十四、初めての恐怖
十四、初めての恐怖
ゴブリンを倒してから、ずっと自分に結界を張ってる。
そんなことしなくても大丈夫かもしれないけど……念のため。
でも、ずっとは出来ない。
数日の間。そして次の町に着いたら、この人からなんとか逃げて、それから……少し休んで魔力を養って……。
でも、どこで休めばいいのかな?
路銀はゲンジにほとんど預けちゃったし。
だって、重かったから。彼は私より断然弱いって……そう思い込んでたから。
「セレーナ。やはり調子が悪いのか? 休む回数を増やそうか」
そうしたいけど、そんなことをすれば町に着くのが遅くなる。遅くなればそれだけ、結界を張っている時間が無駄に伸びてしまう。
「ううん。ぜんぜん大丈夫」
「……無理はするなよ? 遠慮もしないでくれ。初めての旅だろう、些細な事でも言ってくれ」
「うん……ありがとう」
街道があるだけマシだし、疲れたなんて言ってられない。
でも、こんなに消耗するなんて思わなかった。
緊張して、結界の強度を上げ過ぎてるのかもしれない。
(このままじゃダメね。ゲンジの情報も聞き出して、敵かどうか、どんな人なのかを見定めないと……)
もしも運よく敵でなかったとしても、男である以上は油断できない。
まさか、あんなに理解不能な強さを持ってるなんて……。
誰であろうと、この体を汚されるのは嫌だ。
殺されるよりも。
いっそ、一瞬で殺されるならその方がいい。汚されるくらいなら、自分の魔法でこの身を焼き払ってでも、純潔を守りたい。
(そうか……自分で死ねばいいんだ。だから教皇様は、私に光線魔法を叩き込んだんだ)
回復魔法を覚える前は、物心つく前から光魔法を教えられた。
最初は、熱のない光。ただ明りを灯すだけの、暗闇を照らす魔法。
(夜、トイレに行くのが怖くて……光を出せるようになるまで、毎晩のように誰かについてきてもらってたっけ)
だから、早く寝なさいって怒られるのも、毎日のセットだったなぁ。
――懐かしい。
教会の隅々まで、全部が私のお家だった。
お部屋が手狭でも、お家はとっても広かったから……どこか誇らしかったっけ。
毎日たくさん、信者の人が祈りに来て……回復魔法を覚えてからは、その人達から感謝されるようになって……。
――ついこの間まで、ずっと毎日、平和で幸せだったのに。
(はぁ……遠目にでも、角ブタを捌く所なんて見なければよかった)
源次は、角ブタの後ろ足を掴んで持ち上げたと思ったら、手に持ってた剣で一瞬のうちにその首を刎ねてしまった。
宙吊り状態で。
そんなことって簡単に出来るのかしら。あの剣て結構、なまくらよね。
その後までは見てないけど、あれで血抜きしたんだろうなぁ。
戻るのも案外速かったし、手際がいい。
つまり、慣れてるってこと。
旅慣れてるだけなのか、何なのか。分からなくなっちゃった。
女子供を襲うような真似はしないって言ってたけど。
真面目な顔で言ってたのも覚えてるし、信じるって答えたのも覚えてる。
でも……。
見ず知らずの強い男が側に居るのって、私にとってはデメリットでしかない。
だって今までは、私の方が強いというのが信頼の第一歩だったんだもの。
人を見抜く必要が無かった。
襲われても平気だったから。
騙されればショックだけど、かといって、純潔を失うリスクはゼロだった。
……教会の中でも、やっぱり色んな人がいるから、夜中に私を襲いにきた司祭見習いなんかも居た。
けど、そんな人達は皆、光線で体を消失して、泣きわめく羽目になる。
一瞬で傷口さえ焼け焦げるから血は出ないけど……壁や天井を直してもらう必要があるからそれが面倒だった。
そういう心境でいられるくらい、力の差が歴然とあった。
それなのに……。
このゲンジは得体が知れない。
本当は魔法を使ったのか、本当に動きだけで倒したのか、何も分からなかった。
未知の力ということは、対策が取れないということ。
戦えば殺されるかもしれない。
それだけならまだしも、私の知らない力で魔法を封じられるようなことがあったら……。
おぞましい。
考えるだけで、死にたくなってしまうくらい、恐ろしくて怖い。
「セレーナ。本当に大丈夫か? いや……今日はここまでにしよう。もう二日もすれば着くだろうし、食料も手に入ったからな。焦る必要は無くなった。川も見えているし数日休んでも構わない」
