十七、ゲンジの秘密 最悪の祈り

 十七、ゲンジの秘密 最悪の祈り




「さて。どこから話そうか」


 いつもより早めの野営だったから、日はまだ高い。夕暮れには程遠いので、ゲンジはまだ火を起こさないらしい。





 座るのに良い感じの木も岩も無かったので、二人とも地べたに座った。


 マントを敷き物代わりにすることに慣れた私は、自然とそうしていた。




(ゲンジが話し始める前に、先に謝っておきたいけど……なんでだろう。勇気が出ない)


「そうだな……先ずは、お互いの戦闘能力について、なるべく包み隠さず教え合おうか」




「えっ」


 私の手の内を明かせば、この人が何らかの理由で裏切った時に対処されてしまう。



「ああ。いや。もちろん全て話す必要はない。だが、俺はなるべく全部話そう」


 ……思い切り顔に出しちゃったわね。これじゃ、逆に奥の手があると言ったようなものだわ。





「すまん。詮索するつもりもない。不安かもしれないが……とにかく、俺から話す」


 気を遣う様子は、本当に素のままみたいに見えるわね。



 ……最初の頼りない演技とかがなければ、もう少し素直に信用出来たのに。


 演技する力があるってことは、全て演技の可能性があるということだもの。





「先ず……セレーナが俺のステータスを見ているのは気付いていたんだが、どこまで見えている?」


「えっっ?」



 どうしてバレたの?


 普通、分からないわよ?


 私でさえ、ステータス開示の魔法を掛けられても気付けないのに。





「驚くのか。ならば魔力を見る事も、感じる事も出来ていないんだな」


「ど、どういうこと? 何を言っているの? 魔力を見るとか感じるとか!」




 とんでもないことを言われて、私は勢いのままに立ちあがった。そしてすぐさま、結界を張った。


(油断してた。目の前に居れば、少しでも変なことをした瞬間に張ればいいと思って……)


 魔力の回復を優先させたくて、剣の間合いから外れた位置に座ったことで慢心してた。




「慌てるな。俺が恐ろしいなら、剣もナイフもセレーナの側に置く。買った数は覚えているだろう? 剣二本、ナイフ三本。ほら……ゆっくり動くから、結界は張らなくていい」


 そう言いながらゲンジは、それぞれをくるんと器用に回して、柄の方を私に向けて差し出した。そしてそのまま、ゆっくりゆっくりと、私の側にそっと置いた。




「……それも分かるのね」


「ああ。魔力が見えているからな。訓練すればセレーナにも見えるだろう」



 教えて欲しいけど、警戒を解いていいのかどうか、私にはまだ判断出来ない。疑い始めると、国王の刺客という可能性も考えられる。



 本当に、彼のことを何も知らないままノコノコと付いて来てしまった。


 悪の勇者……。それが、彼なのかもしれないのに。




「ふ~。なかなかに警戒されてしまったな。まあいい。続きを話そう」


 ゲンジはゆっくり座り直すと、胡坐をかいて後ろに手を着いた。


 見たままなら、体の正面がガラ空きだ。





「……聞くわ」


「俺は、召喚されたのは一度目ではない。そして、これまでの人生で嫌という程戦ってきた。血を吐くような訓練もした。魔王と呼ばれる敵も、仲間と討った事もある」



「……そんなこと、ありえるの?」


 聞いたことがない。そんな突飛な話。


 作り話にしても、やりすぎだわ。





「まあ、それは俺も信じてもらえるとは思っていない。が、俺が強い理由はそこにある。世の中に戦いの天才や達人が居るとすれば、その彼らよりは実戦を積んでいる」



「確かに、意味が分からない強さだと思ってるわ。でも……レベルを無視できるくらいなんて、ありえな――」



「――あり得る事だ、セレーナ。レベルというのは……何と言うかな。ステータスを見るのも魔法である以上は、イメージでしかないんだ」


 確かに、魔法にはイメージが大切で、詠唱を必要としないものが結構ある。私が教わった光線魔法のように。



「じゃあ、レベルとあなたの強さが乖離しているのは、どういう理屈なの?」


「ステータスの魔法は、感じ取った魔力量や見た目の筋肉量、そうしたものが反映されているに過ぎない。不思議なのは、この世界の住人の無意識レベルで共通した数値……その平均値や標準偏差のようなものが巧みに反映される事だ。解明は得意じゃないから、これ以上の事は俺にも分からないが」




