二十、不安とストレスの極限
二十、不安とストレスの極限
(さすがに……そういう宿ね)
部屋は簡素で、淫靡な雰囲気。
薄い紫色のカーテンと、白ではなくて薄いピンクに染められたシーツがまさにそれ。
二人で寝られるくらいのベッドが一つ……。目的はもう、分かってるから納得の大きさね。
そして小さな丸テーブルに、椅子が二つ。
ちょっとした料理や、お酒を持ち込んだりも出来るように。
(ちゃっかりしてるわね)
……そういえば、もうすぐシャルという子が美味しそうな匂いのお料理を、運んでくれるって言ってたんだ。
「部屋って……自由に使っていいのよね。別々だよね」
それなりの部屋数があるし、また一緒の部屋なんて、嫌よ。
「……言いにくいんだが、念のために俺は床で寝る」
「うそでしょ?」
この図々しさというか、変なところで当然のような顔して押しが強いというか……。
……かと言って、別の部屋にしたところで、ゲンジが相手では気休めにもならない。
ドアくらい簡単に蹴破れるし、壁だって当然、破壊できるだろう。
素直に諦めた方が、楽なのかもしれない。
「絶対に何もしない」
絶対って言う人で、信用出来た人って居ない気がするけど。
「……いいわ。でも、犯すなら殺してからにしてね」
「おい……」
そんな悲しそうな顔しても、嫌なものは嫌なんだもの。
信頼なんて、そう簡単に築けるものじゃないんだし。
私より弱ければ、そこまで気にならなかったんだけど……。
こんな化け物じみた強さの人が、まさか存在するなんてね。
「着替えたいから、あっち向いてて。見たら自殺してもらうから」
「だ、大丈夫だ。見ないから……そんなに怒らないでくれ」
「仮に護衛のためだと信じてもよ? 別の部屋に居るでしょ、普通は」
「出来る事ならそうしてやりたいが……僅かなミスもしたくないんだ。我慢してくれ」
「あ~うざ。うざいほんとに。これからずっと当たり散らしてやるから」
「……甘んじて受ける」
「もう! 何言っても真面目に返したら納得するとでも――」
「お邪魔しまぁす! お料理、お持ちしましたぁ~ん」
ドカッ。っと蹴ったであろう音と、勢いよく開いたドアとほぼ同時に入ってきたのは、シャルだった。
ネコ顔の、目の大きな可愛い子。見た目よりも場慣れ感というか、懐の深さが滲み出ている。緩いウェーブのある明るい茶毛と茶色の瞳が、キラキラして見える。
そんな子が、普通のことのようにドアを足で開けた……。
「あ~。ごめんなさぁい。さっそく始めちゃうなんて、思ってなかったので……ぇへへ」
彼女は明るくそう言うと、両手に持っていたお料理をテーブルにさっと置いて、そして「ごゆっくりぃ」と笑顔で立ち去った。
こういう場所に、しっかり慣れたものなのね。
「っていうか、何であんなこと言うのかしら」
「……セレーナ。シャツを脱いでしまっている……」
そう言えば、着替えながらゲンジに文句を並べて……。
上半身下着姿で、私は彼に怒鳴ってたんだ。
「……ゲンジ、絶対に見ないって言ったわよね」
そう言った途端に後ろを向いても、遅いのよ。
もう、どうせ初日の夜にも背中とか見られてたし。イラつくけど、どうでもいい。
それより、このネタでずっと文句を言い続けてやる。
「それは……言ったが…………すまん」
「約束よね。さあ死になさい。すぐ死んで。そうしたら許してあげなくもないわ」
「それは出来ない。すまん……」
(ちっ。何よ)
下着姿を見ても全く動じないし、まるでほんとに、自分の娘でも見てるみたいな……。
「ほんとうざい。見たら見たで赤面するなり照れるなりしなさいよ! 完全に見られ損じゃない! それはそれでムカつくのよ!」
その勢いで、私は脱いだシャツを投げつけた。
「浄化は掛けて綺麗にしたから、畳んでおいて!」
ゲンジの頭に当たったシャツは、そのまま肩に引っかかった。
おずおずと手に取る様が、また何とも言えない苛立ちを覚えさせる。
「そんなに強いくせに、私なんかにこんな風にされて、怒ったりしないんだ?」
もし、どうせ酷いことをされるなら、ここで怒らせて一思いにやってもらおうじゃない。
もっと激情させて、それで殺されるならその方がきっと楽だ。
「ほら、怒りなさいよ。ズボンも同じように投げてやる!」
着替えるついでに、こうやって投げつければ多少は気が晴れる。
でも、私はなんで、こんなにもこいつを信じられないんだろう……。
「セレーナ……年頃の女の子だ。気に入らないのは分かっているつもりだ。俺の都合で我慢を強いているのも分かっている。本当にすまない」
後ろ姿で、私のズボンを畳みながら謝られても。
「謝罪なんて聞きたくない。どうせ信じられないもの。いっそのこと、殺してくれた方が清々する」
「セレーナ。そんな悲しい事を言わないでくれ。たのむ……。俺は君に危害を加えたりはしない。それだけは信じてくれ」
似たようなことを言って私を誘い出して、まだ胸が膨らみかけの頃の私を襲ったやつも居たっけ。
「信じられる男は居なかったの。私の、聖女の正装を見たでしょう? 胸や鼠径部が強調されたいやらしいデザイン。実際、胸元から舐めるように下まで見る男しか見たことがないわ。男なんて皆、そういう生き物なんでしょ」
教会に居て最も嫌だったのがあの服で、その怒りも一緒にぶつけている気がする。
「否定は出来ないが……俺は、セレーナも他の女性も、襲ったりしない」
「口では何とでも言えるわね。あ、着替えたわ。せっかくだからお料理いただきましょ」
嘘だ。上も下も脱いだままで、着替えていない。
白色の、幅の狭いブラと紐パンなんて、誰が考えたんだろう。
(男を焚きつける様な、いやらしく見えるデザインとしか思えない)
「そうか、じゃあ振り向くぞ」
……私は下着姿を見せて、それでゲンジが襲って来たらどうするんだろう。
それ見ろと見下しながら、泣きながら犯されるんだろうか。
でも、これを堪えてくれる人なら……ほんの少しくらいは、信じられるのかもしれない。
「っておい! 着ていないじゃないか!」
「あら、すぐに後ろ向いちゃうんだ? せっかくなのに、見なくていいの?」
本当に、反射的に目を背けたわね。
ほんとに見るつもりはないってワケ?
「何がしたいんだ。早く服を着なさい」
「……わかったわよ」
でも結局、寝食を同じ部屋でするのは、強いられるのよね。
今日の道中で、結界を張るための魔力を使い切ってしまった。
あと一撃、光線魔法を撃てるかどうかくらい。
発動が遅いと言われた魔法。
事の最中なら、そっちに集中していて当てることが出来るかしら。
……ゲンジなら、私の魔力が切れたことも分かっているはず。
(油断して襲うとするなら、きっと今夜だ)
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