十五、追撃

  十五、追撃





 目的の町まで、あと一日くらいの所まで来た。


 途中でゲンジが角ブタを獲ってくれたから、食料は十分だし水も川で汲めた。沸騰させて飲めるようにしてあるから、焦らずに安心して向かえる。




 でも、休憩のお願いは最低限にしてる。私なりに、だけど。


 それは、早く宿屋で一人になって眠りたいから。


 結界を張らずに……安心して眠りたい。


(きちんとした宿だといいけど……)





 教会の仕事で町を巡っていた時は、女性の護衛騎士が最低三人は一緒で、私を護ってくれていた。


 だから安心して眠ることが出来た。


 でも、今はゲンジと私だけ。


 ゲンジの得体が知れないから、急に怖くなってしまった。





(なんで、こんなことに……)


 教会には戻れないから、進むしかない。


 その気持ちだけで前に進む。


 歩き続ける。


(だけど、こんなのいつまでも持つわけないのよ)





「……ねぇ。襲ったり、しないよね……?」


 ほとんどひとり言。


 だってこんなこと、直接聞けるわけがないし、聞いたところで意味なんてない。


 分かってるのに……。





「うん? 襲われないかだと?」


 げ。聞こえてたの?


「えっ……と」


「――待て。確かにそのようだ。後ろから来ている……よく気付いたな」


 どういうこと?





「後ろからって……」


 振り返ると……ううん、確かに何か、音が聞こえる。ガンガンと何かを打ち鳴らす音が。


 次第に大きく……なってる。


「セレーナが倒した盗賊の仲間だろう。魔物を追い立てながら来ている……数が多いな」


「見えるの?」


「目はいい方なんだ」


 たしかに、遠くから大勢走って来てる。





「まさかあれって、ゴブリン?」


 遠目には、汚そうで小さなおっさん達……みたいに見えた。


 そう見えた瞬間に、ゴブリンだと理解した。


「なんか、武器っぽいもの持ってるわよ」


「武器だな。手斧や短剣、人間の作ったものだろう」





 その後ろの人間達も確認出来た。似たような短剣や手斧と、小さな盾を打ち鳴らしながらこちらに来ている。


「あれって、ゴブリンを追い回してるわけじゃ……ないわよね」


「そうだな。あの群れを俺達にぶつけるつもりだろう。なかなか容赦がないな」





「私、戦えるわよ。光線魔法で焼いてやるんだから」


「範囲魔法を撃てるのか?」


「ううん。貫通はするだろうけど、一度に一本」


 そう言うと、ゲンジは私の前に出た。


「なら、自分を護る事だけを考えるんだ。結界は頑丈か?」


「剣で斬られても、びくともしない」





「よし、それでいこう。俺が倒してくるから、そこで待っているんだ」


「ちょっと! あの数は無茶でしょ?」


 その言葉を無視して、ゲンジはゴブリンと盗賊の群れに向かって走り出した。


「ばか~!」


 思いのほか速くて、追い付ける気がしない。





「もう!」


 補助魔法ならまだ届く。私は可能な限りの身体強化を彼に掛けた。


 障壁の魔法も。何度か攻撃をもらうと、消えてしまう仮初の壁。


 そして私は、馬の手綱を持って結界を張った。


 馬には、心を静める魔法を掛けておいた。急に怯えて走って行かれたら困るから。





 そうこうしているうちに、ゲンジは群れの真っただ中に居た。


 距離は、きっと五十メートルくらい。


「ほら……囲まれちゃったじゃない」


 位置取りが悪いように思った。敵の真ん中に突っ込むなんて。





 先日のゴブリンとは違って、人間製の武器を持っている。同時に斬りかかられたらいくらゲンジでも……。


 その後、私はどうなるんだろう。


 結界を張っていても、ずっと囲まれたままではどうにもならない。


 魔力が消えたら……ゴブリンにも、盗賊にも、汚されるか殺されるか――。


(そんなの絶対に嫌!)





 ここから、少しでも数を減らそう。光線魔法で。


 私はわりと、命中力は高い方だ。端っこの方から撃てば、ゲンジには当たらないはず。


 じっと狙って……撃つ!





 イメージした光の線は、そのまま実際に強い光を放った。


 こぶし大の太さの光線が一直線にゴブリンを穿つ。


(当たった!)


 頭のほとんどを失ったゴブリンが、ぱたりと倒れた。


「やったわ」





 もう一度……。


 そう思った矢先。目の前十メートルくらいの所に矢が数本飛んできた。


 そしてそのまま「トッ、トッ」と、一本、二本と徐々に近づいてくるように降ってくる。


「……え?」





 鈍い私は、それが何でなのかすぐに分からなかった。


「セレーナァ! 狙われているぞ! 結界だあぁ!」


 結界。という馴染んだ意味の言葉が頭に入った瞬間、私はハッとなって結界をイメージした。


 と同時に、カカン! と、矢が私の頭と肩に当たって弾かれた。


 結界があと少しでも遅れていたら、私にこれが刺さっていた。





 そう思っているうちに、カン。カン! と、幾度となく私のどこかしらに矢が飛んでくる。


「……こっわ」


 弓矢って、こんなに精度の高い武器だっけ?


 やたら練度の高い弓兵が、盗賊の中に混ざっている……。





 見ると、二人だけ弓を持ったやつが、ゲンジの戦っているその向こうから――。


 でも、それをしっかり確認しようとした頃には、ゲンジしか見えなくなっていた。


「――あれ?」


 剣を二本携えたゲンジが、剣を納めながらこちらに歩いている。





「え、もう終わった……の?」


 ヒヒン。と、馬が珍しく鳴いた。


 少し落ち着かない様子で、目を見開いてゲンジを見ている。


「どうしたの? もう大丈夫よ。さっきまでは危なかったけどね。ごめんね、油断しちゃった」


 手綱を握り直し、馬の首をさすりながら優しく話しかけた。


 心を落ち着かせる魔法も、もう一度掛けながら。





 それでも、馬は足を踏み踏みして動きたそうにしている。


「だめよ。ゲンジが来るまで待って。ね?」


「――セレーナ」


「ひゃっ!」


 背後から、いつもより低い声で名を呼ばれた。





 そしてそれには、やたらと身を震わせる響きがあった。


 馬も反応したのか直立不動になって、ピリっと張り詰めた緊張感を持ちながら立っている。


「きゅ、急に怖い声で呼ばないでよ……」


 なんだか怖くて、ゆっくり恐る恐る振り向くと……。





「お説教だ。セレーナ」


「…………はい」


 眉間に、結構なシワを寄せて低い声で言われたら、頷くしかないと本能的に思った。


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