「……何を言っているのか、分からないわ」


「ハハ。すまんな、これは半分受け売りなんだ。俺にも数字の出し方は分からない」


 そういうことじゃなくて、何もかも分からないんだけど。




「……まあいいわ。それで、レベルと強さが乖離してる理由は?」


「洗練された動きというのが、ステータス魔法では分からないからだ。自分の動き方、相手の動きの読み方、そうした技術的なものが反映されないから、読み取れないんだろう」




「レベルの上がり方もおかしいのよ。それはどうして?」


「それは……」


「ん? まって。そもそも、あなたが熟練の戦士なら、なぜレベルが1だったの? おかしいじゃない」



「ステータスは、他人が見るものを操作出来る。魔力が関与しているから、相手に反映されるものを誤魔化せるんだ」





「じゃあ……今のあなたのレベルは、本当はいくつなの?」


「とはいえ、最初は実際に1だった。力を無理矢理引き下げる魔法を掛けていて。その、何と言えばいいか……」




 私の顔が、ずっと怪訝なままだから言葉に詰まり出した。


「怪しさしか出て来ないわね。何が目的なのよ。私を殺したいなら……苦しまないようにして。乱暴して汚したりせずに……お願いよ。ゲンジが強いのは、もう分かったから」





 結局、現状を打破できることは何もない。


 この人が私より強くて、魔法にも長けていると分かっただけ。そして怪しさしかない。



 私にはジリ貧になる魔法しか使えない。


(……お手上げね)




「……すまない。俺は話すのが苦手なんだ。だから、何と言えば少しでも信じてもらえるか……状況が状況だけに、話すほど疑われるのも薄々は分かっていたんだが。それでも正直に話すしか出来なかったんだ。上手く話せなくて……申し訳ない」





「なんであなたの方が悲しそうな顔するのよ」


 私の方が、詰んでるんだけど。




 信じろって言われても……私より強くて襲われたらおしまいなのに。


 ゲンジの言葉を信じて、酷い目にあったら誰を恨めばいいの?


 言われた事も、突拍子もないことばかりで。





「……すまん。そうだ、今夜は俺が見張りを続けよう。セレーナは少しでも休んでくれ」



 私が寝たら、誰が私を護るのよ。


 という、冷たい視線を送り続けてようやく気が付いたらしい。





「……あぁ。俺が眠らないと、安心できないんだな」


 天然なのか、計算なのか。


 油断させようとしても、私は簡単には騙されないんだから。





 でも、こんなのずっと毎日なんて……無理よ。


 信じたら、楽になれるのかな。




 でも、もしそれで、『あの子』みたいに酷い事をされたら……。


 私は……あの子の、悲痛な姿がずっと目に焼き付いて離れない。


 殺してくれと私に頼み続けた、あの恐ろしい程に悲しさで歪んだ顔を。





 下手をしたら、私も『ああなってしまう』という啓示だと思った。


 私目当ての司祭見習いに、襲われたことは一度や二度ではない。




 この前の野盗もそう。私を見た第一声が、性欲を抑えるつもりのない、下種な言葉だった。


 ゲンジも、今は我慢してるのかもしれないけど。





(……どうしてこんな目に……私が何か悪いことしたの?)


 女神アシ様。もはや私には、本当に祈るしか出来なくなりました。


 どうか……どうか、酷い事をされませんように。




 もしもされそうになったら、魔法を封じられる前に……。




 ――その前に、自害することをお許しください。



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