心配そうに見てくれているけど、その裏に下心があっても、私には分からない。
「いい。大丈夫だから進みましょう」
次の町に着いたら、ゲンジを巻こう。
魔族領に行くのは……難しくなるけど。
そもそも、どうしてそんなことしなくちゃいけないのか、納得もしてないし。
(ううん。先の事は後回しよ。とにかく今は、この人から逃げないと)
こんなだだっ広い平原じゃ、逃げてもすぐに捕まってしまう。町まで一気に進んで、人の中に紛れ込まないと。
「セレーナ。本当に、無理をするな。体を壊しては元も子もないんだ」
「……自分で治せるもの。少しくらい平気よ。だから、進みましょう」
「……頑固な子だ」
あとは……どうしたら、この人を知れるかってことくらいか。
話でもして、気を紛らわせないと辛いものがある。
「ねぇ。ゲンジの好きな食べ物ってなに?」
当たり障りのない話から、少しずつ探っていこう。
「なんだ、突然。……そうだな、今は特にないかな」
「ええ? 何よそれ。ひとつくらいあるでしょう?」
「いや、そう言われてもなぁ」
「なぁに? 子供じみた食べ物でも、笑ったりしないわよ? ちなみに私は、たくさんあるわ。お肉の串焼きでしょ。卵料理も好きね。小麦の生地を薄く焼いて、ハチミツを薄く塗ってくるくるっと巻いたハチミツロールも好き。食べやすいし、甘いし、とっても美味しいのよ?」
「ははっ。そうか、セレーナはそういうのが好きなのか、覚えておこう」
「もう! 私の好きな食べ物じゃなくて、ゲンジのを聞いているのよ!」
「ハッハッハ、そうだったな」
「って、答えないの~?」
馬を引きながら私を見るゲンジの目は、とても良い人に見える。
どこか寂し気だけど、嫌な感じはしない。
探りを入れるための導入のつもりだったけど、思いのほかスラスラと話せた。
いい人……で、あってほしい。
「ありきたりなんだけどな、肉じゃがが好きだった。炊き込みごはんなんかも、好きだったな」
「えー、何それ。聞いたことないわ。お肉と何を混ぜたものなの? タキコミゴハンって何?」
そして、なぜ過去形なのか。今は嫌いになったのかしら。
「芋だな。肉と芋を炊いた……炊くが伝わらないか。いわゆる煮物だな。炊き込みごはんは、米という穀物と根野菜なんかを……炊くというのが伝えられんのは難しいな」
「なんか、難しそうなお料理が好きなのね。いっとくけど、私はお料理出来ないわよ」
「ハハハハハ! 知っているさ。セレーナには俺が何か作ってやろう。簡単なものならな」
「なんか、バカにした~!」
なんだ。結構盛り上がるじゃない。
寡黙な人かと思ってたけど、くだけた感じもするんだ。
食べ物の話は意外と楽しいのね。覚えておこう。
「はは。すまんすまん。馬鹿にはしていない。得手不得手があるからな。いや、セレーナは覚えれば出来そうじゃないか? 今度、手伝ってみてもらおうか」
「そうね。私はしたことがないだけで、出来そうな気がするもの。ゲンジがしてるみたいに、干し肉とお芋を水に入れて、煮込めばいいのよね。あ、お芋の皮を先に剥いていたわね」
「ああ、そうだ。よく見ているじゃないか。見て覚えるのが大切なんだ。セレーナは才能がある」
「フフッ。なによそれ」
気さくだし、私が女だからって見下したりもしない。
こうして話していると楽しいし、もっと、この人なら話を聞いていたいと思う。
……それは、いい人だからなのかな。
それとも、騙そうとしているからなのかな。
疑い出したら、どっちにも見えてしまう。
ううん。悪い方にばかり考えてしまう。
人を見抜ける魔法が、あったら良かったのに……。
――そして相変わらず、私の具合を確かめてくれてる。
時々私を見て、少し微笑んだかと思ったらまた、前を向く。
(子供じゃないんだから)
その寂しげにも見える表情が、たまらなくなる。
元気にしてあげたいと思うのは、私が聖女だから。
ずっと、人々の苦しみを癒してきたから。
寂しそうなのも、どうにかしてあげたいと思ってしまう。
(ううん、違った)
簡単に信じちゃ、だめなのよ。
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