二十四、道中にて

   二十四、道中にて



「そういえば、光線魔法のコツ。教えてよ」

 奥が深いとゲンジが言っていたから、気になっていた。

 移動中にコツを聞いて、野宿で寝る前に練習をしたいと思って。



「ファイアバーストはいいのか?」

「それは新しく、火の概念を覚えないといけないじゃない。もっとじっくり取り組める時でいいわよ」

「そうか……」


 どうして残念そうなんだか。お気に入りなのかしら。

 でも、今はコツを掴んできた光線魔法がいいの。



「水平に広げて撃つ練習はしてるわよ? ちゃんと空に向かって。割と上手くなってるでしょ?」


「そうだな。注文を付けるとしたら、扇状に撃つ時の幅を自在に操れるように、だな。後は射程距離だ。勝手に目測を付けて制限しているだろう」

 待って待って、一気に言い過ぎよ。



「こっちは理解しながら聞いてるんだから、一つずつ言って」

「ハハハ。すまんすまん」


 ゲンジって、いつもこんな感じで話してくれてたのかな。

 私が怖がってなかったら、もっと色んな話が聞けたのかもしれない。



「え~っと、幅と距離よね……って、決めておかないと撃てないじゃない?」

「慣れだ。幅を調整出来ないと、撃てる場面がかなり限定されてしまう」


「そっか……」

 かなり高度なことを、基礎みたいな感覚で話されて困惑中だけど。



「逆に、光線魔法では射程距離を決めるな。折角の貫通力が無駄になるのと、威力まで制限してしまいやすい」

「え? 何言ってるのか分かんない」


「光線はな、ほとんど光なんだ。つまり、射程距離を決めなければ、威力が消えるまでずっと遠くまで届く」

「えぇ?」



 教皇様が距離指定を先に教えてくれたのは、建物の中で使うことを想定してたからか……。


 もしもそんなに遠くまで貫通する威力だったら……襲われた時、他にも怪我人とか出てしまったかもしれない。



「逆に距離を決めてしまうと、光の特性を制限する事になるんだ。つまり、威力も自然と落ちてしまう。だから基本的には、撃つ方向だけを指定すればいい。簡単なんだ。射程距離を制御する方が、よほど難しい」

「へぇ~……」



 教える目的によって、優先することも変わるのね。なるほど。

 でも勇者って、もっと脳みそまで筋肉みたいな人がなるんだと思ってた。


「ほんとは伝説の魔導士か何かなの? 勇者とはとても思えない……」

「……何か、失礼な事を考えなかったか?」



「えっ? そ、そんなことないわよ? すごく詳しいから、驚いちゃったのよ」

「ふ。まあ、勇者なんて闇雲に敵に突っ込んでいくイメージだろうしな。一丁前な事は言うが実力が伴っていない。そう思っているだろう?」


「え~っと……。え、何? 心も読めるの? そこまでは思ってないけど」


「ハッハッハ。俺が言われた事だ。昔にな。だが、明らかな敵を前にすると、戦いたくなる衝動は今でもある。まるで呪いのようだとも思うが。最初に召還された時に付与されたものは、今のところ消すことが出来ないらしい」



「何それ、解呪してみようか?」

「……いいや。今では抑えられるから大丈夫だ。相手が誰であっても怯まないという意味では、役に立っているかもしれないしな」

「ふぅん?」


 なんだか、色々と苦労しているのね。

 ……私のことでも、苦労かけちゃった……よね。

(もうちょっと、優しくしてあげなきゃ)


 でも、治癒も必要なさそうだし旅のことは全部頼りっきりだし……。

 私に出来ることが少なすぎるわ。



 教わったことをしようとしても、「やっておこう」とか言ってササッと済ませちゃうし。

 まるでお姫様みたい。

 ダメな子になったら、どうするのよ。



「そういえば、聖女の魔法は他にもあるのか? 治癒も結界も強力だが、攻撃手段がなくてはいざという時に困るだろう」


 結構、核心に迫るのね。

 魔法に詳しいゲンジが言うんだから、『聖女特有の』ってことよね。



「うーん。そうねぇ……」

 ゲンジになら、言ってもいいのかな。

(まぁ、言ったところで使えるわけじゃないし、教えちゃおうか)



