二十八、ミアとの準備
二十八、ミアとの準備
ミアは幼子で、もうすぐ六歳になる。
まだ、魔法の適正があるのかさえ調べていない。
けれど、時返エルアスフィーしの秘術エーカを受けた人間は、ほとんどが魔法を使えるようになっているという実績があった。
特に、女児は治癒の力を授かりやすい。
「ミア、ちょっとこっちに来ておくれ」
素直に駆け寄る様は、まるで我が子のようで可愛らしい。
教会の孤児施設で育てたから、セレーナもまさか、あの少女だった子だとは思わないだろう。
そんな事を考えながら、教皇はミアに手を見せた。
「少し切ってしまってね。早く治るように、一緒にお祈りしてくれないだろうか」
コクリと頷く幼子は、教皇の手に手を当て、額を付けるようにして祈りの真似事をしてくれた。
すると、見事な治癒の光を放ち、それが教皇の手に収まっていく。
「……素晴らしい。ミア。ありがとう。お陰で傷が治ったよ。本当にありがとう」
予想よりも遥かに高い適性を見せた幼子に、教皇は安堵した。
「ミア。君には聖女になれる素質がある。どうだ? 聖女を目指してみるかい?」
嫌がられたら、他の子を探すしかない。
けれど、女の子からすれば、聖女といえば憧れの存在だ。
なれるものならなりたいと、大人の女性でも口にするほどに。
「う~ん……わたしにできる? せいじょさまは、もっとすごい人だもの」
聡明な子で、単なる憧れではなく、冷静に比較する事を知っている。
逆に言うと、無邪気さが足りなくて、物怖じしやすくもあるのだが。
「きっと出来るさ。少しずつ勉強をして、練習すればね」
「ほんとう?」
不安そうではあるが、その瞳の奥には、期待に満ちた光が見えた。
「ああ、本当だとも」
教皇は、子供たちに嘘をつかない。
なるべく、そうあるようにしてきた。
「ほんとなら、なりたい。せいじょさまになって、ケガをいっぱいなおしてあげるの!」
「そうかそうか。じゃあ、今日から少しずつ、勉強を始めよう」
「うん!」
やる気にあふれた子供というのは、とても吸収が早い。
とはいえ、本当の聖女になるには、才能があっても数年はかかる。
特に、セレーナほどの才能は特別で、誰もを同じに考えてはいけない。
教皇は、ミアを特別教室に連れて来ると、座らせて本を置いた。
子供向けの、治癒魔法のイメージを描いた絵本。
「キレイなえほん!」
「ああ。最初はこれを読んでごらん」
歴代の聖女が、治癒魔法を使う時のイメージを描き起こしたもの。
興味深くページをめくる幼子を見ながら、教皇は寂し気に微笑んだ。
こんなに純粋な子供たちが、近く戦火に巻き込まれるなど考えたくはないと、そう思いながら。
ミアは賢く、半月もしないうちにほとんどの治癒魔法を覚えてしまった。
魔力は人並みではあるが、それも訓練次第で強くもなる。
ただこれは、本来ならば喜ぶべき事だが、今は心からそうは思えない。
なぜなら、不本意ながらも、大人の争いごとに巻き込んでしまうから。
たくさんの命を護るために、彼女にはそれを奪うきっかけを作ってもらう事になる。
愚かな王を討つために。
セレーナを護るために。
――国を、あるべき姿へと戻すために。
「……ミア。今日はとっておきの魔法を教えよう」
「なぁに? どんなの?」
目をキラキラとさせて、新しく教わる事に期待の眼差しを向ける、ひたむきな子。
「聖女に剣を向ける愚か者に、お仕置きする魔法だ」
少し脅かす様な低い声で言うと、ミアは肩をすくめた。
「そんなこわいまほうは、よくないとおもう」
その一言に、教皇は目を見開いた。
「あぁ。確かに、よくはないな。でもねミア。君が傷付けられると、皆も悲しいんだ。だから、自分を護るためには、必要なんだよ?」
教皇は膝をついて、幼子の頭を優しく撫でた。
「そう……なんだ」
「えーっと。そうだな、これを使う時は、必ず一緒に唱えよう。ミアだけに使わせたりはしない。悪い奴を退治するためだからな」
