十六、予行演習

  十六、予行演習




 馬はいつもの何倍もシャキッと歩いている。


 それもそのはずで、本気で怒ったゲンジが手綱を引いているから。


 その怒りは、私に向けられたものだけど……。巻き添えでごめんなさい。





 ゲンジのお怒りは、私の無警戒な攻撃に対してだった。


 確かに、攻撃中は結界が解けている。維持したまま攻撃するには、魔法を同時に二つ使うだけの分離した意識が必要だから。




 つまり……ほとんどの人は出来ない。攻撃か、守りか、どちらか一方しか。


 そして私はさっきからずっと、敵の遠距離攻撃を警戒せずに、こちらが一方的に殴れると思っていたその無神経さを、心がべきべきに折れるまで怒られている。





「セレーナ。相手が魔法を使えるかどうかは見て分かるのか?」


 何それ、聞いたことがない。


「どういうこと?」


「……そうか。実戦訓練や、それに近い事をしていたわけではないのか」





 そのくらいはしましたけど。


 だって、平和だといっても、それは魔族との戦争が落ち着いているというだけで、人間同士でも争ったりしているから。


 内戦に近いことも、過去にはあったという。





 だから、教皇様は私に、一通りの戦い方というものを教えてくれた。


「したわ。そんなに言わなくったって、それなりにしてたわよ」


「なら、遠距離に対する無警戒さは何だ。教わらなかったのか」


「……習ったわ。でも……こんなに広い場所では、やらなかったから……」





 感覚が違う。


 敵も全て見えていて、さっきの半分くらいの距離からの模擬戦しか、していない。




 当然、弓を構える姿も丸見えで、ナイフを投げるだろう相手もはっきり分かる。盾や槍、剣を構える前衛の数もしっかりと。





 そんな私の役割は、味方への補助魔法と自衛。


 味方に身体強化と障壁を張ったら、私は結界で身を護る。


 それでおしまいだった。




 強化された私の前衛がごり押して、勝って終わり。


 魔法を使える人自体が希少で、攻撃に使えるとなれば王国が引き取ってしまうから、実戦訓練で攻撃魔法の警戒なんてしない。





 ……しなさいと、言われていたけど。


 する必要がなくて、あまり気にしたことがなかった。


 だって、こんなことになるなんて微塵も思ってなかったから。





 少なくと私は平和に過ごしていて、人々を癒すのが仕事だったから。


 それ以外のことなんて、ほとんど考えたことがない。


 訓練なんて、その場でなんとなくやってただけ。





 そう言い訳をすると、ゲンジは謝った。


「すまなかった。命が掛かっているのに危ない事を平然とされて、事情も聞かずに怒ってしまった」




「う。うん」


 そこは素直に、私も謝るところなのに。謝れなかった。





「……だが、それなら最初の時はどうして、自分が戦うからと俺を下げようとしたんだ?」


 それは……ステータスを見たからだとか、言えないわよ。




「えっ……と……」


 口ごもっていると、ゲンジも少し、言葉を探している様子に見えた。


「もう少し、君がどんな人物か見ておきたかったが、もういいだろう。今言える事を全て打ち明ける。次の休憩で、ゆっくり話そう」





 えぇ?


 どういうこと?


 私を見定めておこうとしたって……同じようなことをお互いにしてたって……そういうこと?




 警戒してるのは、ゲンジもだったっていうの?


(ちょっと……むかつく)


 こんなに可愛い私を警戒するって、どういう意味よ?




 しかも聖女よ、聖女。


 人々のために……皆の傷や病を癒すために心血を注いで生きて来たっていうのに。


 得体の知れない勇者らしき男と、無理矢理二人旅をさせられてるの、私の方なのに!





「どんな話が聞けるのか、楽しみね」


 私は、不機嫌になったのを隠さずに言った。


 失礼なのは、そっちだもの。





 そのまま私は一言も喋ってやらなかった。


 きちんと戦えなくて悔しい気持ちと、怒られて悲しい気持ち。


 それから、この惨めな旅を続けざるを得ないことへの、理不尽さに苛立っているから。




 ゲンジは……何やら勝手に、神妙な面持ちで歩いてる。


(……知らないわよ。あんなにきつく怒らなくたって……いいじゃない)




   **




 次の休憩まで……。


 そう言っていたけど、いつもより今回は長く歩いた。




 靴擦れは癒せても、精神的な疲れは徐々に溜まっていく。


 結界を張り続けているのも、限界が近いような気がする。





 光線魔法を使ったから?


 それよりも、あの緊迫した状況に、命が本当に狙われるんだという切迫した空気に、私は疲弊してしまったんだろう。





「……ねぇ。休憩まで長くない? 私、疲れた。少し休みたい」


 本当は、もう少し可愛くお願いすべきところなのは分かってる。


 でも、苛立った気持ちはまだ続いていて、トゲのある言い方を改めることが出来なかった。





「もう少し頑張ってくれ。そしたら、今日は野宿の準備にしよう」


「え。ほんと?」


 八つ当たりでも構うものかという覚悟だったのに、その予想外の嬉しい言葉にテンションが上がってしまった。





「本当だ。話が長くなるかもしれないから」


「……ふぅん」


 現金な自分が恥ずかしくて、適当に返事をした。


 そんなに長い話、無口なゲンジに出来るのかしらと思いながら。




   **




「この辺でいいだろう。枝を拾ってくる。馬を見ていてくれ」


 いつもの野営準備。


 いつもの言葉を残して、ゲンジは燃やせるものを探しに行く。





 私は適当な木に馬を繋いで、近くの枝を拾う。それから、大き目の石をいくつか探して火起こしの下準備を整えた。


 ゲンジに教わった、私にも出来ること。





 ……悔しいけれど、旅のことなんて、私には何も出来ない。警戒しているはずのゲンジに教わって、そして、よく出来ていると褒められると、嬉しくなる。


 今も、苛立っていた気持ちが持続しなくなって、また褒めてもらいたいと思っている。





(子供じゃないんだから……こんなことで)


 新しく覚えたことをやって、出来ていたら褒めてもらって、それで……今日は、危険なことをしてしまって怒られて、拗ねていた。




「……ごめんなさい」


 ゲンジに言うための、予行演習をした。


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