十三、魔物
十三、魔物
野盗に襲われたと思ったら、次の日はゴブリンですか。
お昼前でおなかが減って、そろそろ休憩を期待してたのに。
「ねえゲンジ。ゴブリンよ。ゴブリンが角ブタを狩ろうとしてる」
街道を逸れた左手前方に、何匹かのゴブリンが角ブタを囲んでいるのを見つけてしまった。
茂みが邪魔になって、割と近くに来るまで気付けなかった。その辺以外にも茂みは点在しているから、余計に気にならなかった。
かといって、こんな開けた平原で横を素通り出来るはずもないし、討伐するしかない。
「角ブタ……イノシシではないのか。いや、小ぶりだからウリ坊か」
「角ブタは角ブタよ。イノシシもウリボウも聞いたことないわ。それよりゴブリンを倒さないと」
ゲンジは呼び方にこだわりがあるのかな。そんなことより、数がちょっと多くて面倒くさいのに。
「ブタは同じなのか……いや、考えだしたらキリがないな。こういう事は」
「まだ角ブタって呼ぶのが気に入らないの? ともかく、あれが五匹も居るのが厄介なんだけど」
「あいつら、見かけによらず強いのか?」
ゴブリンの説明をしておけばよかった。
気付かれる前に、不意打ちしておきたいのに。
「力は思ってるより強いわ。小さいからって油断しちゃダメ。五匹はちょっと多いわね。汚い爪と牙で傷を負わせてくるの。結構深い傷になるから、後で腐って死んじゃうこともあるんだから」
二人でちゃんと連携しないと、取り逃がして仲間を呼ばれると危ないかもしれない。
数だけは、どこから湧くのか居る時はかなり沢山居るんだから。
「武器は……棒きれくらいしか持っていないようだな」
「武器なんて手に入るはずないじゃない。でも、棒や石を投げてきたりもするから、ちょっと真面目に戦いましょう」
棒はともかく、石が危ない。頭に当たって倒れたところに、噛みつかれたりして後日亡くなった人も割といる。
「いや、たぶん大丈夫だ。俺が行く。セレーナは自分に結界を。そこで待っててくれ」
「え。いやダメだってば。ゲンジじゃ危ないんだから。一匹なら任せてみたけど」
この人、絶対にあいつらが小さいからって油断してるじゃない。
そういうのが一番危ないんだから。
「気付かれたようだな」
最悪!
……ごちゃごちゃやってたから。
私の攻撃手段は少ないし射程が短いから、数が居る時は連携しないとだめなのに!
「ちょっと。一旦逃げましょう。距離を取るのよ」
「引き狩りか。いいから。任せてくれ」
なんで人の話を聞かないのよ!
って、もうこんな近くに。
走れば距離は取れる。一旦離れて先頭のやつから順に倒すのがセオリー。引き狩りと言ったのが同じ意味なら、というのも確認しながらなんて時間もないし、とにかく走らないと――。
「もう! ほんとに危ないから!」
私一人だけ逃げても、この人が囲まれたらどうしようもない。私と一緒に走って欲しいのに、突っ立ったままだなんて鈍くさいにも程がある。
(もう知らない――)
「終わった」
「――え?」
最悪私だけでも。と、後ろを向いて走りかけたら……振り返るとゴブリン達が倒れてるという謎の事態。
「力が強いと言っても、あの小柄な体型じゃ限度があるだろう? 間合いもな。だから、よほどの事が無ければ大丈夫だ」
「う……うん」
言ってる意味がよく分からない。
兵士でも、一人じゃどこかは棒か石で殴られてるし、時間も数分はかかる。
この人……レベル低いのに何をしたの?
(エネミーステータス、オープン……)
あれ? 今回はゴブリンキラーとかは無いんだ……?
って、いやいや!
レベル上がり過ぎよね!
3だったのに……7になってる。
え~? 普通、5匹倒したからって……3からだと、4にはなるだろうけど。
いや、ていうかレベル3でこんなことが出来るの?
