二十三、再出発
二十三、再出発
宿を出ようとすると、女将に止められた。
「ちょっと待っておくれ。渡したい物があるんだ」
カウンターの中で屈んで、何かを取り出したようだった。
「これ。少ないけど寄付なんだ。去年から少しずつ貯めててさ。この町の教会に渡すべきだったのかもだけど、いつか王都に行って、聖女様に直接渡したくてね。それが叶って嬉しいよ」
「えっ」
「何かまずかったかい?」
「……いいえ。慣れてなくて驚いただけ。ありがとう。えっと……、あなたの善意とその行動に、女神アシの祝福を。聖女セレーナの名において、我が祈りを」
私はいつも通り、祝福を――両手を組んで、その人のために真摯に祈った。
「まあ。ありがとうね。でも、これ以上してもらっても、何も返せるもんがないよ」
女将は嬉しそうに、けれど申し訳なさそうに微笑んだ。
「いいんです。私がそうしたかっただけですから」
そんなやり取りをしていると、男の人が慌てて駆け込んできた。
「せっ、聖女様! うちの、娘! 娘が熱出しちまって!」
「なんだい! そんな事で聖女様を引き止めるんじゃないよ!」
「構いませんよ。お家はどこですか?」
女将は「まったく!」と怒っていたけど、病人と聞いて見過ごすわけにはいかない。
「ゲンジ、いいわよね?」
ゲンジは軽く頷くと、男の人に「行こう」と促した。
「ありがとうございます! こっちです! ぜんぜん下がらなくて、うなされてて……!」
足早ながらも、状況を伝えてくれた。
去年の疫病流行の、あの惨状が脳裏に浮かぶ。
体中に発疹が出来て、全身が焼けるように熱いと苦しみながら死んでいった人々……。
「ここです! 奥で横んなってます!」
急いで娘さんを診ると、発疹はどこにもなくて、熱は高いけれど慌てる必要はなさそうだった。
「大丈夫ですよ、今、治してあげますからね?」
うっすらと私を見る女の子に、額の汗を拭いてあげながら声をかけた。
苦しいだろうに、小さく頷く健気な子。
私は女の子の胸に手をかざして、治癒魔法と浄化をかけた。
薄い緑の光に、白い光が重なりながら女の子の中に沈んでいく。
「もう大丈夫でしょう」
小刻みで荒かった呼吸が、今はもう穏やかで、顔色も良くなっている。
「ありがとうございます聖女様! ありがとうございます!」
男の人がしきりにお礼を述べる中、私達はその家を出た。
やっぱり、人の役に立てるのは嬉しい。
治癒魔法をここまでのレベルにするのは、本当に大変だったけど。
気分がいいから、この町全体にも祈りを施していこう。
そうしたら、一年くらいは皆、病気になりにくくなるだろうし。
「ゲンジ、もう少しとどまってもいい? 祈ってから行きたいの。すぐに終わるから」
ゲンジと話すのも、顔を見るのも、もう怖さを感じなくなった。
それよりも、不器用な人なんだなと思う。
「ああ。構わないさ。女将から水も食料も分けてもらったから、買い物をする時間が余っている」
××
「国王陛下。ご報告に上がりました」
王宮の懺悔室。
と言っても、ほとんどの人間はこんな場所がある事を知らない。
天井も床も壁も厚く、音が漏れる心配がない場所。
本来なら万が一の時の、国王の脱出通路の一角。
扉越しになるので、今の国王が勝手に懺悔室と呼んでいる。
「おうおう。そろそろかと思っておった。上手く仕留められたか?」
「それが……」
扉越しに、男が口ごもった。
それで察した国王は、苛立ちを隠さずに言う。
「なんだ? 報告があると呼びつけておいて、しくじった訳ではあるまいな」
「はっ。申し訳ございません! 失敗に終わったようです!」
「なんだと? あんな二人如きに負けたというのか!」
「はい。全員殺されました」
そう聞いて、国王は送った刺客が何者だったかを思い返した。
「腕の良い弓兵を混ぜたと言っておらなんだか? 不意打ちをしくじったのか」
「その弓兵もろとも、養殖したゴブリンどもと集めた盗賊ども含め、全員です」
「全部で五十は居たはずだろう。いかに聖女の結界が強力だとはいえ、戦闘状態であれを何時間も維持できまい。どうやられたと言うのだ」
「それが……諜報員もやられまして、確認に時間が掛かっております」
隠れているはずの諜報員が死ぬのは、欲に駆られたバカだけだと、国王はさらに苛立った。
「ちっ。追加報酬欲しさに、役目を忘れて戦闘に参加したのか」
「いいえ! そんなはずは……ひときわ臆病な者を付けましたので、必ず隠れていたはずです」
「本当だろうな! とはいえ、殺されては意味がなかろう! 使えん奴らだ……」
「申し訳ございません」
国王は、今回の失敗の原因を考えた。
「あんな、言葉もろくに分からんようなザコ勇者を抱えて、なお返り討ちにするか……。結界以外にも、何か隠しておるのかもしれんな」
「改めて追跡を数人付けましたので、居場所はじきに分かるはずです」
そんな事は当然で、国王はその先の展開を考えていく。
「しかし、やはり正規兵でないと難しいか……」
「そんな! そんな事をすれば、国民から相当な非難を受けます!」
「ええい。最後まで聞かんか。あいつらを謀反人に仕立てれば良いのだ。場所は東の港村にしよう」
言うなり、国王はニヤリとした。同時に、男も。
「謀反ですか」
「そうとも。そやつら全員が謀反を企てていた。そこに、反抗的な聖女も一緒になって反旗を翻したから、こちらはやむを得ず討った。という筋書きだ」
「……と、いうことは……まさか……」
男は、その作戦を想うと、身震いした。
「まさか、などと言っておる場合か。目撃者は一人も逃してはならん。幸いにも後ろは海と険しい山脈。取り囲むのに苦労はせんだろう?」
「舟は……どうされますか」
「当然、全て燃やしてしまえ。何のために囲むと言ったかくらい、貴様も考えろ」
「はっ」
考えつく限りの残酷な事をイメージし過ぎて、男は国王の意図を聞き違えていないかと思い、舟をどうするのか聞き返していた。
「数は千。馬は兵站だけに使え。追い付くのが早過ぎては面倒だからな」
「千も? ですか?」
自分が斬る数が減ってしまう。そう思って、男は用意する兵の多さに不満だった。
「村を焼くのだ。多少多くても構わん」
「ははっ。ただちに」
「良いか? 聖女と戦闘になったら、結界を保つ魔力が切れるまで、延々と斬り続けるのだ」
「はっ」
その返事の最中も、結界が切れるまでは雑兵にさせておくか、自分がやるかを天秤にかけている。恐怖に歪んだ顔を、長く見られる方を選びたいから。
「必ず仕留めろ。失敗は許さんからな」
「次こそは」
次は自分が直接、聖女に手を下せるのだと男はほくそ笑んだ。
美しいものを斬る。雑魚どもを斬る。
どちらを斬りたいかと聞かれたら、もちろん、美しいものに決まっている。
それがこの男。
名を、ネルウィグという。
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