第7話

 ブリッジに集合した俺たちは着席し、作戦開始の時を待っていた。アイちゃんは指令席に、姉妹たちは補助の為にオペレーター席に座っている。

 俺はというと適当に空いていた隅の方の席に座っていたのだが、「そんな所で遊んでないで、私の後ろの艦長席にお願いします。」とアイちゃんに引きずられそのまま後方の高い位置にある艦長席に座らされてしまった。


 俺に出来ることはないので……というか何をしていいのかまったくわからないので、せめて皆の邪魔にならないように隅の方で大人しくしていようと思っていたのだが、アイちゃん曰く皆の士気が上がるのでこの席が良いらしい。

 そうは言われてもただの置物にしかならないと思うが、まぁ応援係だと思ってここで大人しくしていることにしたのだった。

 


 それから数刻経ち、モニター越しに見ていたはずの惑星は、手を伸ばせば届きそうなくらいの距離まで近づいていた。眼前に青く美しい光景が広がっている。

 初めて目にするその光景はあまりに美しく俺はとても感動していた。こんな時じゃなかったら興奮してこの光景を背景に写真の一つでも撮っていたであろう。しかし今は大事な作戦の前である。浮かれている場合ではないのだ。

 

 それから程なくして船の進行が止まり、アイちゃんが口を開いた。


「予定のポイントに到着しました。それではマスターお願いします。」


 その言葉を聞き皆が一斉にこちらを向いた。そのやる気に満ちた目は、俺からの号令を待っているのであろう。士気向上のためにも何か気の利いたことが言えないか少し考えたが、そこは元はただの一般人のサラリーマンの俺だ、難しいことは考えずいつも通りの調子でいこうと決めた。


「さて、いよいよ作戦開始だ。この日の為に色々準備はしてきたが、ここから先は何が起こるかわからない。予測できないような事態が起き窮地に陥ることもあるかもしれない。しかし……。」

 

 俺の言葉に皆は真剣な様子で耳を傾けている。俺は言葉を続ける。


「しかし、皆で力を合わせればどんな困難にも打ち勝てると俺は信じている。皆の力を貸してくれ。……それにせっかくの冒険だ、楽しんでいこうか!」


 その言葉を聞いた姉妹達は感激した様子で敬礼し俺に応えた。アイちゃんは目を伏せ腕を組みながら満足そうにウンウンと頷いている。

 その様子に俺は今一度気を引き締めなおし号令をだす。


「では作戦開始だ!あとは任せたよアイちゃん。」


「了解しました。それではこれより降下作戦を開始します。全船内の隔壁閉鎖。耐熱・耐衝撃フィールド起動……」


 俺の号令と共に真剣な様子で各員が動き出す。こうなってしまったら俺に出来ることはもう見守る事だけだ。先ほどまであった少しの不安な気持ちはもう無い。みんなを信じて進むだけだ。


「各部システムの最終チェック・・・オールグリーン。」

「大気圏突入フェイズに移行します。開始まで5、4、3、2、1……突入します。」


 徐々に目に映る景色がオレンジ色に染まっていく。フィールド効果のお陰かほとんど揺れは感じない。船外からの音は聞こえてくるが、予想していたよりも静かな様子に少し拍子抜けしていた。まぁこれもESOというゲームの設定を考えれば当然と言えば当然の結果だろう。

 そうこうしているうちに徐々に視界に映る景色が変わってきた。

 



「中間圏突破。成層圏突入。反重力装置起動、姿勢制御開始。光学迷彩起動します……む。」


 このまま何事もなく無事に終わればいいな。なんて考えていた事がフラグになったのだろうか、これまで機械的に声を発していたアイちゃんが、何かに気が付いた様子で一瞬言葉を止めた。そしてこちらを向き報告をしてくる。


「マスター地上よりこちらに向かってくる生体反応を確認しました。モニターに出します。」


 そこに映し出されたのは……


「ド、ドラゴン!?」


 俺は驚きのあまりにおもわず声を上げた。ナンデェ!ナンデドラゴン!?いきなりの事過ぎてパニックだ。まさか運命の第一村人がドラゴンとは……しかもこちらに向かってきているという。無事に終わりそうだったのに勘弁してくれというのが俺の正直な気持ちだった。とりあえず逃げれるなら逃げたいけど……。