「……あるわ。最後の切り札が。一生で一度しか、使えないけどね」

 使う時が来ないことを祈りたいものだけど。

「それはまた、物騒な魔法の予感がするな」


 そうよ。正解。

「――うん。ラグド・エラ・聖旗セルデン。聖女だけの、とっても危ない奇跡の具現」


「奇跡か。なるほど、初めて聞く力だ。どんなものかまで聞いてもいいのか?」

「フフ。ここまで聞いておいて、中身を聞かないつもり?」

「……だな。教えてくれ」


 私は冗談めかして言おうと思ったのに。

 そんなに真面目な顔されたら、なんだか大げさな感じになるじゃない。


「えっとね。コホン。改まって言う感じでもないんだけど――」

 一生に一度と言ったから、ゲンジは何か察したんだと思う。


 ――私は、教皇様から聞いたそのままを伝えた。





ラグド・エラ・聖旗セルデン


 それは……聖女を供物に、辺り一面を地獄の焦土へと変貌させる。

 血の涙を流し、それでもなお祈りを止めぬ聖女のために、天から聖槍が降り注ぐ。


 真の祈りが神に届く、奇跡の力。

 ただ、神の力に触れるには、人の身はあまりに脆い。

 身を挺するしか残されなかった、最後の希望。


 その悲しみゆえに――。

 人間の欲深き仕打ちに抗う、聖女の怒りに。

 憎しみに。


 それらすべてを凌ぐ、憂いゆえに。

 ――神は唯一、応え賜う。





「……使ったら、私も死んじゃうみたい」

「絶対に使うんじゃないぞ」

 ゲンジは即答だった。

 肩を掴んでまで真っ直ぐに私を見るなんて……なんだか照れるじゃない。




「つ、使わないわよ。死んじゃったら元も子もないし。それに、私をそんな窮地に立たせる相手なんて、そうは居ないわ。あなたくらいよ。私を怯えさせるような人は」

 そう言ってから、未だにまじまじと私を見続けるゲンジから、目を逸らした。



「……そうか。そうだな。俺もセレーナを怖がらせないように、気を付けよう」

「うん?」


 今はもう、別に怯えたりしないけど。

 そう思って、ゲンジに視線を戻した。

 まさか、冗談を言ったつもりなのかしら。



「ま、まあ。敵は俺が倒すから、セレーナは結界を張っていれば大丈夫だ。今日までと変わらない」

「フフ、そうね。……それより、そろそろ肩から手を離してほしいんだけど」



 襲われた時を思い出す様な、嫌な感じはしなかったけど。

 さすがにちょっと、近い気がして。



「すまない。つい、力が入ってしまった。痛くはないか」

 真面目というよりも、愚直な感じかしら。

 もしかして、お子さんか誰かを私に重ねてるのかな。


「平気よ。それよりもほら、そろそろ野営する場所決めようよ。日が暮れてきちゃう」



   **



「今日も沢山歩いたわね。歩くの、少しは早くなったんじゃないかな」

 落ちている枝を拾い集めてから、自分の成果を褒めてほしくなった。

 明らかに歩幅も大きくなったし、治癒のためと称した休憩回数も減った。


 靴擦れになりにくくなったのは、ブーツが馴染んできたからだろう。かかとや足首の周りが柔らかくなっている。



「ああ、そうだな」

 一瞬だけこっちを見て、すぐに作業に戻るのはいかがなものか。

「って、やだ。お料理くらい作らせてよ」

 気を抜くと、ゲンジはさくさくと次の作業に移ってしまう。



「気にするな。旅に慣れるまでは俺がやろう」

 その顔は、王都や町で見かける親子の、お父さんの表情だった。

 優しく微笑みながら、子どもの頭を撫でている時のような。



「もう。まるで子ども扱いして。私にも出来るんだから、やらせてよ」

「……そうか。なら、任せよう」


 その顔も、仕事をやってみたいと言う子に、出来ない前提でやらせてあげるお父さんだ。




「……むぅ。そ。それに、回数を重ねることで何かが上手になるはずでしょ? 切り方でも、手際の良さでも」

「十分上手くなったさ」


 見守る感じで言われると、ちょっとつらい。


「でも、これはその、こないだまで変に怯えて迷惑をかけたお詫びというか、お礼というか……そういうのも。あるのよ」




「なんだ、そんな事か。セレーナはまだ子供なんだから、気にしなくてい――」

 やっぱり言ったわね?


「――ゲンジ? 次にまた、私を子ども扱いしたら……手元が狂ってこのナイフ、ゲンジに飛んでいくかもしれないわ」




 そう思われてる感だけでも複雑な気持ちなのに、言葉に出されるとなんだか、イラっとしてしまう。

 ここは、子どもじゃないという所を見せていかないと。



「……す、すまん」

「いいわ。私がちゃんと大人だってこと、明日からしっかりと教えてあげる」

 野営の準備も片付けも、もっと早く出来るし。



(ていうか、この体を見てなお、子ども扱いとかいい度胸してるじゃない?)

 明日から、捨てずにとっておいた聖女の正装を着てやる。

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