何したか分からないけど……。
私一人で逃げようとした瞬間に、一瞬で終わってた。
剣を二本とも抜いてるから、剣で斬ったんだろうけど……。
うん。血も付いてるから、それは間違いない。
「ねぇ、一体どうやって……。実はゲンジって……」
人間じゃない。のかもしれない。
勇者って、勝手に人間が召喚されると思い込んでたけど。実は魔族とか、別の何か、とか。
でも、それを何て聞こう?
「――つ、強いのね?」
ああ、無難!
自分でも思ったけど、無難なことしか言えなかった……。
ほんとなら、人間じゃないのかとか、実は魔族なんじゃ? とか……聞きたかった。
でも、それを聞いてしまって、本性を現したらどうしよう?
ほんとは誰かの差し金で、私を殺すためにおびき出したのだとか……。
殺す前に私を汚して楽しもうだとか、何かそういう得体の知れない人だったらどうしよう。
大丈夫そうだからって、のこのこついて来たけど……私の方が強いからって、平気だと思ってたけど――。
こんなに一瞬で、ゴブリンだろうと殺す何かを持っているなら、私も隙をつかれたら殺されてしまう。
何日もずっと、これからも休む間なく結界を張り続けるなんて無理。
持って四日……五日は出来る?
でも、魔力がじり貧になったままだと、その後は……?
ぐっすり眠らないと、さすがに回復出来ない。
その間、誰が私を護ってくれるの?
いつもの司祭達も、教皇様も居ない。安心して眠れる私の部屋も、もう……。
――どうしよう。
「……なんて顔してるんだ。そこまで驚くような事じゃないだろう。間合いでも武器でも有利なんだぞ?」
わ、わたし今、どんな顔してるんだろう。
怯えてる?
疑いの目?
なんとか、普通の顔に……笑顔になれなくても、普通にしないと――。
「なんだぞ。って、言われても……」
話をなんとか、誤魔化さないと。
「ああ、そうか。目の前で殺して悪かったな。いくら魔物だからって、人型のものを目の前で斬るのは嫌だったろう。すまない。案外速く近付かれてしまってな。セレーナの言う通り油断した。次からはちゃんと耳を傾ける」
ぺこりって、ゲンジがお辞儀してるのは気のせいかしら?
一体なに? なんなの?
とにかく、人型の魔物を目の前で斬ったことに、私が驚いてると思ってくれたってこと?
本当に、そういう勘違いしてくれてるのかな。ここで油断させて、後で……ってことも考えられるけど。
「おい、大丈夫か? 血を見ると貧血を起こすタイプか? すまん、少し休もうか。その辺に座っててくれ。俺はあれを捌いてくる」
「……え?」
さばく……捌く? ゴブリンを?
臭くて汚くて、食べた人なんて居ないと思うけどゲンジの国では食材にするの?
「ご、ごぶは……ゴブリンは食べないわよ私は」
もう隠せない。怯えて引きつった顔を、元に戻せない。
でも、この人が変なことを言ったせいだって、言い訳にしよう。
「いや、俺もそいつらは食わん。そうじゃなくて、あっちだ」
「あっちって……」
ゲンジが剣で差した方向を見ても、すぐには何も分からない。
「ウリぼ……ブタだ。角ブタをついでに仕留めておいた。あれは食べられるよな? ナイフを一本外してしまったから、ちょっと拾ってくる。そこで見えないように捌いてくるから待っててくれ」
「は……?」
角ブタって、ナイフ投げで倒せたっけ。いつも皆で、追い回して弓矢か槍で突いてたような……外皮と脂肪が分厚いのよ?
「……はい」
辛うじて返事をした頃には、もうあっちに行ってしまっていた。
――ああもう。ゲンジの分からないことが一気に増えた……。
信用して……いいのかしら。
レベルの上がり方も、倒す速度も、おかしいのよあなた。
勇者って一体なに?
ゲンジ……あなたは一体、何者なの?
(教会で、「マジヤバい」とか言ってたのが懐かしい……そういう言葉遣い、やめなさいって言われてたなぁ……。もう言わないから……帰りたい。教会に帰りたいよぅ)
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