「迎撃しますか?」


 アイちゃんが物騒な提案をしてきた。

 迎撃って……出来るのか?出来るんだろうな……。

 ドラゴン……ESOには言葉を話しこちらと意思疎通できる個体もいた。地上からこちらに向かって来てはいるらしいが相手に敵意は無いかもしれない。その場合いらぬトラブルの元になりかねないと考えた俺はその提案を却下した。


「いや迎撃はしない。回避して振り切ることはできる?」


 そう訊ねる。


「可能です。ですが予定より船のエネルギーを多く消費することになります。」


 なるほど、エネルギー消費を気にしていたのか。確かに船のエネルギーにまだ余裕があると言っても有限だ、先の事を考えれば無駄な消費はできるだけ避けたいと考えての提案だったのだろう。しかしここは安全第一、意思の疎通が可能な個体の可能性もあるし、ここは無用なトラブルを避けるためにも逃げの一手が良いと感じた。

 

「それで構わないよ。無駄な争いは避けたいし安全第一でいこう。」


「了解しました。飛来生命体仮称:ドラゴンより回避行動をとりつつ振り切ります。オクタムエンジン最大稼働、全速前進。」


 その宣言に応えるように機体の各部位から蒼いオクタム粒子が漏れ出しバリアのように機体を包み込む、そして全てを置き去りにするかのような勢いで加速し始めた。それはさながら蒼い流星のようだった。


「ドラゴンとの接触まで5秒程です。急旋回及び衝撃に注意してください。」


 そう言われるや否や眼全には漆黒の体躯をもち巨大な二対の翼携えたドラゴンが現れた。その瞳には敵意に似た何かが感じられた。


「なんだかしつこそうで陰湿な顔をしていますね。振り切ります。」


 アイちゃんはそう言いながら船体を傾けドラゴンをかすめるようにして通り過ぎた。しかしそれに反応してドラゴンも急旋回をし追ってくる。アイちゃんの言った通りしつこい奴みたいだ。

 

「やはり陰湿ドラゴンでしたか。このまま振り切っても良いですが、拠点近くまで来られても面倒です。命令を無視するようで申し訳ありませんが、対象の飛行能力を無力化する許可を願います。」


 確かに拠点近くまでついてこられては困る。しかも一瞬見ただけだが、なにやら敵意らしいものも感じた。俺はその提案に許可を出した。


「許可するよ。ごめん、俺の判断が間違っていたみたいだ……。」


「いえ、様々な可能性を考慮したうえでの判断だったと思います。悪いのはあの陰湿ドラゴンです。」

 

 俺をかばう様に言い放ちわずかに微笑えんだ。


「そうですノイン様。悪いのはあのドラゴンです。」

「そうそう。いきなりストーカーなんてサイテー!」

「……目が気持ち悪かった……変態ドラゴン……おしおき……。」


 アイちゃんの言葉に妹達も口々にまったく問題ないといった様子で賛同していた。


「……ありがとう。」


 皆はこうやっていつも俺を助けてくれる。本当に感謝だ。


「それでは目標の無力化を開始します。妹達よアイちゃんはオクタム粒子の制御に少しリソースを割くので姿勢制御の補助をお願いします。」

「了解しました。アイちゃん姉さま。」

「おっけーまかせてー!」

「…了解。」 


 妹達の返事を聞いたアイちゃんは、機体を急旋回させドラゴンに向かって機体を加速させた。相手もそれに気が付いたようで迎撃しようと巨大な炎弾を飛ばしてくる。

 しかしアイちゃんはそんなことはお構いなしといった様子で飛んでくる炎を完全に無視して船を突っ込ませる。それそのはず、飛来する炎弾は全てこちらの防御フィールドかき消されて近くに到達すことも出来ていなかったのだ。


「空飛ぶ変態から地を這う変態にして差し上げましょう。対消滅ブレード展開。このまますれ違いざまに翼をもぎ取ります。」

 

 物騒なワードと共に機体の左右にオクタム粒子で形成された巨大なエネルギーブレードが展開される。そしてそのままドラゴンに向かって急接近し展開されたブレードで両翼をあっさりと切り落としたのだった。


 そして飛行機能の一部であったであろう翼を失ったドラゴンは、そのままバランスを崩しながら怒りをはらんだ咆哮と共に落下していったのだった。


「……変態の飛行能力の消失を確認。目標達成しました。私のスーパーな計算通りに大海原に叩き落としたのでこれ以上のこちらの追跡は不可能かと思われます。」



 その勝利宣言と共に未開惑星での最初のトラブルは無事収束したのであった。

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