにされていたのにやりますね!流石は私のマスター。」

「……アイちゃんはどこに向かって何を言っているの?」


 モニターに向かってメガネをクイッとしながらポーズを決めている。めずらしくハイテンションなアイちゃんをノインは不思議そうに見つめていた。


「いえ。健闘を讃えていただけです。」

「よくわかんないけど俺は一旦部屋に戻るから。おやすみアイちゃん。」

「お休みなさいませ。マスター。」


 頭を下げながらも横目でノインの後を追うアイちゃん。そして姉妹達にテレパシーを飛ばす。


《たった今マスターが部屋に戻りました。1020秒後作戦開始です。》


 向こうでやる気に満ちた気配を感じる。


《それでは参りましょうか。題して「お風呂でドッキリ大作戦」開始です。》






 アイちゃんたちはそろって共同風呂の前まで来ていた。その姿は全員タオル一枚である。しかも今の時間帯はであった。


「いきますよ妹達よ。」

「ほ、ほんとうに行くのですか?」

「や、やっぱやめたほうが~?」

「……はずかしい……。」


「大丈夫です。流石のマスターもお風呂では脱ぐはずです。私の計算では成功率は120%です。」

「そ、そういうことでは……。」


 何か言いたげな妹達を無視して浴場に押し込むアイちゃん。今の時間帯には当然ノインがいるのだがアイちゃんはお構いなしに押し込み浴場になだれ込む。


「ここまでポンコツながらよくやったとは思いますが、それもここまでです。観念しなさいマスター。」


「!!!!!!?????」


 どういう理由かまったく不明だが、ノインはアイちゃんたちがタオル一枚で浴場に襲撃してきたことを超感覚で察知し、高速で顔を背け両手で顔を覆う。


「ドウイウコトナノ?」


 後ろを向き必死で声を振り絞る。


「マスターつべこべ言ってないでこちらを向くのです。」


 アイちゃんは仁王立ちである。


「ゼッタイムリデス!」


「よもやここまでポンコツとは。やれやれ世話が焼けますね。妹達よやっておしまいなさい。」


「す、すみません。隣、し、失礼します。」

「えーい!こうなったらもうどうにでもなれだ!」

「……ぬくぬく。」


 ノインはポンコツに成り果ててもはや声も出せないらしい。


「妹達よ。そのまま組み付き邪魔な手を引きはがすのです。」


 勝った!第一章完!……誰もがそう思った瞬間―――


「これ以上は無理だあああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 ノインが移動用のスキルまで発動させ、叫びながら目にもの止まらぬ速さで浴場を抜け出したのだった。


「ここまで来て逃がすわけには!部屋に籠られる前に取り押さえるのです。」


 そう指示を出し浴場を飛び出したアイちゃんだったがそこにもうノインの姿はなく、遠くでドアのロックされる音が聞こえるのだった。



 



 しばらくした後4人はミーティングルームに呼び出され正座をさせられていた。


「えー色々言いたいことはあるんだけど……アイちゃんどういう事?」


 普段は優しいノインだが怒らせると怖いらしい。妹達は目に見えて萎縮しておりうつむいている。


「よもやここまでやるとは。流石マスターですね完敗です。よろしい我々の計画の全貌を説明しましょう。」


 美しい姿勢で正座をしながら悪びれる様子もなく言い放つ。 


「……ねぇ、やっぱり今日のテンション高くない?」


「私はマスターの素顔を知るために今回の計画を立てました。」


「やっぱりそこは無視なんだよね?……って素顔?」


 こうなってしまうとアイちゃんのペースである。


「はい。私のデータにもなく。いついかなる時も完ぺきに隠蔽されたその素顔を知りたくて私が計画をたて色々指示を出しました。妹達は無実なので許してあげてください。」


 アイちゃんの言葉に妹達は自分たちも同罪と抗議していたようだが、アイちゃんはまったく取り合っていなかった。


「はぁ……そんな事だろうと思ったよ。なんか色々みんなの様子がおかしかったし……とりあえず反省してるようだし全員許すよ。とりあえず席に座ろうか。」


 その言葉に従い全員立ち上がり席についたのであった。

 



「それでこのヘルメットの下の顔か……そんなこと言ってくれればいくらでも見せるのに。」


「はい。そうだろうとは予測できていましたが、色々あって面白そうだったのでつい。」


 さすがのこの言葉には姉妹達も「えっ?いまただ面白そうって言った?」みたいな様子でアイちゃんをジトっとした目で見ている。

 その様子にアイちゃんは「やれやれまだまだ妹達にはヒロイン力が足りませんね。」と謎の言葉をつぶやきながら肩をすくめている。


「それは良いとして。そろそろ見せて頂けないでしょうか。」


「いつの間にかすごく責められてる気分になってきたんだけど気のせいだよね?」


「気のせいです。ではお願いします。」


「……いいけど。本当に普通だよ?」



 そう言いヘルメットを外すノイン。


 皆が息をのむのが伝わってくる。




 そしてそこに現れたのは―――。












 翌朝になり全員が食堂に集まってくる。

ノインがアインス達と挨拶を交わしていると気になることがあった。



「ん?みんななんか顔赤くない?」



 世の中にも気が付いても言わなくても良い事というのはある。女性経験があるポンコツではそれに気が付けないのだ。



「ポンコツマスター減点100です。」


「どうしてぇ!?」


 ポンコツの空しい叫びと共に新しい一日が始まるのであった。













 あの日見たことはしばらく4人だけの秘密となった。

 高性能なスーパーAI曰く、


「このことは我々だけが知っていれば良い事ですね。マスターには引き続きそのこだわりを継続してもらうことを推奨します。特に我々の前以外では。」 


 とのことらしい。謎は深まるばかりである。


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