三十七、練られた計画

  三十七、練られた計画




 耳を疑った。


 体が未だおぼつかない状態のままで、目の前の玉座に居るオジサマの言葉に。


「本気で言ってるの? 私は、孤児で……教皇様に拾われたのよ? 人間の国で」


 でも――そう聞かされていただけで、突き詰めると定かな情報ではなかったなと思った。


 物心つく前から教会で暮らしていたし、そういうものなんだと深く考えたことがなかった。




「それは、そこのギリザーグに言われたのだろう? 辻褄の合うように言っておけと、我が指示した事だ」


 魔王だと言うオジサマの言葉は、ぞんざいなのに嫌な含みがない。


 なぜか心にスッと入ってくるものだから、少しだけどすでに、信じ始めている自分が居る。


 ――ギリザーグは、教皇様の名前だ。


 でも、魔族領のこんな所に、教皇様が居るはずがないのに――そう思いつつ魔王の視線の先、後ろを振り返ると――。




「……ハハ。奇遇だね。こんな所で再会するなんて」


「きょ、教皇様?」


 本当に居た。


 それも、魔王に跪いた姿勢で。


「って、教皇様。何か体調が悪いんじゃない? 顔色が悪いわ」


 反射的に聖女として治癒しようとしたら、体勢を保てずに崩れたのは私の方だった。


 無様に、床にうずくまってしまった。


「セレーナ! 君の方が良くないんだ。無理してはいけない」


 教皇様の声だし、いつもの落ち着いた物言いだ。


 よほど危険な状況でなければ、私が転んでも慌てたりしないのが、少し物足りなくもあった。


 ――あの口調のままだ。今みたいに。




「久々の再会だろうが、今は控えよ」


 魔王がそう告げる中、ゲンジが抱き起してくれた。


「……いいから、説明して」


 私は、ゲンジには怒っている。


 起こしてもらっても、お礼を言う気にならないくらいに。


 今、私の頭の中はぐちゃぐちゃだ。


 状況が全く分からない。


 魔族領なのに教皇様が居て、ゲンジは全て知っていそうなのにダンマリで。


 魔王は私を娘だと言う。


「何なのよ。この状況は」


 苛立ちを隠さずに、私は誰にともなく言った。




「そう怒ってくれるな娘よ。順を追って説明するために、ここに呼びつけたのだ。聞いてくれ」


 魔王のよく通る低い声は、穏やかなせいか頭の芯に届く。


「ともかく……セレーナ。我の事はパパと呼んでくれ」


「ぱ、パパぁ?」


 突拍子の無い切り出しに、条件反射で突っ込んでしまった。


「おお……憧れの響きだ」


「いや、パパって呼んだんじゃなくて!」


 驚いて口に出ただけだと、説明しようとしてやめた。


 私との会話そのものを楽しんでいるだけなのだと、分かった気がしたから。




「ハッハッハ。分かっている。まあ、それは追い追いでも良い。まずは、お前の置かれていた状況を話す前に、お前が生まれた頃の話をせねばならん」


 魔王はそう言うなり、皆を跪かせたままで、かなりざっくりとした話をした。


 私が生まれる頃の魔族領は内戦が起きていて、魔王の子となれば誘拐や殺される危険があった。


 それを回避するために、教皇様――ギリザーグに人間の王国で匿わせたのが始まり。


 元々、潜入して王国で教会を立ち上げ、大きくしていたのは教皇様の手腕で、そこで聖女として育てることにしたのも教皇様の意向だった。


 私を連れ出した数人の護衛も、教会で司祭として、一緒に私を育てたらしい。


 通信の手段は持っていたので、報告や大まかな指示は、お互いに伝え合っていたのだとか。




 ……母親は、私を生んですぐに亡くなったという。


 後で肖像画だけでも見てやってくれと、魔王に言われた。


 ――私は妻によく似ている……とも。


 内戦は、十年ほど前に平定したけれど、残務処理に時間が掛かるために、しばらく王国で過ごす事になったらしい。


 そうこうしているうちに、王国では国王が、大きくなり過ぎた教会を邪魔に思って対立し始めた。


 終ついぞ、国王による聖女暗殺の計画があると分かり、不自然ではない方法で私を逃がす事にした。


 それが、ゲンジとの魔王討伐指令に繋がったらしい。