「そっかぁ……わたしがやっつけないと、みんながたいへんなのね? きょうこうさまも、いっしょにしてくれるなら……わたしもがんばる」
「おぉ。ありがとうミア。使いたくない魔法を覚えさせて、すまない」
「えへへ。そんなかなしいお顔しないで。きょうこうさまも、いいこいいこ」
その優しい眼差しと振舞いは、すでに聖女のようだった。
幼子の真心に敬意を表すように、教皇は首を垂れた。
「きょうこうさまも、たいへんね。わたしにそこまで、なさらなくてもいいのに」
いつもより、少し大人びた口調だなと感じた教皇は、ハッとして幼子を見た。
もしかして、以前の記憶が蘇ったのかと思って。
「ミア……?」
「……きょうこうさま?」
お互いに見つめ合う状態で、数秒が過ぎた。
幼子は首を傾げ、そして教皇は何でもないのだと、首を振った。
そして、禁断とも言える魔法を教えた。
それを発動する時、力の大部分は教皇が受け持つつもりだが、その引き金は、聖女が担う必要があったから。
実際に使うのは、自分でなくてはならない。
教皇はそう決めていた。
――それから、教会近くの住民達に、避難すべき日を教えて回った。
おおよその範囲があり、そこには絶対に近付いてはならないと。
「近いうちに、王国軍が教会を取り囲むだろう。その時、必ず教えた範囲の外まで避難しなさい。命が惜しければ」
まるで脅迫のようだと思いながら、予想範囲よりも広く、その話を伝えて回った。
教皇自ら伝達に回るなど、これまでに無い事態に、住民たちは必ず守ると約束した。
そして、近隣同士以外には、この話を決して口外しないと。
同じ話を司祭達にも伝え、そして、なるべく今から非難しなさいと言った。
もしも取り囲まれてからでは、王国軍に殺されるだろうからと。
その時に、勘の良い者からは「同じ理由で聖女様を追放したのですか」と聞かれた。
教皇は確かな返事をしなかったが、それが答えだと察する者達は、それ以上聞かなかった。
教会からは徐々に人が減り、代わりに人のようなものが司祭服を着ていた。
教会に入らなければ、遠目からは司祭に見える。
そして、教会はひっそりと門を閉じ、住民が出入りする事が無くなっていた。
国王は、それを戦の準備をしているのだろうと考えた。
教会に立てこもり、何やら企んでいるのだと。
それは、国王が攻める腹積もりだからそう考えてしまうのであって、普通は不思議に思う程度の事。
しかし、だからこそ国王は、読んでやったぞとほくそ笑む。
誰も気付かない教会の反逆を、一人気付いて先手を打つのだと。
――時は来た。
どちらもがそう思った。
国王は、聖女討伐の報を聞くまでもないと考えたから。
教会の動きを謀反だと言って、皆殺しにすればそれが事実になる。
妙な動きをしてくれたお陰で、待つ手間が省けたのだと。
力を持ち過ぎた教会が、目障りで仕方がなかった。
それがこんなにも、容易く落とせるのだから、運も天も、味方をしてくれていると思っていた。
武力など、教皇と聖女を除けば大した事はない。
それが、片割れだけになるというチャンスを自分が生み出したのだ。
全てが味方になり、後は振り上げた手を、降ろすのみだと。
教皇は、全ての準備が整った事に安堵していた。
王国軍が動いた時点で、住民はすぐに避難してくれる。
司祭達も全員教会を出た。
残るは、教皇が生み出した影達だけ。
幼子の聖女と、自分のみが残る。
犠牲者は、最小限に抑えられたのだ。
後は、最後の魔法を、唱えるタイミングだけに集中すれば良い。
そう思いながら、幼子を抱きしめて外を見た。
教会の中で、最も高い物見塔から。
教会に攻め入る人間達を、滑稽な事だとせめてもの気持ちで毒づき、そして苦笑いを噛みしめながら。
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