「待って。ゲンジはどこから出て来るのよ。この人は国王に召喚されて来たのよ? だから、ゲンジは王国の言葉が分からなかったじゃない」  


 逆に言うと、私が今の会話に違和感を覚えていないのも、おかしい。


「まあ待て。それも説明する。が、皆もその姿勢では辛かったな。楽にして良いぞ」


 魔王がそう言うと、周りの騎士らしい人達と、後ろの教皇様も立ち上がった。


 ……立っているのも、楽ではないと思ったけれど。




「不思議に思っているかもしれんが、お前にはもともと、ギリザーグが教えていたのだ。こちらの領内に入ったら、自然と話せるように制御魔法を掛けながらな。王国で魔族言語を話してしまうと、ややこしい事になるだろう?」


 随分と手の込んだことをしてくれたらしい。


「それじゃあ私は、今は魔族の言葉で話してるっていうの?」


 聞こえる言葉さえ、他言語だなんて思わない。


 言葉の体系が違えば、耳慣れないはずなのに。


「脳に干渉する魔法をいくつか掛けてある。気にならん方が良いだろう?」


「……ということは、ゲンジがすぐに王国の言葉を話せるようになったのも、そういうこと?」


 そうだったなと、魔王はさも簡単な事のように言った。




「……でも、ゲンジが召喚されたのは? それも意図的に、国王が召喚するのを狙って送り込んだとでも言うの?」


 あれは王国に伝わる秘伝魔法だというのに、一体どうやって?


 そんな事が、出来るはずがない。


「難しい事ではない。発動に合わせて時空を調整し、干渉してやればこちらの思いのままに出来る。ゲンジには、強さを隠すために力を置いて行ってもらったがな。……苦労をかけた。我が友よ」


 二人は、旧知の仲特有の空気で会話をし出した。


「ああ、少しだけな。それより、早く返してくれ。こんなに脆弱になったせいで、村を一つ壊滅させてしまった……元の力があれば、村にさえ入らせなかったものを……」


 苦渋に満ちた顔で、また思い出して悔やんでいるのが分かる。


 けれど――あれだけの魔法を使っておいて、脆弱と言った?




「すまん。力は我がしっかりと預かっていたぞ。すぐに返そう」


 そう言って、魔王は懐から四つ、小さな虹色の玉を取り出した。


「……綺麗」


 それはほんのりと周りを照らしていて、その光も虹色をしている。


「我が娘はこういうものが好きか。覚えておこう」


 私に優しい視線を送りつつ、その玉をゲンジに向けて掲げた。


 ――虹の光線がゲンジに向かって一直線に伸び、そして彼の体に吸い込まれていく。


 そして魔王の手元には、ただの水晶のような、透明な玉が残っていた。




「どうだ? 余さず返せただろうか」


 私から目線を外した魔王は、ゲンジにも強い視線を送った。


 色々と想い入れがあるという、そういう雰囲気を感じる。


「……ああ。問題ない。お前は相変わらず、こういう事は器用だな」


 ともすれば、男同士でイチャイチャしているような、お互いに心底から信用して信頼がある――という視線を交わしている。


「仲がいいのね」


 別に妬いたわけではない。


 ないけど、そういうタイミングで言ってしまった私が悪かったなと、後になって悔やんだ。




「ハハハハハ! そうだ。我とゲンジは盟友だ。我が国の危機を、共に戦ってくれた戦友だ。セレーナよりも、我らの方が熱い仲かもしれんなぁ?」


 私の知らないゲンジを、魔王は知っていて……しかも、本当に心が通じているように見えるし、実際にそうなのだろう。


 そう思うと、心の奥がズキリとした。


 ゲンジは私を、子供のようにしか見ていないし、足手まといのお荷物程度にしか感じていなかった……。


 それを思い出したから。




「おや。まんざらでもないらしいな。それなら――」


 魔王はゲンジを真っすぐに見ながら、先程とは違って睨む様にして立ち上がった。


 玉座を降りて、そのまま私を抱えるゲンジの前まで、殺気を立てながら歩いて来た。


「結婚しろ。セレーナと」


 

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